強風のサマージャンプ大会。スタート前の緊張感から、懐かしいあの子に想いを馳せた日☆Vol.113
昨日は、妙高高原赤倉シャンツェで開催されていたサマージャンプ大会を観に行ってきた。
出発時に山荘を出てみたところ、強い風が吹いていて木々がざわついていた。
「これ今日、無事に開催できるんかな?」
そんな心配をしながら会場へ向かった。
現地に着くと、飾られているたくさんののぼり旗が、勢いよくバタバタとはためいている。
そのため開会も少し遅れたし、競技が始まってからも風の様子を見ながら、何度も中断が繰り返されていた。
せっかくスタート地点で板をセットしてスタンバイしたのに、信号が赤に変わったため、また待機場所へと戻っていく選手たち。
そのもどかしい姿を見ながら気の毒にもなったし、そんな中、進行係のMCが響いた。
「選手も、大変緊張していることと思います」
その言葉を聞いた瞬間、種目は違えど、自分がスラロームの試合に出ていた頃のことが鮮やかに蘇ってきた。
そうそう、スタート台で待つ間の、あの心臓が飛び出そうな緊張感。
カウントダウンの「ピ、ピ、ピ、ピーーーー!」の電子音とともに飛び出した瞬間は、いつも頭の中が真っ白になっていたっけ。
私の高校時代は、大阪では珍しかったスキー部所属。
今の時代、部員減少や運営の困難さもあって数年前に廃部となってしまったけれど、当時の顧問の先生やOBとの交流は今もずっと続いている。
高校卒業後も、今から20年ほど前(ちょうど45歳で引退する)までは、OB会チームでずっと試合に出ていた。
そんな交流の中で、今までで一番感動して嬉しかった出来事がある。
OB会の周年行事で、当時の現役高校生キャプテンだった「みっちゃん」を紹介してもらった時のことだ。
みっちゃんを見て、ビックリ!
なんと彼は、私が短大を出て初めて幼稚園の先生になった時、隣のクラスにいた、あの目がクリクリとした可愛い男の子だったのだ。
かつての教え子が、時を経て同じクラブの後輩になるなんて。
そんな奇跡のような縁に恵まれ、みっちゃんが卒業した後も一緒に試合に出続けたり、この山荘にも滞在して、ポールを張って合宿のような練習を重ねたりした。本当に楽しくて懐かしい思い出だ。
私たちが再婚した時のパーティーにも、みっちゃんはOBメンバーと一緒に駆けつけて、心からお祝いしてくれた。
けれどその時にはすでに、病気が静かに進行していたことを、後になって知った。
今から15年ほど前、あまりにも若くして旅立ってしまった、みっちゃん。
まるで我が子を亡くしたような深い悲しみに包まれたあの日から、今でも残念で、悔しくてならない。
昨日はジャンプ大会から帰った後、懐かしさに駆られて古い画像を探し回ってみた。すると私が最後に出場した大会の時の写真が見つかった。
雪景色の中、仲間たちに囲まれて、両手を大きく挙げて満面の笑顔でバンザイしてる、みっちゃん。
あの日のスタートの緊張感も、仲間と切磋琢磨した風の冷たさも、みっちゃんの屈託のない笑顔も。
昨夜は強風のジャンプ台から、遠い日の思い出と、みっちゃんに深く想いを馳せる夜になった。

