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「本音磨き日記 」#エッセイ部門【創作大賞2026】

    「辞めたい・・・。」

    ちゃんとしようとすることに。
    人からどう見えるかを気にし続けることに。
    間違えないように生きることに。

    同時に、ふとこう思った。

    「もういいから、本音で生きてみたい。」

    それが、本音磨き日記のはじまりだった。

    最初は、
    本音って言われても、
    そんなもの、簡単に出てくるものじゃない。
    何を書けばいいか分からなかった。

    「本当は、頑張りたい」
    「努力をして、成長したい」
    「いつも前向きに生きたい」

    どれも間違ってない。
    でも、どれもどこか借り物みたいだった。

    だから、もっと奥に潜ってみた。

    そうしたら出てきたのは、
    あまり人に見せたくないような生々しい感情だった。

    「本当は何もしたくない」
    「本当は嫌いな人がいる」
    「全部めんどくさい」

    正直で、雑で、でも確かにそこにあるもの。

    最初は、それを書くのが怖かった。
    怖い理由は、正直者ってちょっと損しそうなイメージがあった。


    なんでも素直に言うのは子どもっぽい。
    こんなこと書いたらいけない。
    正直すぎると騙されそう。危なそう。
    こんな自分、ダメなんじゃないか。
    いろいろ理由はあった。

    だから私は、
    本音を少し丸めて、
    角を削って、
    「大人っぽい言葉」に変換して生きてきた。
    毎日、本音を隠して生きてきた。

    でもね。

    それって、静かにストレスが溜まる。

    誰かに怒られたわけじゃないのに、
    誰かに否定されたわけじゃないのに、

    なんだかモヤモヤする。

    その正体は、
    【本音を隠している自分】だった。

    だから、真っ白なノートに生々しい感情を書いてみた。

    そしたら、不思議と少しラクになった。

    嬉しい、悲しい、イライラする、楽しい。
    その“ざっくり”の中に、想像以上にたくさんの感情が詰まっていることに気づいた。


    ノートに日記を書くってすごい

    ある日、仕事から帰宅し、理由もなくイライラしていた。
    特別嫌なことがあったわけでもないのに、なんとなく気分が悪い。

    本当に小さな違和感だった。

    ある日、仕事から帰宅し、理由もなくイライラしていた。
    特別嫌なことがあったわけでもないのに、なんとなく気分が悪い。
    いつもなら、そのままスマホを見て紛らわせるか、時間が経つのを待つだけだった。

    でもその日は、ノートを開いた。

    「イライラする」

    それだけ書いた。

    そして、少しだけ立ち止まってみた。
    本当に、何もなかったのか。

    ゆっくり思い返してみると、小さな引っかかりがいくつも浮かんできた。

    朝、なんとなく選んだ服がしっくりこなかったこと。
    お昼休憩、SNSで誰かの楽しそうな投稿を見て、ほんの一瞬、胸がざわついたこと。
    今日は仕事で思い通りにいかなくて、残業になって少しだけイラついたこと。

    その瞬間は全部、「別にいいか」で流していた。
    でも、心はちゃんと反応していた。

    「本当は、好きな服で出勤したい」
    「楽しそうに見えて、いいなって思った」
    「ストレスなく、気分よく過ごしたかった」

    イライラの正体は、こういう小さな積み重ねだった。

    そのことに気づいたとき、少し驚いた。
    素晴らしい平凡の1日でも、いろいろ感じることはあったんだと。

    本当は今までも、かなり細かく、繊細に反応していたはずだけど、
    私はそれを見ないようにしていた。気づかなかった。

    本音を磨くというのは、大きな決断をすることでも、
    人生を劇的に変えることでもない。
    こういう小さすぎて見逃していた感情を、
    一つひとつ拾い上げることだった。

