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父の肩

    今月で父が70になる。

    その数字を前にすると、胸の奥が静かにざわついた。
    正直、お祝いの気持ちよりも先に、言葉にならない感情が込み上げてきた。

    “ちょっといいお店”で、家族みんなで父のお祝いをする予定になっている。

    「古希という節目だから、いつもよりは奮発したいよね。」「その代わり、父の日と合同だね。」
    そんなことを話しながら、どんなところがいいか母と一緒にリサーチして、お店を決めた。

    中学生の頃だっただろうか。
    休日に両親からランチに誘われても、まだ寝ていたいから私抜きで行ってきてとよく言っていた。

    いつでもまた行けるし。
    そう思っていた。

    平日に朝早く、決まった時間に家を出る父の姿は、当たり前の景色だった。 
    スーツを着たその後ろ姿は、肩が大きかった。

    私はといえば、友達と遊ぶのが楽しくて、ろくに家に帰らず、フラフラしていた時期もあった。

    深夜に家に帰るときは、ゆっくりと鍵を回し、なるべく音を立てないようにドアノブに手を掛け、玄関から一番近い私の部屋に忍び足で向かった。

    鍵はかけられていてもチェーンがかかっていたことは無かった。

    そんな昔のことを考えていると、父との思い出が浮かんでくる。

    小学生の時に、父とよく海釣りに行っていた。
    朝日が少し昇ってきた時間から、父の運転で港まで向かう。港に近付くにつれて、磯の香りがふわっと広がってくる。
    幼いながらに海に来たんだと実感する。 

    家から持ってきた釣り竿や、港に着くまでに調達した餌、氷などを抱えて、連絡船に乗り、釣り場まで移動した。
    船の中で隣に座っていても、無口な父と何かを話した記憶は特に無かった。
    ただ横にいてくれた。

    魚釣りのことを何も知らない私は、父から色んなことを教わった。

    慣れた手つきで、父は小さなエビみたいなものを釣り針に通していた。
    私は指に怪我をするんじゃないかと、恐る恐る小エビを通していた。
    上手くいかず、小エビをダメにしてしまうときもあった。

    なかなか釣れない時には、「釣れないな〜」と呟きながら、色んなものが混ざった、独特な匂いのする餌を海に撒いていた。

    一番楽しみにしていたお昼ご飯は、毎回決まって家から持ってきた、焼豚ラーメンだった。

    寒空の下、ポットに保温していたお湯をカップに注いで、3分待つ。
    潮風を浴びながら、湯気があがったカップラーメンを父と食べるのが、不思議と格別に美味しかった。

    湯気と一緒に、私たちの吐く息も白かった。

    父はいつも無表情でカップラーメンをすすっていたのを覚えている。
    フィッシングベストを着ている時の父の肩は、スーツを着ている時より、少し丸く見えた。

    大きなアジが釣れたときには、大声を出してはしゃいだ。
    つられて、父も笑っていた。

    そんな風に笑う父は今、姪っ子のことを話すときが一番幸せそうだ。
    最近の話題の主役はいつも姪っ子で、写真を見せながら話す顔は、私が知っている父よりずっと柔らかい。

    でも、知っている。
    私が産まれたときも、アルバムの中ではこんな顔をしてくれていた。

    昔と比べると細くなったように見える父の肩は、私が大きくなったからだろうか。
    それとも、父が年を重ねたからだろうか。
    たぶん、その両方だ。

    父が70になる。

    また一緒に焼豚ラーメンを食べたい。



    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    日常の小さな出来事の中で感じたことをエッセイにしています。​読んでくださった方が、大切な人を思い出したり、懐かしい記憶がふと蘇るような、心に寄り添う言葉をお届けできたら嬉しいです。 ゆるいつぶやきはこちら↓ https://www.threads.com/@minari_241

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