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未到の道⑲|チョモランマに至る道

    第六節|孤独と頂

    人は、上を目指す。

    だが――
    その道がどのようなものかを、
    本当に理解している者は多くない。

    高くなればなるほど、
    景色は広がっていく。

    見える世界は大きくなり、
    これまで気づかなかったものが、
    次々と姿を現し始める。

    だが同時に――
    人は少なくなる。

    同じ場所に立つ者は減り、
    同じ景色を共有できる存在も、
    次第にいなくなっていく。

    それが、
    頂へ向かう道である。

    多くの人は、
    この「孤独」を恐れる。

    理解されないこと。
    共感されないこと。
    時に、否定されること。

    そのすべてが、
    前へ進む足を止める。

    だから人は、
    途中で引き返す。

    誰かと同じ場所にいることで、
    安心を得ようとする。

    だが――
    それでは、頂には辿り着けない。

    なぜなら、
    頂とは本来、
    多くの人が集まる場所ではないからだ。

    そこへ至る者は、
    限られている。

    そしてその道は、
    自分自身で歩むしかない。

    孤独とは、
    誰もいないことではない。

    自分で選んだ道を、
    自分で歩いているという状態である。

    その中でしか、
    見えない景色がある。

    その中でしか、
    得られない感覚がある。

    そしてその中でしか、
    本当の意味での自分に出会うことはできない。

    人は時に、
    孤独を「失うこと」だと思ってしまう。

    だが本当は――
    孤独とは、
    余計なものが削ぎ落とされていく時間なのかもしれない。

    誰かの期待。
    周囲の評価。
    「こうあるべき」という声。

    そうしたものから離れた時、
    初めて見えてくるものがある。

    自分は、本当は何を望んでいたのか。
    何を守りたかったのか。
    どこへ向かいたかったのか。

    頂へ向かう道とは、
    外へ向かう道であると同時に、
    内側へ向かう道でもある。

    だからこそ――
    孤独は避けるものではない。

    それは、
    頂へ向かう者にとって、
    避けて通れない通過点なのである。

    むしろ、
    その孤独を引き受けた者だけが、
    その先の景色を見ることができる。

    チョモランマの頂を目指し、
    そこへ辿り着ける者は多くない。

    だが――
    そこを目指したからこそ、
    見える景色がある。

    辿り着けなかったとしても、
    その過程でしか得られないものがある。

    その一歩一歩が、
    すでに自分を引き上げている。

    その事実を、
    見落としてはならない。

    チョモランマの頂は、
    誰もが立てる場所ではない。

    だが――
    そこを目指すと決めた者には、
    必ず見える景色がある。

    その景色こそが、
    これまでの迷いも、孤独も、選択も、
    すべてを意味あるものへと変えていくのである。

    ーつづくー
    未到の道⑳|チョモランマに至る道
    第7節|チョモランマはどこにあるのか

     
     

    Kei

     
     
    書道家として活動し、時に俳句を詠む。 聞こえにくい世の中の声に、静かに耳を傾ける。 辛い思いも、誰かに話せたなら―― その心に、そっと寄り添う言葉を。

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