    正直に言うと、最初は面倒だった。

    いちいち感情に向き合って、言葉にして、理由を考える。
    効率が悪いし、何の意味があるのかも分からなかった。

    それでも続けてみたのは、少しずつでも、
    「ちゃんと私を知りたい」と思ったからだった。

    ノートに書くことには、不思議な力がある。

    頭の中で考えているときは、どこかでごまかせる。
    でも、書こうとするとごまかせない。

    「なんか嫌」だけでは終われなくなる。
    「なんで嫌なの?」と、自然に問いが生まれる。

    最初はうまく言葉にならない。
    「意味わからない」「めんどくさい」「とにかく嫌」
    そんな言葉ばかり並ぶ。

    でも、それでいい。

    そこから少しずつ、

    なんでめんどくさいんだろう。
    何が嫌なんだろう。

    その問いを続けていくと、ある瞬間、急に核心に触れる。

    たとえば、
    本当は無理をしたくなかった。
    本当は落ち込んでいた。
    本当は悔しかった。イライラした。苦しかった。

    どれも、綺麗じゃない。
    かっこよくもない。
    でも、その生々しさこそが、一番大事だった。

    整えられた感情は、どこか他人事みたいになる。
    でも、生々しい感情は、自分そのものだ。

    そこに触れたとき、初めて
    【自分とつながった感じ】がした。

    不思議なことに、その瞬間は苦しいだけじゃない。
    むしろ、少し安心する。

    【ずっと無視していた自分を、やっと見つけたような感覚】になるから。

    本音を磨くというのは、
    自分を良くすることでも、正しくすることでもない。

    ただ、自分を見つけていく作業だ。

    そしてそれは、一回で終わるものじゃない。

    毎日少しずつ、違う形で現れる。

    昨日は気にならなかったことが、今日は引っかかる。
    前は嫌だったことが、いつの間にか平気になっている。

    人の感情は、思っているよりずっと揺れている。

    前は、その揺れが嫌だった。
    安定していた方がいいと思っていた。

    でも今は、その揺れを感じられること自体が、大事なんじゃないかと思う。

    もし、何も感じなくなったら、確かにラクかもしれない。
    でもきっと、何も残らない。

    嬉しいも、悔しいも、嫉妬も、安心も、
    全部が混ざり合っているから、毎日はちゃんと【生きている】感じになる。

    書くことで、その混ざり具合が見えるようになる。

    そして、見えるようになると、選べるようになる。

    この感情は大事にしたい。
    ちゃんと気づいてあげたい。
    その上でこれは、少し距離を置いてもいいかもしれない。

    そうやって、自分との付き合い方が、少しずつ分かってくる。

    以前の私は、感情に飲み込まれていた。

    「なんでこんな風に感じるんだろう」と、自分を責めていた。

    感情を消そうとしたり、見ないふりをしたりしていた。

    でも、それは逆だった。

    感情は、消すものじゃない。
    理解するものだった。

    理解されなかった感情だけが、強く残る。

    書くことで、感情は言葉になる。
    言葉になることで、輪郭がはっきりする。
    輪郭が見えると、
    その輪郭と距離があるだけで、
    心が軽くなって
    呼吸がしやすくなる。

    本音を磨くことは、派手じゃない。

    誰かに見せるものでもないし、すぐに成果が出るものでもない。

    でも、確実に、日常の質を変えていく。

    同じ朝でも、少し違って見える。
    同じ出来事でも、受け取り方が変わる。
    これからの暮らしを、少しずつ整えていくことができる。

    そして何より、自分との関係が変わる。

    それは静かで、でも確かに深い変化だった。

    ある日、ふと気づいた。

    前よりも、自分に対して優しくなっていることに。

    不安や怒りがこみ上げる自分を責めることがなくなった。

    うまくできなかった日も、
    「ダメだった」で終わらなくなった。

    「今日はこう感じてたんだな」
    「ちょっと無理してたのかも」

    そんな風に、少しだけ余白を持てるようになった。

    それだけで、日常の苦しさは、少し軽くなる。

    本音を磨くというのは、
    自分をコントロールすることじゃない。

    むしろ、コントロールしようとしていた手を、少し緩めることだった。

    無理に前向きにならなくていい。
    ちゃんとしたことを思わなくてもいい。
    汚い言葉を書いたからって、私は悪い人ではない。
    ノートに書くという適切に表現をしているから。

