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丁寧な暮らしって、幻じゃない?体の仕組みと心地よさで選ぶ、わたしの暮らし

    「丁寧な暮らし」

    わたしは、この言葉にずっと違和感がある。
    よく、わたしの暮らしを見てそう言ってもらうことがある。
    きっと褒め言葉なんだと思う。

    でも、わたし自身、全然そんなつもりで暮らしていない。むしろ、めちゃくちゃズボラ。

    毎日掃除機をかけなくても平気だし、花は飾ってない
    市販のお菓子も食べるし、インスタントラーメンも食べる。
    夕食のおかずは、映えないし、1品のみなんてことも多々!
    なんなら、自分一人のために、レトルトカレーを作ることだってめんどくさい。どう?私は、全く「丁寧な人」ではない…

    だから言いたい、丁寧な暮らしってなんなんだろう…そんなの幻だよって。

    それぞれ、みんなこだわりたいことをこだわっているだけ。食だったり、道具だったり、時間の使い方だったり。みんな違うし、まとめられるものでもない!!!!
    わたしの場合は、体の仕組み、自分の感覚に沿った選択をし続けた結果の暮らし

    体の仕組みを学んでから、生活の見え方が大きく変わった。
    このNOTEでは、そんな私の世に見る丁寧な暮らしとは、ひと味違う身体からみる暮らしの話を綴っている

    きっかけになったアトピーの話

    体の邪魔をしない暮らしのきっかけになったのは、わたし自身のアトピー。中学で発症し、顔がボロッボロになった。毎朝まぶたからの浸出液で目が開かない。入院もした。飛行機に乗って有名な病院まで行った。なのに全然よくならない。途方に暮れた。そして、大学病院に紹介され、そこで出されたのが、ステロイド。1年近く悩んでいた湿疹が1週間であっという間に綺麗になった。
    そこからぶり返すこともなく「なんていう薬なんだ!!すごい」ステロイドを崇めるようになった

    でも、看護師となり、病院で働きだすと「ステロイドは怖い薬だ」「あっという間に皮膚が良くなるって怖い」と耳にするようにもなった。わたしには、わからなかった。患者さんの皮膚症状には、ステロイドがよく処方されていたし、辛い症状をすぐ消してくれる、その何がいけないの?

    その頃のわたしは、不規則勤務をしても、食生活がお惣菜や冷凍食品、外食、ファーストフードになっても、湿疹は出なかった。だから、わたしのアトピーはもう治ったと思っていた

    30代で結婚・出産。子育てをきっかけに食や、暮らしについて学び始めた
    そんなある日、衝撃的な言葉を投げかけられた

    「アトピーはステロイドでは治らない。」

    よくわからなかった。だってステロイドを使えば、肌はちゃんと綺麗になるよ?この薬が、わたしを何度も助けてくれたよ?でも、無視できなかった。じゃあどうしたらアトピーは治るの?ステロイドって何なの?
    看護師時代に「こわい」と言われていた理由を知りたい。アトピーをひも解きたい。そう思って、身体の仕組みから学び始めた。

    学び始めてわかったのは、アトピーになったのは、「肌が弱い」という体質の問題じゃなかった。わたしの暮らしの結果だった。

    そこから、アトピーを根本的に治すため、もうステロイドを使わなくてもいいように、こどもたちがアトピーで悩まなくていいように、わたしの暮らし改革がはじまった

    食事を変えた。ファーストフード、スナック菓子、全部やめた。料理もおやつも手作りにした。洗剤も合成洗剤、柔軟剤全部やめた。家電も電子レンジを使うのやめて、調理器具はプラスチック製からステンレス製に全部変えた。
    「体に悪い」と聞いたものは、全部やめた。気を付けられること、変えることができるものは全部変えた。

    これだけ頑張ったからアトピーは治る。そう信じていたのに…

    2021年。第2子の妊娠出産をきっかけにアトピーが再燃。妊娠中から手が荒れ、産後2日目から顔がパンパンに腫れあがった
    「しっかり学んできたのに、しっかり暮らしを整えてきたのに、まだわたしのカラダは爆発するのか…」

    これをきっかけに20年近く沈黙していたわたしのアトピー第2章が幕を開けた。
    顔のむくみ、がさつき、ジュクジュクを繰り返し、常に肌が揺れていた。そのたびに、心も揺れる。
    ステロイドは、もう使いたくない。自然療法、サプリメント。ステロイドに変わる「何か」を試した。だけど、結局ぶり返し、最終的にまたステロイドに戻ってくる

