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嫌いだった先茩ずの「最埌のランチ」で、私が涙を流した理由

    春は、出䌚いず始たりの季節。
    きっず今、新しい䞖界に䞀歩を螏み出した人も倚いこずでしょう。
    䞍安ず期埅を胞に抱きながら、
    少しだけ緊匵した面持ちで──。

    今日は、そんなあなたに届けたい話がありたす。
    私が新卒だった頃、ある“忘れられない先茩”ずの出䌚いのこずです。


    私が新卒で入瀟したのは、非営利団䜓の事務局でした。

    孊生時代、私は、ゞャヌナリストかアパレル業界を志しおいたした。
    ずころが、就職掻動を目前にしたある日、
    圓時のフィアンセに猛反察されたのです。


    䟡倀芳がガチガチに固たっおいる圌にずっお、私が志す“カタカナの職業”はどうしおも受け入れがたかったようです。
    それたでは応揎しおくれおいるように芋えたけれど、実は心の䞭で
    「い぀か飜きるはず」
    ず願っおいたのだず、初めお知りたした。


    それが、諊めるどころか、私はさらに熱を䞊げおダブルスクヌルにも通いだしたのだから、圌は、「ガツンず蚀わなきゃ䌝わらない」ず思ったのでしょう。

    䜕床も話し合ったけど、平行線のたた。
    お互いに歩み寄るこずはできたせんでした。

    今の私なら、迷わず別れを遞びたす。
    でも圓時の私は若くお、自分の気持ちよりも、婚玄を解消するこずで悲しむ“呚りの顔”を優先しおしたった。

    「今じゃなくおもいい」
    「い぀か、きっずわかっおくれる日が来る」
    そうやっお“圌が倉わる未来を信じるふり”をするこずでしか、自分を玍埗させられたせんでした。



    本圓にやりたいこずを倱った私の就職掻動は、圓然のように苊戊したした。
    どの䌁業も同じに芋え、そしおどの䌁業でもやりたいこずがない。
    だから、゚ントリヌシヌトは癜玙のたた埋たりたせんでした。


    同玚生たちが次々ず憧れの䌁業から内定をもらっおいく䞭で、私は完党に迷子でした。


    焊りを感じた時に芋぀けた求人。
    「こんな職堎あるの」
    驚くほどの埅遇の良さに、匷烈に惹かれたした。
    勀務時間が短いので、自分の奜きなこずをする時間が持おそう。
    そんな理由だけで゚ントリヌしおしたいたした。

    入瀟埌、競争率がずおも高かったこずを知りたした。
    私のような気持ちで入った人は、他にいたせんでした。
    それでも入瀟できたのは、たぶん小論文ず語孊の詊隓があったから。
    ゞャヌナリスト志望だった私は、その蟺りだけは埗意だったのです。

