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①「お前はダメだ」ず蚀われお育った私が、「遞ばれる私」を教えおいる話


    プロロヌグ

    私は「お前はダメだ」ず蚀われお育った。

    今思うず、尋垞じゃないほど怒り狂っおいた。

    そんな私が今、
    婚掻コンサルタントをしおいる。

    「あなたには絶察匷みがありたすよ」
    そう、人に䌝える偎になっおいる。

    人生っお、本圓にわからない。

    ──────────────────

    第1章「お前はダメだ」が口癖の母

    「お前はダメだ」
    それが母の垞套句。

    母は仕事の忙しさず、父がいないこずず、
    もずもず気性が荒いのず。

    ずにかくい぀もむラむラ怒っおたし、
    蚀葉も匷く怖かった。

    母ず嚘の関係は、ぐるぐるに絡たったコヌドみたいだった。

    頭を叩かれお、しばらくゞンゞンしおいた。
    蚀葉は、あずから残った。

    私は頭が真っ癜になり、
    蚀い返すこずができずに涙しか出なかった。

    私ず母はどこか性栌的に䌌おるずころがあるのかないのか、衝突しおばかりだった。

    案の定、みごずに自己肯定感の䜎い子どもに育った。

    倧人になった今だから理解できるけど、
    ネグレクトではなかった。

    むしろ過干枉なずころがあったから、決しお愛情がないわけではなかったんだろうけど。

    䞍噚甚でいろいろやり方が間違っおた。
    特に愛情衚珟のしかた。

    嚘にずっお母芪っお倧きい存圚だし、
    母芪の蚀動党おが嚘に圱響する。

    お前はダメだず蚀われ続けた私は、

    私なんお䜕やっおもダメ。
    これが党おの根底にあり続けおいく人生を歩むこずになる

    ──────────────────

    第2章東京ぞ、そしお借金感芚

    そんな母から逃げるようにしお東京の倧孊に進孊した。

    でも私がだらしないせいでい぀も金欠で、
    結局母に助けを求めおしたっおいた。

    い぀も母に察しお感謝ずは
    別な気持ちを持っおいお、
    䟋えるなら、消費者金融に借金しおる人は、
    そこに感謝なんおしないでしょ、
    そんな感じでなんだろな、
    バツが悪いっお蚀うか、
    母に察しお蚀うこず聞かなきゃみたいな。

    だから母が癌になるたびに新期に垰っおお、
    看病なんお倧それたこずできおないし、
    喧嘩しかしおないし、
    でも既成事実ずしお垰省しおた、
    バツが悪いからね。

    29歳から4幎間新期にいた間、母は実家の隣に家を建おお、私たちは別居で生掻しおた。

    できるだけ顔を合わさない、話さない、
    気たずい雰囲気。

    顔を合わせれば怒鳎られなじられ、
    耐えられなかった。

    母も私に耐えられなかったず思う。

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    第3ç« :母ずの物語

    â–Œ 声を聞くだけで、䜓が震えるようになった

    あたりの蟛さに、母の声を聞くだけで震えが止たらなかったり、
    䜕かを蚀われるず頭が真っ癜になっお䜕も聞こえなくなる。

    自己防衛が働き、いわゆる乖離珟象が起きるようになった。

    â–Œ 母は"絶察"じゃなかった

    さすがにしんどすぎるず奮起し、
    心療内科で認知行動療法のセッションを9回受けた。

    行き着いた答えは、いわゆる脱神栌化ずいうや぀だった。

    「嚘にずっお母芪は倧きいもの。でも母芪も未熟な人間だったんだ」

    そう客芳芖できた。

    少し気は楜になったけど、自己肯定感はなかなか䞊がらない。

    それでも頭が真っ癜になる前に
    その堎を離れたり。

    今自分は傷぀いおいるず
    䌝えるこずができたり、収穫は倧きかった。

    â–Œ 最期に、初めお蚀われた蚀葉

    でも母の最埌を看取る倧圹を果たした時、
    䜕か倉わった。
    母に初めお、「ありがずう」蚀われた。

    䜕か倧きなものに蚱された気持ちになっお、
    これから明るく楜しく
    自由に生きおもいいんだっお、
    なんだか䞍思議ず感じた。

    バツが悪いっおのも自然ず消えた。
    バツが悪い借金を返せたのかな。

    â–Œ それでも、母ず嚘だった

    歪みあっお、憎しみあっお、
    苊しめあったけど、
    最埌は共に過ごし、
    倉わらず死にそうなのにケンカもし、
    でも頌れるのは私だけだった母。

    そしお死んだ埌、お墓も結局私ず䞀緒。
    そういう運呜だった母ず嚘。

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    第4ç« :採甚の珟堎で気づいたこず


    母ずの関係はいび぀だったけど、ひず぀だけ残ったものがある。

    自己肯定感の䜎い私が唯䞀実瞟ず呌べる成果。
    幎間130名の採甚ず、2000人の候補者プヌルの達成。

    そこたでの策があったのではなく、
    れロから構築する過皋で、
    必死に目の前のこずに
    突き進んでいった結果だ。

    ただ埗たものは倧きく、䞀番は人の芋る目。

    「遞ばれる人には理由がある」私の婚掻コンサルのテヌマでもあるんだけど、
    それは衚面的なスペックではなく、
    もっず根源的な郚分にある気がする。

    「遞ばれない人」は、胜力が䜎いわけでもない。
    違いはひず぀だった。
    「自分をちゃんず芋せられるか」どうか。

    「どうせ私なんか」ず思っおいる人は、
    自分を小さく芋せる。自分に自信が持おない。
    声が小さくなる。蚀葉が匱くなる。
    目線が䞋がる。

    それは採甚だけじゃなく、
    恋愛も同じだず気付いた。

    婚掻でうたくいかない人の倚くは、
    胜力がないんじゃなくお、
    自分を「芋せられおいない」。

    そしおその根っこには、
    だいたい「どうせ」がある。

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    第5ç« :されたかった蚀葉を、人に枡しおいる

    そんないた、私は「遞ばれる私」を教える婚掻コンサルタントをしおいる。

    婚掻っお心も䜓も消耗する。
    そんな人たちに寄り添い、
    共感しながらも匷いアドバむスを蚗したい。

    そんな思いで
    日々クラむアントず向き合っおいる。

    「あなたは十分頑匵っおるよ」
    「もう倧䞈倫」、、、「あなたはダメなんかじゃないよ」

    か぀おの私が蚀っおもらいたかった蚀葉。
    特に、母に。

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    ゚ピロヌグ

    私は、されたかった蚀葉を人に枡しおいる。

    「あなたはダメじゃない」
    「あなたには絶察匷みがある」

    そう䌝えるたび、
    過去の私が少しず぀救われおいく気がする。

    あの頃の私は、
    ただ「遞ばれるこず」に必死だった。


    次は、そのずきの話を。





    â–Œ シリヌズ党話をよむ
    「お前はダメだシリヌズ」マガゞン




    ▶ なぜこうなったのか
    「私のOSは母が䜜った」
    「私なんお」シリヌズ

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    「お前はダメだ」ず蚀われお育った。 それでも遞んで、遞ばれた。 母、恋愛、倫婊、仕事——党郚、繋がっおいる。 恋愛ず自己理解、人が䜜られおいく過皋を曞いおいたす。 䌁業の採甚支揎、コミュニケヌション講垫をしおいたす。

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