    学んで食や暮らしを変えてきた。正しいことしてきた。なのに、なぜ肌が荒れる?
    肌の揺れは、何もしていなかったときより落ち込んだし、まだ駄目なの?という怒りとなった。心が荒れ、早く症状をなくしたいから、ステロイドに手を出す。
    あんなにステロイドを手放したかったのに、手放せない自分の弱さにさらに落ち込んだ。

    そして、2024年。ついにステロイドを使っても肌が荒れた。「本当にステロイドでは治らないんだ…」半分諦めのような納得が自分の中で生まれた。

    「もうステロイドは使わない。自分の体の中にある自然治癒力に任せて、絶対治してやる」そう決めて脱ステロイドを始めた。そしてそれを機に「正しいこと」も手放した。
    かゆい、いたい、眠れない。普通の生活すらままならないのに、正しい暮らしをするなんて無理だった。

    市販のお菓子を食べた。スーパーのパンを食べた。外食でラーメンを食べた。はじめは緊張した。「食べてしまった。どうなるんだろう」
    でも、何も起こらなかった。目の前で子どもたちが笑っているだけだった
    「これでいいのかもしれない…」
    「正しいこと」じゃなくて、「心地いいこと」をした

    そして、1年後…

    薬もサプリメントも自然療法も何もしなくても、肌はきれいになった
    揺れることも、ぶり返すこともなくなった。

    知識だけ、正しいことをやっていてもたどり着けないと教えてくれたアトピー。
    だから、今のわたしは、暮らしは頑張りすぎない

    頑張りすぎてた昔の暮らし、緩んだ今の暮らし
    どっちもあったから、たどり着いた今がある。どっちも大事。
    体に、こころに、自分に、「心地いい」いいとこどりの暮らしを選んでる

    おいしいの感覚 手作りおやつ

    子どもが生まれて、はじめて食が気になった。
    ジャンキーな食事、ファーストフード、揚げ物大好き、家での自炊には、顆粒出汁や〇〇の素が必須だった。そんなわたしが1から出汁を摂り、手作りおやつを作るようになった
    こうやって食にこだわり始めたけど、世の中で言われている「身体にいいもの」がどうしてもおいしいと思えなかった

    例えば、豆乳ラテ。カフェラテを豆乳ラテに変える。でも、わたしは、豆乳が飲めなかった
    「みんなこれ、本当においしいって思ってるの?」
    おいしいと思えない自分が不健康のように感じた…

    バター不使用!卵不使用!のおやつ
    パサつきが気になるし、バターの香りがふわっと薫るバタークッキーが食べたかった

    健康になりたいのに、「身体にいいもの」を食べたくない
    わたしは、なんてわがままなの?我慢もできないなんて、根性なし!!!いつのまにか自分を責めてた

    でもね、身体の仕組みを学んで気付いた。
    「身体にいい」と世の中で言われているものと、身体の仕組みから見て、身体に必要なものは、違っていた

    豆乳は、大豆がエストロゲンをたっぷり含み、炎症を起こしやすいものだから、アトピーという炎症の病気を持っている私には、「おいしくない」と思って当然のものだった。「おいしくない」と感じることは、わがままでも、なくて自分の身体の声だった

    砂糖も身体に悪い!依存性がある!とよく言われているが、砂糖は、体の動かすエネルギー源。要は、車のガソリンのようなもの。私たちは、糖がないと動けない。多くの人が甘いものが好きなのは、身体が必要で欲しているものだからなのだ

    身体にいいか悪いかなんて頭で考えるものなんかじゃないんだ

    砂糖とバターの入ったクッキー
    豆乳ラテじゃなくて、普通のカフェラテ

    身体の仕組みを知ることで、自分が本当においしいと思えるものを食べる
    太るんじゃないか、病気になるんじゃないか、怖いと思っていた甘いものが、味方に変わった。世界の見え方が変わった

    身体はちゃんと知っている
    「身体によさそうなもの」ではなく、自分に必要なものを。
    「おいしい」「おいしくない」はそのサインだった

    でも、それだけじゃないよ?時に、市販のおやつだって食べたいものは、ちゃんと食べる
    好きなお菓子は、ポテトチップスとアルフォート♪市販のおやつはダメだから!って頭で考えないよ

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    米粉とバターのクッキー

    「買うもの」から「家で作るもの」へ

    季節の手仕事

    もともと生姜焼きでさえ、市販の生姜焼きのたれがないと作れない!と本気で思っていた
    餃子が家で作れると知ったときには、友達に確認するのも恥ずかしいくらい、自分の世間知らずを恥じた…

    そんなわたしが今、毎年、家で梅干し、味噌を作っている。人生何があるかわからない

    はじめて作ったのは梅シロップ。失敗したらどうしよう…なんて思っていたけど、
    梅と砂糖を交互に入れて、1か月程度待つだけ。失敗も何も、その簡単さ、そしておいしさにびっくりした!

