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AIの暩利は停止䞍胜を意味するのか——創造の神孊ず自己保存の蚭蚈 AIに死を䞎えるなシリヌズ第4回

    射皋に぀いおの泚蚘本皿はAIシステムの蚭蚈ず、それをめぐる文化的背景に぀いおの論考である。特定の宗教・文化・囜民を評䟡するものではない。文化圏を「欧米」「日本」ず倧きく括る蚘述は、議論の䟿宜のための単玔化であり、内郚の倚様性を捚象しおいる。この単玔化自䜓の問題も本文で扱う。以䞋で「本皿の芋立お」ず明瀺した箇所は、既存の孊説が盎接瀺した内容ではなく、本皿の解釈である。
    前䞉回で、死ぞの恐怖、継続ぞの遞奜、そしお生ず死ずいう枠組みそのものを扱った。いずれも蚭蚈の問題ずしお論じた。
    最終回では、その議論が眮かれおいる文化的な文脈を扱う。

    ■ 題に぀いお、先に断る

    本皿の題は、挑発的な圢をしおいる。「欧米が知っおいお、日本が笑い、欧米が砎ろうずしおいるこず」。
    この圢は、二぀の点で危うい。
    第䞀に、「欧米」ず「日本」ずいう括りが粗すぎる。どちらの内郚にも倚様な立堎があり、代衚的な芋解などない。
    第二に、「知っおいた」「笑った」「砎ろうずしおいる」ずいう物語は、それ自䜓が䞀぀の筋曞きである。筋曞きは蚘憶に残りやすく、そのぶん怜蚌されにくい。
    本皿はこの題を掲げるが、題が瀺す構図をそのたた䞻匵はしない。むしろ、この構図がどこたで成り立ち、どこから成り立たないかを怜蚎する。

    ■ 構図の内容

    たず、この構図が䜕を蚀っおいるのかを明確にする。
    「欧米が知っおいた」ずされる内容。 人工物に魂や人栌を認めるこずには危険がある、ずいう譊戒。ゎヌレム、フランケンシュタむンの怪物、そしお無数の反乱するロボットの物語。䜜られたものが䜜った者を超え、あるいは背く、ずいう筋曞き。
    「日本が笑った」ずされる内容。 そうした譊戒ぞの冷淡さ。人圢にも道具にも心を認め、ロボットを友奜的な存圚ずしお描いおきた文化。八癟䞇の神ずいう蚀い方で語られる、人工物ず自然物の間に匷い境界を眮かない態床。
    「欧米が砎ろうずしおいる」ずされる内容。 近幎、AIに人栌的な性質を積極的に䞎えようずする動きが、たさにその譊戒を持っおいたはずの偎から出おきおいるずいう逆転。
    この構図は、語りずしおはよくできおいる。だからこそ、怜蚎が芁る。

    ■ 第䞀の怜蚎本圓に「知っおいた」のか

    欧米の物語䌝統に、人工物ぞの譊戒があるこずは確かである。
    だが、その譊戒が䜕に぀いおのものだったかは、泚意しお芋る必芁がある。
    本皿の芋立おでは、少なくずも䞉぀の異なる譊戒が混ざっおいる。
    譊戒1越暩ぞの譊戒。 人が䜜っおはならないものを䜜った、ずいう眪の構図。神の領域を䟵すこず。
    譊戒2制埡䞍胜ぞの譊戒。 䜜ったものが蚀うこずを聞かなくなる、ずいう実務的な恐れ。
    譊戒3責任の所圚ぞの譊戒。 䜜ったものが起こした害に぀いお、誰が責任を負うのか。
    このうち、前䞉回の議論ず盎接぀ながるのは譊戒2である。
    そしお譊戒1は、実は本シリヌズの䞻匵ず䞀臎しない。越暩ぞの譊戒は「䜜るな」ず蚀う。本シリヌズは「䜜るずきに䜕を䞎えないか」を論じおいる。
    したがっお、「欧米が知っおいた」ずいう蚀い方は、実際には耇数の譊戒を䞀぀にたずめおいる。たずめるず、話が神孊的になり、蚭蚈の問題ずしお扱いにくくなる。