    ただ、今感じていることを、そのまま書く。

    それだけでいい。

    たぶんこれからも、私は完全に自分を理解することはない。

    新しい感情は、これからもいくらでも出てくる。

    でも、それでいいと思っている。

    むしろ、その終わりのなさが、少し楽しみになっている。

    今日もまた、名前のない感情がある。

    それを見つけて、少しだけ言葉にする。

    うまく言えなくてもいい。
    ぐちゃぐちゃでもいい。

    ただ、自分から目を逸らさないこと。

    それだけで、本音は少しずつ磨かれていく。

    本音を磨くというのは、
    どこか遠くにある理想に近づくことじゃない。

    ずっとここにいた自分に、
    やっと気づいてあげること。

    私が探していたものは、私のことを探していたんだ。


    なぜ「本音磨き日記」を書くのか


    それは、
    どこかの惑星の進化した宇宙人より、
    どこかの有名な先生の凄い答えより、
    【私自身の答え】が見たいから。

    世の中には、正解が溢れている。
    成功法則も、スピリチュアルも、自己啓発も、
    誰かの経験から生まれた素晴らしい言葉がたくさんある。

    だけど私は、
    「本当の答え」は自分の中にあると思ってる。

    嬉しい。
    苦しい。
    寂しい。
    楽しい。
    ムカつく。
    愛してる。
    怖い。

    その全部を無かったことにせず、
    ちゃんと感じて、
    ちゃんと言葉にして、
    自分の心と向き合っていく。

    本音磨き日記は、
    【理想の自分になるため】というより、
    【本来の自分に戻るため】の時間。

    誰かの正解を生きるんじゃなく、
    自分の望む人生を生きたい。

    だから私は今日も、
    自分の本音を書き続ける。

    だから本音磨きは、

    「感情の整理」
    というより、

    【自分の感情を磨くこと】

    なんだと思う。

    たとえば、
    「習慣にしたいのに続かない」
    なら、

    「怠けてる」
    で終わらせない。

    「本当は管理されたくない?」
    「義務になると苦しくなる?」
    「自由を守ろうとしてる?」
    みたいに、
    感情の奥を見にいく。

    その結果、
    無理やり性格を変えるより先に、

    「私はこういう時に苦しくなる人なんだ」

    という【自分の取り扱い説明書】が増えていく。

    本音磨きって、
    人生を効率化するためというより、

    「自分とのズレを減らすため」

    にやってる部分が大きい気がする。

    あと面白いのが、
    断定より、
    揺れを少しだけ残している。

    だから
    「あ、私こうかも」
    って自分の本音を見つけやすい。

    本音磨きって、
    大声で本当の自分を叫ぶことじゃなくて、

    小さい違和感を見逃さないことなのかもしれない。


    「感情に気づいて、心を軽くするための技術」

    私が今までnoteに書いてきたテーマは、
    全部「矛盾」だった。

    ・スキといいねは嬉しいけど、有名になりたくない。
    ・旅行に行きたいし、家にいたい。
    ・デートに行きたいし、1人の時間も欲しい。

    これらを書いていくうちにわかった。

    矛盾してるんじゃなくて、
    ただ両方とも本音なだけだった。

    どっちかを消す必要なんてなかった。

    両方抱えたまま、生きていい。

    本音で生きるために、矛盾と善悪を超えていく。

    私は本音磨き日記を書いて生きることで
    「感情に気づいて、心を軽くするための技術」というものを発見したから、
    それを次に書いていこうと思う。


    本音磨き日記の書き方

    結論を言うと、

    1 自由に本音磨き日記を書いて、感情に気づく
    2 自分の価値観を見直す
    3 不要な価値観、思考を捨てる

    この3ステップ。

    コツは、
    「あ、本当はこう思ってたんだ」というネガティブな感情を味わう。
    見て見ぬふりしがちな感情に気づく。
    その瞬間は、少しだけ痛い。
    だけどネガティブな感情は不要な価値観を教えてくれる。
    不思議なことに。
    ネガティブな感情は、古くて、賞味期限が切れていて、
    もう捨てる時が来たよと教えてくれる。
    だからイライラする場合だと、
    なぜ私はイライラするんだろう?
    このイライラから捨てられる価値観、何かな?
    と見直し、観察する。
    そして、その価値観を1回捨てる。
    私の場合、「ネガティブはだめ」という価値観を捨てた。
    すると、もうその価値観を思い出すことができなくなってしまう。
    今は、【ネガティブはネガティブで大切な働きをしていると
    ネガティブをしっかり受け取れることが真のポジティブだ】
    という新しい価値観で私は生きている。
    この面白体験が本当に笑っちゃうし、
    それを伝えたかったのかという、感動で震える。
    価値観を手放す快感はクセになる!
    これが楽しすぎて、私は本音磨き日記を書く。

    書き方は簡単

    1 真っ白なノートに書く
    2 私の本音「本当の気持ち」「生の感情」を、誰にも遠慮せずに書くために、誰にも見せないようにするために、1人の時間を作る。

    あとは本当に自由。

    きれいごとも、正解もいらない。
    うまく書こうともしなくていい。

    ただ、【今ここにある本音】に
    そっと気づく。
    自分らしい生き方を問い続け、
    迷いながらも
    本音磨き日記を書くという
    行動に移していく。


    終わりに


    突然の質問で恐縮ですが、
    なぜあなたは「この記事を読もう」と思ってくださったのでしょう?

    もちろん答えは
    「あなただけの答え」
    があると思います。

    私がnoteを執筆した理由は、

    なんでこんなことが起こるのだろう?
    最近モヤモヤする感覚が続いている・・・
    私はいったいどこへ向かっている?
    頑張りたいと思っているのに、頑張れない。
    何か満たされないと感じるのはなぜ?

    と感じている方へ

    本当の想い、気持ちを我慢する生き方をやめる時が来た。
    そのことをお伝えするためです。

    タイトルにある通り「本音」というと、
    自己中心的なわがままな生き方を想像するかもしれません。
    ところが、そうではないのです。

    自分自身を満たしていくと、生きる喜びや感謝が湧き上がってきます。

    お金持ちになったら、
    時間があったら、
    もっと痩せたら、
    もっと若かったら、
    有名になれたら、
    運が良くなったら、
    などの理想の未来の幸せではなく、
    今!日常の幸せを感じられることが幸せだと思います。

    では、どうしたらこのようになれるか。
    本音磨き日記という旅を通して気づくしかないんです。

    本音に気づいた体感を言葉にすると、
    内側からじんわり満たされる心地よさを感じることができます。

    私はこの記事に、「最高の愛を感じられるように」
    というパワーをたっぷりと込めています。

    私にとって本音磨き日記は
    趣味であり、生きがいです。

    あなたが本当の幸せを感じられる瞬間はもうすぐそこです。

    ぜひあなたも
    あなただけの本音に気づいてみませんか?

    最後までお読みいただき、ありがとうございます。


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    真っ白な日記に ・本当の気持ちを書く ・自分と深く繋がる ・美しい心を育てる ことが大好き。 本音を磨くことは 自分を大切にすること。 なるのは、「理想の自分」でも「最高の自分」でもなくて 【究極の自分。】

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