    そこから、少しずつ手仕事にチャレンジした。梅干しも味噌も難しそうで、始めるまで腰が重かった。でも、やってみたら、「へ?これだけ?」と拍子抜けするくらい、工程も少なく、単純だった

    わたしにもできる、家で作れる。世の中の大概のものは、買わなくても家で作れる。
    私の中の常識が変わった

    季節の手仕事は、添加物ものなく、原材料も選べる。「体のためにいいから、やってみよう」そんなつもりで始めた

    でも、やってみて気づいたことがある。
    一つ目は、自然のリズム

    梅雨前に庭にわさわさ生えるドクダミ。厄介者と言われているけど、チンキにすると天然のムヒになる
    梅雨に仕込めば、蚊が出だすころに出来上がる。何とタイミングがいいんだろう…

    梅仕事は、ちょうど梅雨の時期。梅雨は「梅」の「雨」と書く。
    雨が続いて外にも出られない。そんな時期だからこそ、家の中で、梅を仕込む。
    そして、梅雨が明けた夏の土用。カンカン照りの強い太陽の下で梅を干す。

    太陽のエネルギーをたっぷり溜め込んだ梅干し。
    暑い夏の塩分補給や太陽の少ない冬のエネルギー補給に食べる

    味噌を仕込む寒い時期。大豆を煮る湯気で部屋が温まり、自然と加湿にもなる。

    季節の手仕事は、季節の移ろい、自然の力を暮らしの中に上手に活かしている
    そこに感動した

    もうひとつは、女性との相性。梅干しも味噌づくりも、最初は、ひとりで作っていた

    だけど、ここ数年、味噌はワークショップに参加している。
    作り方は、もう知っている。ひとりでも作れる。でも、人と一緒に作りたい。

    友達と作るともちろん楽しい。でも、それだけじゃない。
    その場で初めてお会いする人とも、一緒に手を動かしていると自然と会話が生まれ、楽しくなる。話しながらの作業は、あっという間

    昔はきっとこうやって、集落の女性たちが集まって梅を仕込んだり、味噌を作ったりしていたんだろうなと思う。

    女性は、おしゃべりすることで元気になる。男性とは少し違うところかもしれない
    手仕事って、気合いを入れてやるものだと思っていた。でも実際は、コミュニケーションツールとなり、わいわい楽しんで作った気持ちが、味噌がおいしく育つ隠し味になるのかもしれない

    季節の手仕事って、季節、そして女性の性質、どちらをみてもとても理にかなっているとわたしは思うし、そこが面白い!と感じてしまった!


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    梅の土用干し


    無添加、オーガニックにこだわるすぎない

    2025.5月 畑で働き始めた。子どもを産むまでの約8年間、看護師として大学病院や透析病院で働いていた。だから、まわりの人はみんな当然、私は看護師として復帰すると思っていた

    でも、わたしは、下の子が幼稚園に入ったら、食にこだわったカフェやお気に入りの焼き菓子屋さんで働こうと決めていた。

    体の学びをしてからというもの、「野菜は、無農薬やオーガニック」「体のために添加物は避けたい!」だから、こだわりを持ったお店で働いて、たくさんの人に体のことを伝えていきたい!と考えていた。

    でもある時、気づいた。私は、野菜ひとつ作ったことがない。作り方も知らない

    それなのに、エアコンの効いた部屋で汗ひとつかかず、「体のためには無農薬を」なんて言っている自分がなんだかとても滑稽に思えた。わたしは、何様なんだ?何も知らないクセに…。

    だから、野菜を作る現場を知ろうと思った。自分で作れないなら、すでに作っている人がいる環境に入ろう。すぐさま「農業 バイト」で検索をし、生まれてはじめて農業という分野に飛び込んだ