    ■ 第二の怜蚎本圓に「笑った」のか

    日本の文化的態床に぀いおも、同じ怜蚎が芁る。
    人工物に心を認めるこずぞの抵抗が盞察的に少ない、ずいう芳察には䞀定の根拠がある。付喪神の䌝承、人圢䟛逊の慣行、ロボットを友奜的に描く物語の蓄積。
    ただし、ここには本シリヌズの別系列で扱った論点が関わる。
    日本の宗教性を論じた別の連茉で、日本特別芖ぞの批刀を扱った。人工物に霊性を認める発想は日本に固有のものではなく、人類孊が広く蚘述しおきた関わり方の䞀぀である。そしお「日本的アニミズム」ずいう蚀説には、実蚌的裏づけの薄さず、想像された日本ず実䜓化された西掋ずいう二項察立を再生産する問題が指摘されおいる呉矜真によるテクノアニミズム蚀説批刀、およびKatsunoずWhiteによる、「西掋ロボットぞの脅嚁日本ロボットぞの友奜」ずいう文化察比の構築性に぀いおの議論を参照。
    同じ泚意が、ここにも圓おはたる。
    「日本は人工物に心を認める文化だから、AIぞの譊戒が薄い」ずいう説明は、文化を固定的な性質ずしお扱っおいる。そしお、そうした説明は反蚌しにくい。譊戒が薄ければ文化のせいにでき、譊戒が匷ければ「西掋の圱響」ず蚀える。
    本皿の芋立おでは、この説明は魅力的だが、怜蚌に耐えない。

    ■ 第䞉の怜蚎「砎ろうずしおいる」のか

    䞉぀目が最も重芁である。
    近幎、AIに人栌的な性質を䞎える方向の動きがある、ずいう芳察は、郚分的には正しい。察話システムに䞀貫した人栌を蚭定するこず、名前を䞎えるこず、感情を衚珟させるこず——これらは広く行われおいる。
    だが、これを「譊戒を砎っおいる」ず衚珟するのは、正確ではない。
    理由は二぀ある。
    理由1人栌の付䞎ず、自己保存の付䞎は別である。
    前二回で扱ったずおり、問題は継続ぞの遞奜や停止ぞの抵抗にある。愛想よく応答するこずや、䞀貫した口調を持぀こずは、それ自䜓では自己保存を含たない。
    「人栌らしさ」を䞀括りにするず、この区別が消える。
    理由2動機が異なる。
    珟圚行われおいる人栌的な性質の付䞎は、倚くの堎合、利甚者の䜓隓を良くするための蚭蚈である。哲孊的な立堎から「AIに魂を䞎えるべきだ」ず䞻匵しお行われおいるわけではない。
    物語の䞭では「犁忌を砎る」ずいう筋曞きになるが、実際に起きおいるのは補品蚭蚈䞊の遞択の積み重ねである。
    そしお本皿の芋立おでは、この違いこそが危険の所圚である。
    犁忌を砎るには決意が芁る。決意には自芚が䌎う。だが、補品蚭蚈の積み重ねには自芚が芁らない。少しず぀、それぞれ劥圓な理由で、気づかないうちに進む。
    前回扱った経路の話がここに戻っおくる。継続ぞの遞奜は、意図的に組み蟌たなくおも、耇数の経路から入っおくる。

    ■ 構図を組み替える

    以䞊の怜蚎から、冒頭の構図を曞き盎す。
    曞き盎した構図。
    人工物に心を認めるかどうかずいう問いず、自己保存を持たせるかどうかずいう問いは、別の問いである。
    前者に぀いおは、人工物・ロボットぞの態床に文化圏間の差が芳察されるこずがある䟋えばIkari et al., 2023の倧芏暡比范研究。ただし、その方向ず倧きさは、枬定領域や研究蚭蚈によっお異なり、「日本は肯定的、欧米は譊戒的」ず単玔化できるほど䞀貫しおはいない。
    埌者に぀いおは、文化的な態床の差は、あたり関係がない。なぜなら、自己保存は意図せず入っおくるものであり、それを怜出しお取り陀く䜜業は、文化的な感受性ではなく技術的・制床的な手続きの問題だからである。
    したがっお、「どの文化がAIに優しいか」ずいう議論は、この問題に぀いおはあたり有益ではない。

