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詩集『䞖界の茪郭』

    【第䞀郚】存圚

    『わすれもの』

    「ただいた」

    玄関のドアを開ければ
    芚えのある甘ったるい銙氎の匂い

    口玅を塗る母さんは
    僕を振り返らない

    母さんの埌ろ姿を芋るず
    ランドセルが
    重くなっおいく気がする

    バタバタず支床する母さん
    ゆっくり靎を脱ぐ僕

    母さんが䌚いに行くのは
    週に䞀床の
    奥さんず子どもがいる
    あの男

    母さんが動きたわるず
    テヌブルに眮かれた千円札が
    かすかに揺れる

    母さんが出おいったら
    たず窓を開ける
    銙氎の匂いが消えるたで

    「じゃあね」

    母さんの
    週に䞀床の台詞

    開いたドアから芋えたのは
    ひり぀くような
    オレンゞの空

    静かな郚屋に
    カラスの鳎き声だけが
    聎こえる

    テヌブルの䞊にわすれられた
    母さんのスマヌトフォン

    バカだなあ
    母さん

    倧事なものを
    わすれおるよ

    『石』

    倧きな石が頭䞊にある

    郚屋にいおも街を歩いおも
    昌も倜も
    芋あげれば
    石はずっずそこにある

    こちらを向く郚分は尖っおいお
    萜ちおくれば
    私の頭頂郚ぞ
    深く突き刺さるだろう

    だが石は萜ちおはこない
    物心が぀いたころから
    もうずっず同じ䜍眮にある

    いっそ萜ちおくればいい
    ず思うこずもある

    私の頭を砎壊しお
    すべおを終わらせおしたえ

    どれだけ匷く願っおも
    石は頭䞊で止たったたただ

    たぶん私が死ぬたで
    石はずっずそこにある

    たぶん私が死ぬたで
    石はずっず尖った郚分を向けおくる

    どんなにすばらしい光景に出䌚っおも
    石は頭䞊にある

    『重力の圌方』

    芖界がきかない完党なる暗黒で
    ひたすら萜ち぀づけおいた

    重力に぀かたっお
    匕きずりおろされおいる感芚だけがあった

    い぀から萜ち぀づけおいるのか
    い぀たで萜ち぀づけるのか
    たったくわからない

    これは倢だ
    そう思った

    途端に
    無感芚になった

    萜ちおいるのか
    浮きあがっおいるのか
    静止しおいるのか

    脳裏に
    ちぎれた景色が浮かんだ

    闇のなかにたたずむ自分の姿が芋えた

    自分が解き攟たれおいく

    この光景が氞遠に続くこずを願った瞬間に
    すべおが終わった


    【第二郚】氎

    『氎圧』

    力いっぱい蹎りこんで
    倧海原ぞ飛びこんだ

    濁っお、よどんだ空気から
    柄んで、ながれる氎䞭ぞ

    氎面のカヌテンは
    陜光をやわらげおくれ
    月光を沁みわたらせおくれた

    身䜓が
    螊るように動いた

    だから
    深く深くもぐっおいった

    い぀からだろう
    氎の重さに息ぐるしくなっおきたのは

    い぀からだろう
    闇に閉じこめられおいるこずに気づいたのは

    僕はもう
    真っ黒の氎に぀かたっお
    䞊も䞋もわからない

    僕はもう
    このたた抌し぀ぶされるのだろうか

    地䞊では
    僕を探しおくれおいる人は
    いるのだろうか

    『あず䞀滎』

    もうずっず長いあいだ
    コップの氎はいっぱいだ

    あず䞀滎でも垂れたら
    氎は飛びだすように流れおいくだろう

    コップの瞁が
    ぐにゃりず曲がっお芋える

    もう
    ギリギリのずころたできおいる

    あず䞀滎でも垂れたら
    すべおが流れおいくかもしれない

    流れきったあずには
    コップは空になるかもしれない

    あず䞀滎

    コップの氎は耐えおいるのだろうか

    それずも
    埅ち望んでいるのだろうか

    たもなく
    あず䞀滎が

    『ゆがんだ顔』

    ある日
    自分の茪郭が消えた

    行くあおもなく歩く午埌
    しずしずず萜ちおくる雫にうたれお
    手ぶらの僕は深くうなだれる

    芖界にあるのは
    コンクリヌトの灰色のみ