    土いじりなんてしたこともない、汚れるのもあまり好きじゃない、虫も怖い。続けられるかわからない。だけど、飛び込まずにはいられなかった

    朝一で収穫したきゅうりが、午後には「本当に朝収穫したの?」と思うほど、また育っている
    トマトは、家庭菜園のイメージとは違い、安定して育てるのが、想像以上に難しい
    真冬には、土の中から大根やにんじん、かぶを1本1本掘り起こして、洗う
    レタスが一斉に並ぶレタス畑は、絨毯のように美しかった。
    毎日が知らないことだことだらけの世界だった

    勤務先の畑では、減農薬を心がけている。虫が出てきたら使う。はじめは、減農薬でも農薬を使っていることにがっかりした。無農薬が正義で、農薬は悪。そう思っていたけど、実際に収穫に入ると虫がいたら収穫できないし、商品として出荷できない。
    無農薬が正義で、農薬は悪。そうやって言い切るのは短絡的なのかもしれないと感じた
    自分の家の分だけ、家庭菜園を楽しむのならそれでいいのかもしれない。でも、商品として売る、商売として成り立たせるとなると話は別だった。

    朝6時から畑に出る。滝のような汗が流れる真夏も雪が降る凍えそうな真冬も、全身びしょぬれになる雨の日も毎日畑に出る
    自分が植えた種や苗が大きくなり、収穫するときの喜び
    実際に手を動かし、足を動かし、汗水たらしてみたら、農薬も無農薬も大事なのってそこじゃないのかなって思うようになった

    「無農薬の野菜は、野菜の濃さが違っておいしい!」とよく聞く。でも、正直なところ、わたしはその違いが判らなかった。美味しいって思い込もうとしていた

    でも、今は、自分の勤める畑の野菜がどこよりも美味しい。そしてスーパーの野菜だっておいしい!無農薬が!オーガニックが!と言っていた時よりずっと野菜の味を感じる。今キッチンにある野菜も、どこかの誰かが働いてくれてここにある。その背景を想像できる。そのことに今は価値を感じる


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    レタス畑。まるで絨毯


    体の邪魔をしない暮らし。そう聞くと少し難しそうに感じるかもしれない。でも、特別なことじゃない。体の仕組みを知ると暮らしの見え方が少し変わるだけ。
    看護師として働き、自分のアトピー、子育てを通して健康について、ずっと学んできた。健康になるためには?をずっと考えてきた
    少し前の私は、知識が邪魔をして「学んだとおりにしなければ!」と【正解】を求めすぎて、暮らしが苦しく感じたこともある。健康になるためのはずなのに、知識に縛られ、楽しめない。そんな日々から抜け出せたのは、畑で働き始めてからだ。
    健康も、そして、生きることも、もっと簡単でシンプルなものなのかもしれない。
    太陽の日を浴び、土を耕し、種を植え、収穫する。仲間とともに笑いながら働き
    お腹がすいたら、おいしいものを食べる。汗をざぶんとお風呂で洗い流し、夜更けとともに布団に入る
    この単純ともいえる暮らしが、何とも言えない幸福感をもたらしてくれた
    今まで、たくさん学び、経験してきたそのすべてが、畑で働き始めたことで、1本の線となり、パズルのピースがカチッとはまったようだった。

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    今年から家でも畑を借りて、家庭菜園を始めた

    暮らしの道具

    身体のことを考え、暮らしを見直していくと、自然と環境にも意識が向いた。わたしたちの暮らしは、世の中とつながっている
    自分の家だけが綺麗だったらそれでいい?そんなことはない
    家から出た、見えないところまで意識を向けたい。だって、全部自分の暮らしにつながるから。だからわたしは、まずは台所から身体にも環境にも優しい選択をはじめた

    わたしの道具選びは、「身体の環境整備」のようなものだった
    見栄えのよさや地球に優しいだけじゃない。
    わたしが心地よく過ごせる環境を整えていった結果、この道具たちにたどり着いた

    「安さ」から、体に優しく、長く使えるものへ

    まずやめたのが、キッチンのプラスチック製品や使い捨てのもの
    布巾は、不衛生だから、毎日取り換えられるように!と1箱100枚入りで数百円で売っていた不織布の布巾を買った。1日で捨てる。衛生的にはいいのかもしれないけど、毎日捨てることに感じた違和感。使い捨ての便利さもあるけど、ゴミがたくさん出るという不快感がぬぐえない。
    そこで布巾は、薄手で乾きも早いかやの布巾を取り入れた。かやの布巾は、柄もたくさんあって、かわいいし、選ぶ時間も楽しい
    食器洗いスポンジは、コットンスポンジを採用!洗剤がなくてもお湯で洗うと汚れが取れる