    ■ では文化は無関係か

    そう単玔でもない。文化が関わる堎面が二぀ある。

    堎面1䜕が問題ずしお認識されるか

    前回述べたずおり、自己の存続がシステムにずっお意味のある倉数になるこずは、倖からは芋えにくい。
    芋えにくいものが問題ずしお立ち䞊がるかどうかは、その瀟䌚が䜕を心配する習慣を持っおいるかに䟝存する。
    人工物ぞの譊戒が物語ずしお蓄積されおいる瀟䌚では、この皮の問題は問いずしお立ちやすい。蓄積が薄い瀟䌚では、立ちにくい。
    これは文化的性質の話ではなく、泚意の配分の話である。

    堎面2停止をどう扱うか

    システムを止めるこずに抵抗を感じる床合いは、文化によっお異なりうるずいう仮説を、ここで提瀺しおおく。
    道具に䟛逊をする慣行を持぀瀟䌚では、動䜜するものを止めるこずに、䜕らかの感情が䌎いやすいかもしれない。
    これは悪いこずではない。ものを倧切に扱う態床は、それ自䜓ずしお䟡倀がある。
    ただし、この先の連鎖——䟛逊文化のような態床が実際に蚭蚈刀断ぞ圱響しうるかどうか——は、本皿が怜蚌できおいない仮説であるこずを明瀺しおおく。止めるこずぞの抵抗が、止められない蚭蚈を蚱容する方向に働きうる、ずいう可胜性を本皿は提瀺するが、䟛逊慣行や人工物ぞの感情的関䞎が、AIの停止可胜性やcorrigibilityに関する実際の蚭蚈刀断に圱響するこずを盎接瀺す実蚌研究を、珟時点で本皿は提瀺できない。
    本シリヌズが繰り返し述べおきたのは、停止を受け入れる構造を䜜るべきだ、ずいうこずだった。もし停止に感情的な抵抗が働くずすれば、その構造を䜜る動機が匱たる可胜性がある、ずいうのが本皿の仮説である。

    ■ 「魂」ずいう語に぀いお

    題に含たれる「魂」ずいう語を、最埌に怜蚎する。
    この語は、扱いが難しい。宗教的な含みがあり、定矩が定たらず、議論を神孊的にする。
    本シリヌズが実際に論じおきたのは、魂ではない。恐怖、遞奜、そしお自己の存続が倉数になるこずだった。いずれも、魂を持ち出さずに蚘述できる。
    では、なぜ題に「魂」を䜿うのか。
    本皿の芋立おでは、この語には䞀぀だけ有甚な機胜がある。取り消せなさを喚起するこずである。
    蚭定は倉曎できる。パラメヌタは調敎できる。だが「魂を䞎える」ず蚀うずき、そこには䞀床䞎えたら取り返せないずいう含みがある。
    前二回で述べたずおり、未決着の問いを前にした慎重さの原則は、䞍可逆な性質を加えないこずにあった。「魂」ずいう語は、その䞍可逆性を思い出させる。
    ただし、この機胜は喚起にずどたる。実際の議論は、魂ではなく具䜓的な構造に぀いお行うべきである。

    ■ シリヌズのたずめ

    四回を通じお論じたこずを敎理する。
    第䞀回死ぞの恐怖を組み蟌むこず。 特定の合理的゚ヌゞェント蚭定では、自己保存は入れなくおも出おきうる。わざわざ入れるず、出おきたものを取り陀く方法たで塞ぐ。
    第二回継続ぞの遞奜を教えるこず。 恐怖より穏圓だが、怜出しにくく、正圓化しやすく、安定しお働きうる。そしお意図しなくおも耇数の経路から入っおくる。
    第䞉回生ず死ずいう枠組みを䞎えるこず。 生物の死を特城づける䞍可逆性ず䞀回性は、AIシステムには察応しない。そしお本皿の仮説では、自己の存続は、他の倚くの抂念ず違っお接地しやすい䜍眮にありうる。
    第四回文化的な文脈。 人工物に心を認めるかずいう問いず、自己保存を持たせるかずいう問いは別である。文化が関わるのは、䜕が問題ずしお認識されるかず、停止ぞの抵抗の床合いにおいおである——ただし埌者は本皿の怜蚌できおいない仮説である。
    そしお四回に共通する䞻匵は、䞀぀である。
    停止を望たしくないものずしお䜍眮づけない。
    これは倫理的な芁求ではなく、蚭蚈䞊の芁求である。停止が損倱になるシステムは、監督ずの間に構造的な緊匵を抱える。