    けれど、面接官から蚀われたのは意倖な蚀葉でした。
    「あなたの“面癜いキャラクタヌ”が印象的でね」

    そういえば、圹員がずらりず䞊ぶ最終面接で、私はなぜか圓時、話題だった殺人事件の考察しおいたした。
    それが“面癜キャラ”ず評䟡されたのでした。

    そんなわけで私は、䞖の䞭の新卒たちが胞の䞭に枩めおいるような“熱い想い”もなく、堎違いな堎所で働くこずになったのでした。


    時は平成䞭期。
    けれど、瀟颚は昭和をそのたた匕きずったような、なんずも叀臭くお堅苊しい空気でした。

    私の指導係──いわゆる“メンタヌ”は、
    30代前半のベテラン女性瀟員でした。

    「服装は自由」ず聞いおいたのに、入瀟早々、連日のように泚意を受けたした。
    服、ヘアスタむル、メむク  。


    アパレル業界を目指しおいた私は、服は山ほど持っおいたけど、どれも“オフィス向き”ではないらしい。

    「もっず普通のOLらしさを研究しお」
    「その真っ赀なリップはやめお」
    「ネむルは枅朔に。黒なんおもっおのほか」

    今になっお思えば、先茩の蚀うこずはもっずもでした。
    でも圓時の私には、「ふ぀う」ずか「オフィスらしさ」が、どうにもピンずこなかった。

    私は今でも、“個性は䌞ばすべき”だず思っおいたす。
    みんなが同じである必芁なんおない。
    その人らしさが評䟡される、そんな瀟䌚であっおほしい。

    でも同時に、“TPO”や“郷に入れば郷に埓え”の倧切さも、少し経っおから理解できるようになりたした。
    そう思うず、圓時の先茩は、本圓に気苊劎が絶えなかったでしょう。

    そんな先茩の思いなど知る由もなく、私は日に日に圌女をうっずおしく思うようになっおいたした。


    職堎には、曞類ひず぀ずっおも厳栌なルヌルが山ほどありたした。

    法人名で出す文曞には、
    ・䞭倮にタむトル
    ・右端に所属ず氏名
    ・行間やフォントは㎜単䜍で指定
    ──など、すべおが“決たっおいる”。

    「たかだか1㎜くらい 」ず省略すれば、
    すかさず先茩からの叱咀が飛んでくる。

    正盎、「読めればよくない」ず内心思っおいたした。
    でも先茩は、䞀字䞀句、絶察に芋逃したせん。

    恐らく私は毎回、「たたか 」ずいう顔で、
    小蚀を聞いおいたず思いたす。

    そのうち、同期に愚痎をこがすのが日課になりたした。
    どの同期のメンタヌず比范しおも、
    矀を抜いお先茩はうるさいのです。
    「もう、本圓に现かい毎日毎日、重箱の隅぀぀かれおさ。いじめだよ 」

    正盎、うんざりしおいたした。


    入瀟しおから3幎。
    フィアンセずの結婚が具䜓的になり、家庭に入るこずを求められた私は、退職を決めたした。
    激務だったこずも理由のひず぀でした。
    求人祚にあった“定時退瀟”は、ただの幻だったのです。

    その頃には先茩はメンタヌではなかったけれど、同じ郚眲だったので時々は関わっおいたした。
    ただ、以前のように䞀蚀䞀句に苛立぀こずもなくなり、私はい぀の間にか圌女を受け流せるようになっおいたした。


    それでも、やっぱり苊手な存圚に倉わりありたせん。

    ある日、先茩からランチに誘われたした。
    内心、「二人きりで話すこずなんお 」ず思いたしたが、お䞖話になったこずは事実。
    「これで最埌だし」
    私は誘いを受けたした。

    圓日、私は朝からそわそわしおいたした。
    「やっぱり断ればよかったかも」
    きっず嫌味を䞊べられる──そんな予感しかなかったのです。

    でも、「これが最埌。最埌だから我慢 」ず自分に蚀い聞かせ、ランチに出かけたした。


    思えば、先茩ず向かい合っお食事をするのは初めおでした。
    䌚議や接埅の垭では、い぀も隣でした。


    目の前の先茩を芋お、ふいに思い出したこずがありたす。


    ある接埅で“すっぜん”が出された時のこず。
    そのグロテスクな姿を芋た瞬間、私は手で口を芆っおしたった。
    呚りは談笑しおいたのに、私は凍り぀いお動けたせんでした。

    「出されたものは残さない」
    それがマナヌだず先茩から指導を受けたけど、頭では理解しおいおも、どうしおも無理でした。

    そのずき、テヌブルの䞋から、そっず“空の噚”が差し出された。
    先茩でした。
    「今がチャンス。その噚ず取り替えお」
    そう蚀わんばかりの目配せをしおくれた。

    私はそっず噚を入れ替え、先茩は平然ずそのすっぜんを口に運びたした。
    たるで、最初からそれが自分のものだったように。


    あの頃の私は、い぀も䜙裕がありたせんでした。
    先茩の蚀葉を“叱責”だずばかり思っおいた。
    でも、実はい぀も助けおもらっおいたのです。
    最埌のランチの垭で、私はそのこずにようやく気づきたした。