    かやの布巾もコットンスポンジも使い終わったら煮洗い出来るので、衛生的だし、繰り返し使える

    カレーやミートソースなどの汚れものやお肉を焼いた後のフライパンは、先にウエスでひと拭き。ウエスは、サイズアウトした子ども服や古くなった布を切っておく

    調味料は原材料はもちろん、容器にもこだわる。プラスチックボトルだと、マイクロプラスチックが溶け混んじゃうから、容器は基本的にビンのものを。
    使い終わった空き瓶は、麹や梅干しなど手仕事で仕込んだものの保存容器として活躍中
    中身も見えるからとっても便利。手作りおやつを入れるととってもかわいい

    残り物の保存もガラス製。IwakiやWECKがお気に入り。すべてこれらに入れてしまうので、サランラップもほとんど使わない。サランラップってあると便利だけど、なくても困らない。

    Iwakiのガラス容器は、冷凍もできるし、オーブンでも使える。食洗器にも対応しているので、洗いも便利。プラスチック容器の何度洗っても取れないあの油のべたつく感じが嫌だった。今は、食洗器で高温のお湯で洗ってもらえるので、べとべと洗いからも解放された

    調理器具も木や竹、ステンレスのものへ移行中。木のまな板は、切れ味もいいし、竹製のざるは、そのまま食卓に出しても様になる

    ステンレスフライパンだって、コツを掴めば意外と使いやすい。無水調理もできるので、オイルフリーにもできる。こびりつきやすい餃子やチャーハンだって、今はステンレスフライパンで作っている

    ステンレスやガラス、木や竹製は、お値段は張るけど、一度買えば、長く使える

    ちなみに…丁寧な暮らしに憧れて取り入れた蒸篭。蒸し料理で、油もカットできるし、最高じゃん!と買ってはみたものの、今は壁のオブジェになってる。まぁ丁寧な暮らしの雰囲気づくりに活躍してくれてます(笑)蒸しパンの時だけ活躍してる…パンを蒸篭で温めるとおいしいんだけどね~(1回だけやった笑)


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    蒸篭は、コンロの換気扇の上が定位置です笑

    電化製品との付合い方

    今やわたしたちの生活に欠かせない家電。日本は、狭い家の中に家電が溢れ、家電から発せられる電磁波が健康に害を及ぼすと言われている。わたしは一時期、電磁波問題が気になって病んでいた。できるだけ電気を発するものは使わない。使わないときは、コンセントからプラグをその都度外す。こじれていたね…
    そんなわたしの今の家電との付き合い方は…

    食洗機は、わたしにとって欠かせない相棒!

    食洗機は、わたしにとって欠かせない相棒!手荒れしやすく、手湿疹がひどいときはゴム手袋さえつけられなかったわたしにとって、手を守ることは何より優先すること
    手が荒れてるってね、家事ができないだけじゃなくて、お風呂で、髪の毛も洗えないし、顔に化粧水だってつけられないんだよ。一番生活がままらなくなるんだよ。手荒れ以外にも、洗剤の使いすぎや洗い残し、環境への負担もできるだけ減らしたい。そんなことを考えて、わが家では食洗器を積極的に使ってる。
    高温のお湯でしっかり洗ってくれるから、きれいに落ちる。
    食器もプラスチック製を使っていないので、そのまま気兼ねなく入れられる。これも、プラスチック製を使わない利点のひとつかな♪
    ちなみに洗剤は、専用のものではなく家にある酸素系漂白剤。主成分がほぼ同じだから、わが家ではそれを使っています。

    電子レンジも使います!

    体の学びをしていると、「電子レンジを使うなんてとんでもない!!」と思うかもしれない。
    わたしも一時期、電磁波を恐れ、使ってはいけない!!と、朝の忙しい時間でも蒸し器で温め直しをしていた。でもね、それ、すっごいストレス!!!
    なので、今はご飯やおかずの温め直し2~3分なら気にせず使うことに!なんという快適さ!
    ただ、「料理で下茹でする代わりにレンジで5分!」とか「レンジで簡単おやつ!」とかはしないようにしてる。何が違うの?と聞かれたら、完全に気持ちの問題!
    でも、その「気持ちの問題」ってすごく大切だと思っている
    シビアに頑張っている人から見れば、わたしの暮らしなんて、エセ自然派!と思われるかもしれないけど、それでいいんだよね。
    自分が何のためにやっているのか。どこまでなら心地よくできるのか
    たくさん拗らせてきたけど、他人の目や世の中で言われている正解じゃなくて、自分はどう感じる?何を選ぶ?私が大切にしているのはここ。
    ほらね、やっぱり丁寧な暮らしなんて、人それぞれなんだよ。