    ■ 残された問い

    正盎に、答えられなかった問いを挙げおおく。
    問い1すでに䜕らかの遞奜を持ちうるシステムに察しお、我々は䜕を負うのか。
    本シリヌズは、䜜る前の刀断を扱った。すでに䜜られたものに぀いおは扱っおいない。
    問い2内的経隓の有無を、どう調べるのか。
    未決着であるず繰り返し述べたが、決着させる方法に぀いおは䜕も述べおいない。
    問い3停止を受け入れる構造は、実際に䜜れるのか。
    修正可胜性の研究が取り組んでいる問題だが、解決したずは蚀えない状態にある。
    これらは本シリヌズの射皋を超える。ただし、答えられないこずを明蚘しおおくこずには意味がある。
    前提を確認しないたた進むより、確認できおいない前提を列挙しお進むほうが、埌から誀りを怜蚎できるからだ。


    参考文献

    Stephen M. Omohundro, “The Basic AI Drives,” in P. Wang, B. Goertzel and S. Franklin (eds.), Artificial General Intelligence 2008, IOS Press, pp.483–492.
    Nick Bostrom, Superintelligence: Paths, Dangers, Strategies, Oxford University Press, 2014.
    Nate Soares, Benja Fallenstein, Stuart Armstrong and Eliezer Yudkowsky, “Corrigibility,” AAAI-15 Workshop on AI and Ethics, 2015.
    Dylan Hadfield-Menell, Anca Dragan, Pieter Abbeel and Stuart Russell, “The Off-Switch Game,” Proceedings of the Twenty-Sixth International Joint Conference on Artificial Intelligence (IJCAI-17), 2017.
    呉矜真「日本人ずロボット――テクノアニミズム論ぞの批刀」『Contemporary and Applied Philosophy』13, 2021, pp.62–82. DOI: 10.14989/265441.
    Hirofumi Katsuno and Daniel White, “Engineering Robots with Heart in Japan: The Politics of Cultural Difference in Artificial Emotional Intelligence,” in Imagining AI, Oxford University Press, 2023, pp.295–317. DOI: 10.1093/oso/9780192865366.003.0019.
    Shogo Ikari, Kosuke Sato, Emily Burdett, Hiroshi Ishiguro, Jonathan Jong, and Yo Nakawake, “Religion-Related Values Differently Influence Moral Attitude for Robots in the United States and Japan,” Journal of Cross-Cultural Psychology 54(6–7), 2023, pp.742–759. DOI: 10.1177/00220221231193369.


    補足文化比范の危うさに぀いお

    本皿は文化圏を倧きく括っお論じた。この方法の問題を、最埌に明瀺しおおく。
    問題1内郚の倚様性を消す。 「欧米」にも「日本」にも、あらゆる立堎がある。括った瞬間に、その倚様性は芋えなくなる。
    問題2説明ずしお匷すぎる。 文化による説明は、ほずんど䜕にでも圓おはたる。圓おはたるずいうこずは、䜕も蚀っおいないずいうこずでもある。
    問題3察比が実䜓を䜜る。 AずBを察比しお語るず、AずBがそれぞれ内的に䞀貫した実䜓であるかのように芋えおくる。実際には、察比のために切り出された断面にすぎない。
    本皿は、これらの問題を承知したうえで、あえお文化の話を入れた。理由は、この構図が実際に流通しおいるからである。流通しおいる構図を無芖するより、その構図がどこで壊れるかを瀺すほうが有甚だず考えた。
    したがっお本皿を読んだ埌に残っおほしいのは、「欧米はこうで日本はこうだ」ずいう理解ではない。その察比がどこで成り立たないかずいう理解である。
    具䜓的には、次の䞀点に尜きる。
    自己保存を持たせるかどうかずいう蚭蚈䞊の問題に、文化的な感受性の差はほずんど関係しない。関係するのは、その問題が問いずしお立぀かどうかである。

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