
きらいなものは食べられないまま大人になった
「嫌いなものを食べたくない」という思いから、ひたすらトマト缶を空けてパスタを茹でる毎日が始まりました。
出されたものを食べるか、買って食べるしか考えなかった人生。はじめて料理が加わったのです。
「食う専」だったころには意識しなかったような細かい工程があって、一手ごとにコツがある。
きれいにできたら、それとなく母に勧めると、海原雄山みたいに食べてくれる。(そんなに厳しくない)
片付けながら、子供のころから言われ続けた言葉をはんすうした。
「お菓子を食べたらご飯が食べれなくなる」とか
「野菜を小さく切ったのに、これでも食べれないの?」とか。
ありがたいんだけど、食事が苦痛だった。
妹は絶対に食事中テレビをつけるやつだった。
バラエティの笑い声や、Mステの日本語ラップが静かに響く食卓。
妹は決してテレビから目をそらさず、何も見ずに箸でつまんだものを口にいれ、母は家族で食事をとるという考えを崩さない。
両方、テコでも動かないほど決心は堅かった。ほんとうに角材を用意してテコの原理で椅子からはがそうとしても動かないぐらい。
一方、ぼくはサトイモとか糸コンニャクとかシイタケとか、地味な色のものが全部苦手。食材の色や切り方によってはすぐに虫とかを連想して、給食も食べられなくて残されていた。
おわんの内側に玉ねぎを貼り付けて、向こう側からワンチャン見逃す可能性に賭けてごちそうさまを言ったりした。
部屋で具のない白米やパンを食べる! と主張する考えもなく、受験のストレスが加わって過敏性腸症候群になった。
何十年かたった今でも、起きてすぐ食べたり、心配があるとお腹をこわす。
しかし、今は買い出しから自分でできる。好きなものを買って好きな時間に食べられる。
たまにテレビがついている。ニュース番組でトランプ大統領の顔とかが映ってて、なんでせっかく作ったのにまずそうなもの映すんだろうと思ったときは、「ちょっと音小さくしていい?」と聞ける。
料理はパズルのようでありながら、すべての答えが正解。
トマト、豆乳、玉ねぎ、きのこ、豚ミンチ、唐辛子あたりのスターティングメンバーからいるやつを選抜して加熱しながら、熱湯を用意してパスタを9分ゆでる。ぴったり一緒に出来上がるように工夫する。
切り方や火加減で、毎回違うパターンのミスが起こる。

昔の新聞に書いてたよ。
「夫婦では女性のほうが健康寿命が長いが、その理由が分かってない」と。
料理だろ。
絶対これだろ。火と刃物を毎日使う緊張感。
食材が痛んでないか、なにが今食べたいかを考えて、家族の反応に喜んだり怒ったりする。こんないい脳トレないよ。
ソーセージが割引だったので、パンを買って、みじん切りにした玉ねぎ敷いてホットドッグ。
ソーセージは焼くか、ゆでるか。
パンは「ふにゃ」か「カリ」か。
・・・焼き&カリでいく。
トマト缶はパスタで使い切ったので、レシピサイトを見て玉ねぎのみじん切りを水に浸して挟んで、意外と辛くないマスタードを投入。
それを母親が横目で見て
「えっ 玉ねぎナマっぽくない?」

あわててホットドッグを背中に「隠した」。
料理初心者のありえない間違いを犯してしまったかと思った。
調べたら、水に浸した玉ねぎは生で食べれる。それどころか栄養が豊富にとれて風邪予防になる。あとで口臭が発生する。
失敗と成功の記憶が貯まっていく。
夜は、豆乳と味噌とごま油を混ぜて味噌ラーメンができるらしいので、作った。
スープを別で用意する、麺だけで売ってるパックも初めて買った。
太さで間違ったし健康的で味がぜんぜんないスープになったが、豆板醤と豚ミンチを追加して大幅に改善。
麺のぬめりと独特なにおいは、そういうものなのか謎。こんな単純なものでも、次回への課題が出てくる。

店のラーメンは、味が分からないぐらい熱いのに速く食べることを強いられる。辛くて高いのが当たり前になったし、ラーメンって、こんなに特殊な食べ物でないとだめなのか? もうちょっとぬるいほうが味も感じやすいんじゃないか?
「じゃああんたが作ってみろよ」って話だ。そうだ。今の自分には店を選ぶ以外の選択肢がある。
豆乳と味噌を混ぜただけでスープっぽくなる。きくらげも海苔もじゃまだなあと思っていた。あとは野菜を入れたら味噌汁の延長みたいに毎朝食える。
最近は、おなかを壊すことがなくなった。おなかを壊す原因はメンタルなので、食べたくなるまで作らないのと、調理するのが自分で見えるのが安心につながるようだ。
ひとりで作って食べるのはいい。自由の香りがする。