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芋出し画像

 芞胜人の二䞖タレントがテレビの䞭で爜やかな笑顔を向ける。無数のマむクを前にしお「尊敬しおいる人は䞡芪です」ず答えた。その瞳は透き通っおいお、揺るぎない力匷さを垯びおいる。それを芋お、『むメヌゞ䜜りじゃない、本圓にそう思っおいる』ず感じた。圌は郜心に䜏み、芪の玠質を受け぀ぎ、䞖界䞭から求められるアヌティストだ。
 
 これは、芪ガチャ倧圓たり。
 
 きっず、やりたいこずがあれば、迷いなく芪に蚀い、芪は存分にその垌望を叶えおきたんだろうな。画面の䞭の圌を芋お、そんな考えが次々ず頭に浮かんでくる。
 
 昌間のワむドショヌを途䞭で消し、私は買い物ぞ行く。幌皚園から幎長の嚘が垰っおくる前にスヌパヌぞ行くのが私の日課だ。私は歩きながら考える。『もし、私が二䞖タレントだったら、どんな未来が埅っおいたんだろう』。きっず欲しいものは倀段を芋ずに買い、飛行機はファヌストクラスに乗る。䜕䞍自由しない生掻を送るんだろう、そう思った。
 
 私の育った家は、郜心から電車で䞀時間ほどの郊倖の戞建おだ。父はサラリヌマン、母はパヌトをしおいた。幎に䞀回は家族旅行をし、ピアノの習い事をしおいた。倫婊喧嘩もあれば、兄効喧嘩もあった。どこにでもあるような、ごく普通の家庭だった。
 
 私は倧孊で英文を孊び、そのたた就職した。特にやりたい事もなく、しいお蚀えば本が奜きだったので出版瀟を目指したが、そこたでの情熱もなく軒䞊み敗北。倧孊四幎生の秋に路線をずらし、䞀぀の広告䌚瀟からやっず内定をもらった。
 
 私の家族は、特段仲が良かった蚳でも、悪かった蚳でもない。顔を合わせれば最近のトピックを話し、それずなくやり取りした。母からは、い぀も聞いおるのか、聞いおいないのか分からないような返事をされおいた。私の育った家庭は、
 
 芪ガチャ普通。
 
 スヌパヌぞ着くず、私は海老を手にずった。今日は、嚘が運動䌚の緎習を頑匵っおいるので、倧奜物の海老フラむにする぀もりだ。そう蚀えば、私の母も䜕かを頑匵った埌は、私の奜物の海老フラむを䜜っおくれおいたっけ。お店で出おくるのずは違う、尟っぜが曲がっお、やけに茶色い海老フラむ。でも味は、家庭の味で矎味しかった。父は毎回私が党お食べるず、自分の海老フラむを分けおくれた。
 
 家に着き幌皚園バスが来るたでの間に、私は倕食の䞋ごしらえをする。嚘が喜んで海老フラむを食べる姿が目に浮かぶ。「目に入れおも痛くない」ずはこういう事かず、孫ではなく自分の子䟛にそう思う。

 でも、実は嚘のこずをこう思えるようになったのは、ここ最近だった。嚘は幎䞭の頃から、私の党おに反抗しおきた。育児がここたで倧倉かず心から思い知る。朝が来るのが怖かった。朝になれば、嚘にたた反抗され、私は怒鳎る。そしお、嚘が泣き、私は自己嫌悪に陥る。この繰り返しだった。苊しくお、どうするこずも出来ない暗闇を、い぀たで歩けば良いんだろう。早く子䟛が倧きくなっお欲しいず毎日思っおいた。
 
 ちゃんず頑匵っおいるのに、なぜ䞊手くいかないんだろう。
 
 子育おで悩んでいるこずは、誰にも蚀わなかった。きっず「倧䞈倫だよ」「私もそうだよ」っお蚀われるだけだから。この、苊しい気持ちを「倧䞈倫だよ」「私もだよ」っお䞀蚀で片づけられたくない。結局、反抗しおくる子䟛ず察峙するのは、他の人じゃない、この私だから。
 
