メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

䞉䞖代で、博倚どんたく「通りもん」─20幎越しに地元ぞの愛着を深めた祭りの話

    今幎も実家に戻っおきたした。
    「博倚どんたく」に参加するため。

    昚幎、どんたくパレヌドに初めお参加し芪子䞉䞖代で明治通りを歩きたした。䞉味線や济衣、おしゃもじなどの準備が敎い、昚幎の蚘録を読み返しおみたら感動が蘇っおきた。

    雚予報ですが明日のパレヌドを楜しみに、ここにも残しおおきたいず思いたす。

    *

    *

    *

    「博倚どんたく枯た぀り」に、初めお“通りもん”ずしお参加しおきたした。

    実家の犏岡にいたのは小4から高校卒業たで。「どんたく」をわざわざ芋に行ったこずはなく、GWずいえばただただ混雑がひどいずいう印象しか蚘憶に残っおいたせん。

    そんな私も、静岡・䞉島に移䜏しお䞉嶋倧瀟の倧祭りに参加するようになっおから、「地域の祭り」の意矩や魂を肌で感じるようになり、それが自分の地元犏岡に改めお目を向けるきっかけになったのだから䞍思議です。

    このGWは、「博倚どんたく」に芪子で参加するために、久しぶりに犏岡ぞ垰っおきたした。

    実家に垰れば、犏岡グルメやショッピング、新たなランドマヌクを楜しむのがメむンで、もはや無数の芳光客の䞀人。

    “地元の祭りを理由に垰省する”ようになるなんお、正盎想像もしおいなかったので、人生っお面癜いものです。

    ヌ

    「博倚どんたく」は、2日間で玄200䞇人が蚪れる、日本最倧玚の『垂民参加型』の祭り。

    パレヌドだけで198団䜓、垂内30カ所の挔舞台では1,130団䜓がステヌゞパフォヌマンスを披露するずいう、ちょっず想像できない芏暡の祭りです。

    私は、母ず嚘ず䞉䞖代で「博倚那胜接䌚なの぀かい」ずしお参加したした。

    那胜接䌚は、博倚の䌝統行事「束囃子た぀ばやし」の流れを受け継ぎ、博倚叀謡を歌い継ぐために昭和27幎に結成された団䜓で、『通りもん』ずしお、䞉味線や倪錓を鳎らしながらたちを祝犏しお回る圹割を担っおいたす。

    母が䞉味線を匟き、私は2æ­³10ヶ月の嚘ず䞀緒に、おしゃもじを手に明治通り1.3kmのパレヌドを歩きたした。

    数日前から、家の䞭でおしゃもじを叩いお歩く緎習をしお、昚幎のパレヌド動画を䞀緒に芋ながら「こんな颚に歩くんだよ」ず話すず、嚘もだんだんず楜しみにしおいる様子が䌝わっおきたした。

    ずはいえ、予想気枩は26床の晎れ。暑くお歩きたくないずか、やっぱり嫌だず泣き出したらどうしよう ず、私も内心ドキドキ。

    私も介添え圹ずしお济衣で䞀緒に歩きたす。スタヌト盎前たで抱っこで移動し、「スタヌトしたら歩こうね」ず声をかけ続けるず、倧通りに出た嚘は空気を感じ取ったのか、すっず私の腕から降りお、スタヌト。

    ペタペタずただ少しおが぀かない足取りでも、ひずりでおしゃもじを叩きながら、しっかりず歩みを進める姿を、私はただただ隣で芋守りながら、䞀緒におしゃもじを叩いお歩きたした。

    もう、感無量。

    嚘の様子が気になりずっず芋䞋ろしおいた芖線を、ふず䞊げるず、広い広い広い明治通り沿いには倧勢の芳客の方々が。

    地元の人、芳光客、小さな子連れの芪子、倖囜人の方々たで、「がんばっお〜」ず手を振っおくれる姿があり、嚘の䞀生懞呜な姿に笑顔を向けおくれるその光景に、私のほうが感動しっぱなしでした。

    嚘は前半、䞀生懞呜おしゃもじを叩きながら、あの広ヌい倧通りを自分の足で歩くこずができたした。

    半分ほど歩いたずころで「抱っこ」ずなり、その埌は私に抱かれながらおしゃもじを叩きたした。

    ずきどき顔を䌏せお「もう疲れた 」ずいう様子を芋せ぀぀も、最埌にはもう䞀床、自分の足で少しだけ歩くこずができたした。

    本圓によく頑匵りたした。
    嚘もどこか誇らしげだったように思いたす。

    ヌ

    この䞀日、那胜接䌚のスケゞュヌルは分刻み。パレヌドの埌は西日本新聞前、岩田屋の挔舞台での挔奏を芋届け、さらに新倩町商店街を「通りもん」ずしお巡りたした。

    刃物屋さん、お饅頭屋さん、傘屋さん ず䞀軒䞀軒たわりながら、商売繁盛の祝いの挔奏ず「いよ〜た〜祝うた〜」ずいう掛け声を届けおいきたす。

    嚘は、各商店でいただくゞュヌスやお菓子のお振る舞いをモチベヌションに、那胜接䌚の着物の背に倧きく曞かれた「那」の字を远いかけ、䞀生懞呜぀いおいきたした。

    䞉味線を抱えたみなさんず地䞋鉄にも乗っお川端たで行き、倧奜きな「博倚通りもん」の明月堂さんたで蟿り着きたいずがんばりたしたが

    「博倚明倪子のふくや」さんに向かう途䞭で、぀いに嚘は電池が切れたように、抱っこしたずたんストンず眠っおしたいたした。

    党身の力が抜けた14キロの嚘を抱えお、济衣姿の私も慣れない䞋駄に痛みがでおきお、぀いにリタむア。

    芪子䞉䞖代、『通りもん』ずしお初めお参加した「博倚どんたく」を終えたした。

    ヌ

    高校卒業を機に犏岡を離れ、もうすぐ20幎。

    博倚駅は開発され、スタヌトアップが盛んになり、倩神ビッグバンが掲げられ、思い出の倚かった倩神コアもなくなるなど、犏岡の街はずいぶん倉わりたした。

    垰省しおも「懐かしいけど、芳光地」ずいう感芚が幎々匷くなり、「地元」ずしおの愛着が深たるこずなんお今さらないず思っおいたした。

    でも今回、祭りずいう“倉わらない䌝統”に参加し、様々な商店を巡りながら地域の぀ながりを感じ、"お客さん"ではない圢で迎えられたこずで、犏岡ずいう地域に察する「地元」ずしおの愛着が確かに深たった感芚がありたした。

    䞉島に移䜏しお祭りに参加するようになっお埗た「地域の䌝統の担い手ずなる」ずいう感芚が、たわりたわっお地元犏岡ぞの関心ず愛着を取り戻すこずに぀ながるなんお。ほんずに人生っお面癜いなず思いたす。

    翌日、「総螊り」たで参加しお䜙韻に浞りたした。来幎は䞀人で歩ききれるようになるかな。

    『祝うたぁ〜〜〜』

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
    新卒でシステム゚ンゞニア、客宀乗務員、ITベンチャヌ䌁業Thinkingsの䞀人目広報を経お、2026幎5月から静岡䞉島で働く。2020幎に東京から䞉島ぞ移䜏。䞉島垂芳光&移䜏アンバサダヌ。1987幎生、嚘が1人。

    あなたぞのおすすめ