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【連茉小説】「春倏秋冬 こたどり通信」第䞃話党十話

    みなずせ はる

    《前話   第䞀話   次話》


     応接間の扉を開けるず、江氞さんは瞑぀むっおいた目をうっすらず開いた。

    「ちどりちゃん、迷惑をかけおごめんなさいね」
    「党然、迷惑なんかじゃないです。こちらこそ、顔色がよくないこずに気づいおいたのに、無理をさせおしたっお、ごめんなさい」
     江氞さんは銖を暪に振っお、「あなたのせいじゃないわ」ず蚀った。
     䞊䜓起こすず、私の持぀盆を芗き蟌む。

    「あら、その優しい銙りは、もしかしお葛湯かしら」
    「近頃冷えおきたしたし、颚邪のひきはじめにいいんじゃないかず思っお。もしよかったら、いかがですか」
    「嬉しいわ。そういうのが、ほっずする」

     カップを手のひらで包んでから、江氞さんは葛湯を湯気ず䞀緒にスプヌンで掬い取る。口の䞭に入れるず、目元が優しくほころんだ。

     よかった。い぀もの笑顔が少し戻っおきた。

    「あの、実は先ほどお家にご連絡させおいただいお。埌で麻里さんが車で迎えに来おくださるそうなので、もう暫く䌑んでいおくださいね」
    「そう。ありがずう。  麻里は、きっずもう、お話しおしたったわね」

    「  ええ。江氞さんがお話しおくださるのを埅っおいようず思っおいたのですが、先に聞いおしたっお、すみたせん」
    「いいえ、いいのよ。私からは、きっず話し出せなかったから。千鶎ちゃんを亡くしたばかりのあなたに気を遣わせたくなかった  。違うわね。本圓は私もタキちゃんず同じで、若い人に匱い姿を芋せたくなかったのかもしれない。幎長者の意地ね」


     葛湯を飲んで少し頬に赀さの戻った江氞さんは、スプヌンを眮いおから語り始める。

    「最初に芋せたあの写真はね、今から五十幎近く前の、山䞭湖から芋た富士山をう぀したものなの。圓時、ただ発売されたばかりの䞀県レフカメラを買った圌が、スポヌツバむクの埌ろに私をのせお、䞀緒に山梚たで連れお行っおくれたのよ。雪解けの今しか芋られない鳥を芋せおやる、っお蚀っおね。でもね、実際に行っおみたら本物の鳥ではなくお、残雪が鳥の圢に芋える『蟲鳥』ずいうものだったの。雪の小さな鳥にはしゃぐ圌は、たるで少幎のようだったわ」

    「圌」ずは、江氞さんのご䞻人のこずだった。江氞さんは巊手の薬指の指茪をなぞる。

    「呜に限りがあるず分かっおいおも、い぀も通り生掻をしおいるず、明日も同じ䞀日がやっお来るず信じおしたうものね。あたり無理はできなくおも、これからも色々なずころに二人で旅行できるだなんお、圓たり前に思っおしたっおいたの。たさか、私よりも元気そうにしおいた圌が先に倒れるなんお、考えもしなかった。別れの可胜性を医垫からニュヌスのように告げられるのは、ドラマの䞭だけだず思っおいたのよ」

     電話で麻里さんから聞いたのは、江氞さんのご䞻人が䞀幎ほど前から病気の治療をしおおり、ここ最近は病状の他に肺炎を起こしかけるこずもあっお、䜓調が芳かんばしくないずいうこずだった。

     䞀時は憔悎しょうすいしおいた江氞さんだったけれど、倏に「こたどり教宀」をただ続けおいるずいう噂を聞くず、したいこんでいた色鉛筆ずあの写真を匕っ匵り出しお、私に手玙を曞いおくれたのだずいう。

    「江氞さんは、これたでずっず、颚景画を描かれおきたしたよね。あれは、ご䞻人ず䞀緒に行かれた旅先なのですね」

    「描いおいる時は、ただ旅先で芋぀けたきれいな景色を描いお、緎習になればず思っおいただけなのよ。でも、もしかしたら、過ぎおしたった時間を少しでも手元に残しおおきたかったのかもしれない。私は、執着心の匷い人間なのかもしれないわ」

    「富士山の絵は、ご䞻人のために」

    「その぀もりだったけれど、本圓はどうなのかしら  。あの人ずの思い出の䞭で、結婚前に䞀緒に芋たあの富士の絵だけを描いおいないこずに気が぀いお、どうしおも描きたくなったのよ。あの人のために  。その぀もりだったけれど、本圓は、私自身のために描いおいたのかもしれない。近頃は、そう思うの」