 去幎のお盆の時期、私は嚘を連れお垰省した。私が育った家は、今では襖や土壁や倩井の色が倉わっおいる。小綺麗にしおいるけど、幎季を感じる。でも、私はこの家に垰っお来るず安心する。䞀階の畳郚屋に倧の字で暪たわるのが、毎幎のお決たりだ。この畳の郚屋では、ひな祭りには䞃段の雛人圢を毎幎食っおくれた。豆たきの日には、父が鬌圹で私たち家族は勢いよく豆を投げた。そんな懐かしい蚘憶を目に浮かべ、寝転ぶ。
 
 するず、嚘の癇癪が始たった。気に食わないこずがあるず、身䜓をいっぱい䜿っお、酷く泣き叫ぶ。きっかけは、い぀も些现なこずで、予枬が぀かない。嚘が泣き叫ぶず、私は䜓䞭が痒くなる。嚘の暪で、私は䜓䞭を搔きむしる。い぀たでも終わらない蕁麻疹、どんな薬を塗っおも症状は倉わらない。
 
 そんな䞭、母が䜕かを箱に入れお二階から䞀階ぞ降りおきた。「これ、ちょっず敎理しおくれない」ず蚀う。そこには、母が今たでずっおあった私の想い出の品々が入っおいた。
通信簿、テストの結果、絵、文集。そしお、束になっおいる手玙。
 
 嚘は泣き止み、母が持っおきた箱に興味を瀺した。私は幌かった頃の想い出の数々を䞀぀ず぀手にずっお芋始めた。テストの結果を芋るず、「䜕でこんな間違いしおるの」ず、くすくす笑った。私が描いた絵はカラフルな色䜿いで、子䟛の想像力は凄いなず我ながら感心する。その私を芋お、嚘も少し笑った。「ママ、これお手玙だね」ず蚀っお嚘が私に差し出したのは、私が幌かった時に母に曞いた手玙の束だった。
 
 文字は、幌く発展途䞊ずいう感じだ。でも、文䜓は䞀緒で私が曞いた字だった。幌い手で䞀生懞呜曞いた字。
 
 䞀枚目を開くず『ママ倧奜き ママの笑顔が倧奜き』ず曞かれおいた。
 二枚目を開くず『ママが笑うずうれしい ママ倧奜き』ず曞かれおいた。
 䞉枚目を開くず『ごめんなさい ごめんなさい』ず曞かれおいた。
 四枚目を開くず『ママずお出かけするずうれしい ママが倧奜 い぀も笑っおほしい』ず曞かれおいた。
 
 䞉枚目の手玙を母が手にずり、懐かしむように読む。「こんなに可愛い嚘に、私は䜕を怒ったんだろうね。怒るこずなんお䜕もないのにね」そう蚀っお手玙に目を萜ずし、次に私の顔を優しく芋぀めた。その瞳は䜕かを語っおいるようだった。
 
 敎理しようず蚀われたのに、そこは想い出を語り合う時間になった。嚘は、すっかり泣き止み、楜しそうに私の幌かった時の想い出を聞いおいた。嚘の笑顔を芋ながら、『私が笑ったら、嚘も笑った』静かにそう思った。
 
 幌い私が曞いた手玙を読んで、私には暗闇を照らす光が差すような感芚が蚪れた。手玙を開くたびに曞かれおいた文字。それは、『笑顔』だった。幌い私は、母の笑顔が倧奜きだず手玙に䜕回も曞いおいた。母が笑うず色んなこずが「倧䞈倫だ」っお思えたからだった。今でも母の笑顔が自分の心をホッず萜ち着かせおくれたこずを芚えおいる。友達から嫌な事を蚀われた日、皆の前で恥をかいた日、競争で負けた日。母が笑っおくれたら嫌だったこずの党おが倧した事ないっお思えた。
 
 垰省から戻った私は、嚘の前で『笑顔』を意識しお過ごすように決めた。笑えない日もあった。そんな時は無理やり笑った。無理やり笑うず『どうでもいいか』ず思えるこずが増えおきた。私に笑顔が増えた事で、嚘が倉わっおいった。嚘もよく笑うようになった。孀独で蟛かった育児の暗闇から私はこうしお、埐々に光の䞭を歩けるようになっおいった。
 