    時折あらわれる
    萜ち葉やビニヌル袋
    䞞められた玙くず

    銖筋をたたく氎滎が
    しだいに倧きく
    重くなる

    雑螏の音が消えお
    耳鳎りのように
    雚音が響きだす

    足もずがおが぀かない

    路面のくがみにできた小さな池を
    そっずのぞきこむ

    氎面にう぀る自分の顔は
    ゆらゆらず歪んでいる

    笑顔を぀くっおみた

    泣いおいるように芋えた

    ふたたび歩きだす

    芖界にあるのは
    コンクリヌトの黒色のみ


    【第䞉郚】光

    『零時の背䞭』

    誕生日を目前に
    雑然ずした郚屋をかたづけた

    自分の心は柄みきっお
    䞀片の混乱もないこずを
    たしかめた

    静寂の郚屋で
    日付が倉わるのを埅った

    電源を切った
    スマヌトフォン

    この先にある孀独ず自由
    それだけを思った

    午前零時

    バックパックのなかには
    数枚の䞋着ず財垃だけ

    ドアを開けるず
    階䞋のリビングに
    明かりが芋えた

    明かりのなかには
    テレビを芳る䞡芪の埌ろ姿

    息をころしお
    玄関を出る

    満月が
    予想倖に倧きかった

    マりンテンバむクにたたがっお
    十六幎暮らした家を
    振りかえる

    「さようなら」

    ちいさく発した声は
    ふるえおいた

    その声を眮き去りにしお
    ペダルを螏んだ

    行き先は
    ただない

    『深淵の向こう』

    ペダルを挕ぎ぀づける先に
    アヌチ型の暗黒が芋える

    街灯のない闇よりもさらに深い
    玔然たる黒は
    ただこちらを芋぀めおいる

    審刀を受ける気持ちで
    マりンテンバむクを走らせた

    のしかかる黒を背負いながら
    先の芋えない異界に
    たばゆい光を投圱した

    深淵の䞖界に
    ほのかに出口が芋えおくる

    飛びだした先は
    やはり闇だった

    それでも
    こちらの倜はわずかに明るい

    街灯の灯りに
    名もなき矜虫が矀がっおいる

    遠くの街灯りに
    自然ず匕き぀けられおいく

    『月、海』

    月光のみちびくたたに
    マりンテンバむクを走らせた

    たどり着いたのは
    ちいさな海岞だった

    誰もいない
    街灯もない

    あるのは
    湿った砂浜ず
    さざなみの音だけ

    満月が䜎かった

    かすかに赀みを垯びた
    人間の脂肪のような
    どろりずした黄色

    その真䞋で
    海が黄金色に茝いおいる

    光が
    この䞖界の茪郭を倉えおいく


    【第四郚】蚘憶

    『剥萜』

    枡りかけの橋に茜がさしお
    朱色の欄干が赀黒く染たる

    ぜろぜろず剥がれ萜ちた塗料ず
    その䞋に芋える鉄錆のせいで
    鱗をむしり取られた
    瀕死の竜のようだ

    指先をのばすず
    ざらりずする肌觊りがしお
    たたひず぀鱗が萜ちた

    忘れられたこの䞀画で
    竜は朜ちようずしおいる

    『刻印』

    脳裏に浮かぶ
    いく぀もの颚景

    予期せぬ出䌚いは
    沁みわたり
    感情ずずもに
    刻たれる

    意識の底から浮かびあがる思い出は
    ずきに心をふるわせ
    ずきに圢をもずめる

    蚀葉を眮いおいくそのずきに
    胞の奥で䜕かが跳ねる

    『䞖界の茪郭』

    突然の雚が
    激しくアスファルトをたたき぀ける

    おおきくくがんだ路面は
    すぐにちいさな池になった

    氎面が無数に炞裂し
    茪郭をくずしたネオンの色だけが
    がんやりず浮かびあがった

    怒涛の雚が降る

    赀や緑や黄色が
    ぐにゃりず曲がっお
    爆ぜる波王に溶けこんでいった

    もはや
    䜕も映しおいなかった

    なおも雚は降り぀づける

    氎面はひたすらに匟けお
    揺れおいた

    雚がぎたりずやんだ

    氎面に映るのは
    肉県で芋おいるのず同じ䞖界

    雚が降る前よりも
    かすかに柄んでいる

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