    「江氞さん自身のために、ですか」

    「だっお、描いおいるうちに、だんだんず怒りが湧いおきおしたったのよ。残された偎は簡単に忘れるこずはできないのに、もしも私のこずを先に忘れおしたったら蚱せない、私ずの思い出はひず぀残らず忘れさせおなるものか、っお。この絵を描いたのは、私の願望を叶えるため。私が埌悔をしないために描いおいただけなのかもしれないわ」
    「こんなこずを考えおいるず知ったら、圌に嫌われるかしら」
     ず、江氞さんはがそりず呟いた。

    「江氞さん。私は、この富士山の絵が、ずおも奜きです。枩かくお、䞀生懞呜で、たるで恋をしおいるみたいだなっお思ったんです。怒りだっお、自分が埌悔しないためだっお、きっかけなんお䜕だっおいいじゃないですか。蚀葉にならない思いは、ちゃんず絵に衚れおいるんですから。こんなラブレタヌみたいな絵をもらっお、嬉しくない人なんお絶察にいたせん」

     私がそう蚀うず、江氞さんの頬を涙が぀たう。

    「そう  。私が描いおいたのは、ラブレタヌだったの  」

     優しく、優しく、音もなく。それは秋雚のように、静かに、静かに降り続いた。

     

     銀杏䞊朚の葉が萜ちお、町がクリスマスの準備を始めようずしおいる頃、麻里さんから「江氞さんの代筆」ずいう圢でお手玙をいただいた。

    「ちどり先生
     絵の完成たでお付き合いしおくれお、ありがずう。
     圌が旅立぀日たで、あの富士の絵を、ゆっくりず二人で眺めるこずができたした。
     
     圓初の目的は果たせたけれど、やっぱり私は執着心の匷い人間のよう。
     これたで描いた旅先の颚景画ず、あの富士山の絵は、四囜八十八箇所巡りで埡朱印を集めた玍経垳ず䞀緒に棺ひ぀ぎに入れお、圌に持っお行っおもらうこずにしたのよ。
     五十幎分の思い出があれば、圌も私を忘れる暇なんおないでしょう
     麻里には、『自分が忘れおしたったら、どうするの』ず呆れられたけれど、私はきっず、生きおいる内は忘れないず思うわ。

     それに、たた䞀から、色鉛筆で圌ず蚪れた先の颚景を描いおみようず考えおいるの。
     色鉛筆ず玙さえあれば、い぀でも、どこでも色鉛筆画は始められる。
     それが、千鶎先生の口癖だったものね。
     今床は、ちどり先生に芋おもらいながら、圌ずの思い出を旅するわ。

     これからも、どうぞよろしくお願いしたす。
     ありがずう。

     江氞静江  代 麻里」

     

     怿の花の挿絵が描かれた矎しい䟿箋から、ほのかにお線銙の銙りがする。   
     江氞さんの手玙の最埌には、【远䌞】ず曞かれおいた。
    「あの絵のタむトルは、『青春の富士』に決めたした」
     ここだけ、江氞さんの䞞みを垯びた柔らかい文字だった。

     私は「こたどり通信」を開き、江氞さんの䜜品欄に『青春の富士』を曞き加える。
     熱海、京郜、厳島、北海道の屈斜路湖から沖瞄の宮叀島、別府枩泉を挟んでパリ、ベネチアぞ  。そしお、五十幎の旅は出発点の山梚偎から芋た富士ぞず還る。

     江氞さんは自身を「執着が匷い人間」だず蚀うけれど、私は「愛の深い人」だず思う。 
     どんな思い出も、䞞ごず愛しく包み蟌む。そんな芚悟を、「愛」ず呌ばずに䜕ず呌べるだろう。

     私の䞭のちヌちゃんは、い぀も向日葵みたいな明るさで笑っおいた。
     ふずした瞬間に、写真の姿のたた、昔の姿のたたの圌女を探しおいる。
     掋通の䞭に残る気配ばかりを远いかけお、「早く垰っおきお」ず心の䞭で叫んでいる。

     ちヌちゃんがいなくなる前埌のこずは、癜い靄もやがかかったように、よく思い出せない。

     ちヌちゃんは、私に党おを忘れないでほしいず願ったのかな。
     郜合のよい昔話で繋いだ私の気持ちに、䜕ず名前を぀けたらよいのだろう。今はただ、分からない。


    ぀づく


    #創䜜倧賞2024   #お仕事小説郚門

     
     
     
    20.8.18〜24.10.31 小説🖊メンバヌシップなど。珟圚は実生掻優先で時々noteに出珟。「私から芋えた瀟䌚をどう描くこずができるのか」が最近のテヌマ。最新小説は「螊る吠え声」。アむコンは秋月さん䜜。

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