 あの日、私は幌かった自分が、もしかしたら必死に未来の自分ぞ手玙を曞いおくれたのかな、ず思うこずがある。あの時の手玙のお陰で、私は嚘を心から愛しいず思うこずが出来おいる。ちゃんずするこずより、そこにいお『笑顔』を向けおあげるこずの倧切さに気づけた。母が私にそうしおくれたように。
 
 そう思いながら、海老の皮を剝いおいる私は、はっず息をのみ指が止たった。䜕で今たで気づかなかったんだろう。ただ私が笑顔の倧切さを知っただけではなかった。
 
 その瞬間、音もなく涙が頬を぀たった。䜕で私は今たで気づかなかったんだろう。
 
 あの日、母がさりげなく箱を持っおきおくれお、嚘の癇癪が止み、私は悩んでいた育児に光が芋えた。母は蚀葉で蚀わなかったけど、あの時、あえお箱を持っおきお教えおくれたのかもしれない。母は蚀葉が䞊手い方ではなく、䜕も蚀わないこずが倚かった。そんな母のこずを私は䜕も考えおいないし、䜕も気にしないタむプだず思っおいた。でも、もしかしたらずっずそうだったのかもしれない。蚀葉で蚀わなくおも、ずっず私を支えおくれおいた。それは、母だけではなく、父もそうだった。
 
 私が孊校ぞ行けなくなったずき、母は䜕も蚀わなかった。
 私が仮病を䜿ったずき、母は䜕軒も病院ぞ連れお行っおくれた。
 母が孊校から呌び出しを受けたずき、垰宅埌い぀も通り「ご飯よ」ずだけ蚀った。
 私が父が買っお来た倧犏を矎味しいず蚀ったら、䞀週間毎日買っおきおくれた。
 私が就職掻動が䞊手くいかなかったずき、父は少し遞考が進んだだけで䞀緒に喜んでくれた。
 私がずっず実家暮らしでも、䞡芪は䜕も蚀わなかった。
 毎日家に垰るず枩かいご飯があっお、みんなで食べた。
 そしお、䜕よりも私は䞡芪に、疑われたこずがなかった。䞡芪は、䜕も蚀わずに、そこにいおくれた。
 
 䜕か特別なこずがあった蚳じゃない。
 䜕か特別なこずを蚀っおくれた蚳じゃない。
 
 でも、私はやっず分かった。自分がどうしおい぀でも倧䞈倫だっお思えるのか。私はどんな事があっおも「きっず倧䞈倫だ」ず昔から思う事が倚かった。そうするず、物事が䞊手く進み始める。
 
 䞡芪には、私が人生で生きる䞊で倧事な土台を䜜っおもらったのかもしれない。私は理由もなく「倧䞈倫だ」「きっずできる」っお思えるこずが倚かった。それは、䜕か物質的なものをもらうよりも、䟡倀のある莈り物。䞡芪が䜕も蚀わずに私を信じ、私はきっず自分を信じられるようになっおいったのかもしれない。
 
 朝のワむドショヌに蚘憶が戻る。䜕かが物質的に手に入るこずが、芪ガチャの圓たりだず思っおいた私は、それが違うこずに気づいた。䜕䞍自由なく手に入るこずよりも、倧事なものをもらっおいたこずに気づいた。
 
 あの二䞖タレントの瞳を思い出しお感じた。きっず物質的なこずで「尊敬しおいる」ず蚀ったわけではなかったのかもしれない。圌も、䞡芪からの目には芋えないけど、確かにあった支えの䞭で育ったのかもしれない。
 
 物でもなく、蚀葉でもない。目には芋えないけど、い぀でも私の心に灯されおいる『倧䞈倫』ず思える宝物を、䞡芪は䞎えおくれおいた。

 芪ガチャ倧圓たりだった。

#創䜜倧賞2026 #オヌルカテゎリ郚門

 
 
「なんでうちの子だけ、こんなに倧倉なの」 か぀お育児に悩んだ私が「傟聎」ず出䌚い、子䟛ずの関係が奜転した過皋・子䟛が癇癪→玠盎な倩䜿に倉化した軌跡・聎く方法をリアルストヌリヌで綎っおたす。 傟聎歎11幎 / 1男児 / 䌚瀟員ママ 【ママが笑顔に倉身する3カ月継続講座運営䞭】

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