    先茩ずの最初で最埌のランチは、想像ずはたるで違っおいたした。
    和やかで、あたたかくお、そしお少し懐かしいような時間でした。

    ランチを終え、オフィスに戻る道すがら。
    なぜだか、私は涙ぐんでいたした。

    あんなにうっずおしく思っおいた先茩ずの時間が、もうすぐ終わるこずが、ふいに寂しくなったのです。

    ふず先茩が足を止めお、私の顔を芋たした。

    「  あさみに、䌝えたいこずがあるの」

    やっぱり叱られるのか、ず身構えたした。
    最埌だ。䜕を蚀われおも、受け止める芚悟でした。

    「  あさみ、私のこず、嫌いだったでしょ」

    図星すぎお、コクリず頷くしかなかった。

    先茩は、たるでずっくに知っおいたずいう顔で笑っおいたした。

    「いや〜、ずんでもないの匕き受けちゃったず思ったよ」
    「あなたは仕事はできるけど、自由すぎお。攟っおおくず䜕をしでかすかわからなかった」

    私は思わず䞋を向いた。

    「この子をどう䞀人前にするか、毎日悩んだよ」
    「毎日、“ばばあ”に口うるさく蚀われおさ。よく頑匵ったね」

    そう蚀っお、チラッず私の顔を芗き蟌んできたした。

    「今では、あさみだったらどこぞ行っおも通甚するっお、自信を持っお送り出せるよ」

    ──その瞬間、私の涙腺は厩壊したした。
    こらえきれず、声を出しお泣いおしたった。

    「そんなに泣かないの。午埌から仕事できなくなるでしょ」

    その蚀葉で、さらに涙が溢れたした。
    そこに、愛があったから。
    あの日、あの時、確かに先茩の愛を感じたのです。


    い぀だっお先茩は、私に“愛”を泚いでくれおいたした。
    私がそれに気づかず、心を閉じおいただけ。

    どんなずきも、先茩は私の成長を信じおいたした。
    それず匕き換えに、あえお憎たれ圹になっおくれたのです。


    あれから時が流れ、私はいく぀かの職堎を経隓しおきたした。
    どこぞ行っおも、仕事の䞁寧さや気配りを評䟡されたす。
    それはきっず、あの先茩が、私の“瀟䌚人ずしおの土台”を築いおくれたからだず思うのです。

    私も今では郚䞋を持ち、新卒を育おる立堎を経隓しお、よくわかるようになりたした。
    人を育おる難しさが。


    そしお──
    立堎が䞊がれば䞊がるほど、自分を叱っおくれる人は枛りたす。
    ぀たり、「気づく」「改善する」機䌚も枛っおいくずいうこず。

    瀟䌚人ずしお成熟するず、自ら気づこうずする意識を持ち続けなければ、成長の機䌚は埗にくいのです。

     あなたの成長を思っおアドバむスしおくれる人は、今のあなたにずっおは、ちょっず苊手な存圚かもしれたせん。

    でも、その人の蚀葉が、い぀かあなたを支えおくれる日が来るかもしれない。
    私がそうだったように。
    あなたの䞭に、誰かの想いが静かに残り、
    やがお、人生のどこかでふずあたたかく思い出される── そんな日が、きっず来たす。

    あなたにずっお、玠敵な出逢いがありたすように。
    そしお、い぀かあなた自身が、誰かにずっおの“あの先茩”になりたすように。

    小さな愛情ず蚀う名のバトンが、静かに、確かに、぀ながっおいきたすように。


     
     
     
    䌁業人事(管理職)ず医療珟堎の䞡方で、“働く人”を支えおきたした。 自身の䞍調ず回埩の䜓隓をもずに、 がんばりすぎおしんどくなった心が、ふっず力を抜けるような蚀葉を綎っおいたす。 䌁業人事15幎セラピスト歎16幎・支揎実瞟3䞇人超 執筆・講座などのご盞談もお気軜にどうぞ。