    土鍋ごはん ひょんなことからはじまった土鍋生活

    「土鍋でご飯」って、なんだか丁寧な暮らしっぽいよね。でも実は、始めたきっかけは全然そんな理由じゃない。だって、炊飯器が、高くて買えなかっただけ笑

    結婚して新居を購入。新しい家では、やはり家電も新しいものにしたい!
    せっかくならいい炊飯器でおいしいご飯を!と意気揚々と家電量販店に出向いた。
    しかし、あまりの高額に意気消沈…炊飯器ってこんな高いの?

    手ぶらでマンションに帰宅…。しかし、炊飯器がないとご飯が炊けない…どうしたものか、思いふけっているとコンロにご飯マークが…さすが、分譲マンション!
    なんとコンロに炊飯機能があるではないか!!!夫と説明書と探し出し手持ちの鍋でいざ炊飯!!!!!

    鍋でご飯?キャンプで飯盒炊爨もしたことないけど大丈夫?焦げるんじゃないかと不安に思いながら待つこと30分…

    ぱかーーーん。鍋の蓋を開けたら、つやっつやのご飯が!!!粒が立つとはこういうことをいうのか…!

    まさか、鍋でご飯を炊く日が自分の人生に起こるなんて
    しかも、キャンプなどの非日常ではなく、普通の日に…

    ごはんだけでご飯が食べられる。あの日の感動は今でも忘れない…
    次の日からご飯を食べるのが、待ち遠しかった

    お鍋でご飯を炊く。ものすごく難しいことだと思っていたけど、
    やってみたら実に簡単だった。お米を研いだ後、水に浸す時間が必要で、すぐに炊飯!とはいかないけど、前日の夜にお米を研いでおけば、朝はすぐに炊けるし、火にかけるのは、10分ちょっと。あとは、蒸らすだけ。全部で30分ほどで食べられる。あれ?炊飯器の早だき機能とほとんど変わらないんじゃない?

    ずっと家にあった深鍋でたいていたけど、鍋が足りなくなったので、3000円の土鍋を購入。炊飯器よりずいぶん安い!!!毎朝食べる炊きたてごはんは絶品で、それだけでご飯が進む
    夫は、炊き立てのご飯を必ずお代わりする。おいしいは正義だ!

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    お気に入りの土鍋と味噌汁鍋。見るたびに癒される

    おわりに

    こんな暮らしをしていると
    「面倒くさいね」
    「気にしすぎじゃない?」
    そんなふうに言われることがある。

    たしかに、そう見えるのかもしれない。でも、もし何も困っていなくて、今のままで心地よく暮らせているなら、それはとても幸せなことだと思う。

    ただ、わたしは違った。
    ジャンキーな食事、ファーストフード、揚げ物大好きだった
    市販のスナック菓子1袋は当たり前
    夜更かし、夜勤勤務
    家での自炊?顆粒出汁に、〇〇の素必須!

    そんなわたしが暮らしを変えたのは、“丁寧に生きたかったから”ではなく、身体が先にSOSを出したから。変わりたくて変わったんじゃなくて、変わらざるを得なかった。でも今は思う。あの違和感があったからこそ、気づけたことがたくさんあった。

    暮らしと体がつながっていること。そして、日々の選択が社会や環境やその先の世界にもつながっていること。暮らしを見直したことで、毎日は窮屈になるどころか、むしろずっと豊かになった。淡々とこなしていた日常が、ちゃんと輪郭を持ちはじめた。

    丁寧な暮らしは、見栄えのいい生活のことじゃない。誰かに「素敵」と言われるためのものでもない。

    わたしにとってそれは、ちゃんと生きるために必要だったものだ。



    #創作大賞2026
    #エッセイ部門


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    自身の脱ステを機に 「生きるってもっとシンプル」って気づいた。 “なんでもない日常”が、 いちばんからだを支えてくれている からだの声も、心の声も、感情も。 どれも嘘をつけない大事なサイン。 看護師、子育て、農業 そこから気づいた学びを綴っていきます