メインコンテンツへスキップ
見出し画像

その日、トトナリで【創作】

    財布野紐ゆるみ

    やんちゃでごきげんで最高にハイだぜ!

    ……なんて書いて、消した。こんなことは求められていないし、別に、よく考えると書きたくもなかった。

    反省文ってそもそも、反省してない場合はどう書けばいいんだ。大体の凡人は自分に嘘をついて「神に誓ってもうしません」とか「羽目を外しちゃいました、てへへ」とか書くんだろう。

    作文とはいえ、嘘をつくのは嫌だ。ごまかして正しくあろうとするよりは、正直な嫌な奴でいた方がまし。それが俺のモットーだった。

    でもまあ、お酒はよくなかったか。たいしてうまいもんでもなかったし。規制するから試したくなるんだろうな、なんて理屈は、あとからいくらでもつけられる。

    「それ、やりたい。」

    幼いころ、そう言った俺に、親父は火のついた煙草をくわえさせた。咳が止まらなくて、肺がひっくり返るかと思った。「こんな苦しいもん、二度といらねえ」そのときは、本気でそう思った。

    さて、俺は気がつけば町内のボランティアに参加することになっていた。反省文に「不味い酒をみんなで飲めばいい」と飲酒問題の解決策を書いた俺には、担任に呆れられて別のペナルティを課されたってわけだ。ちょっとわんぱくすぎたか?

    * * *

    集合場所は正門前だった。俺のほかにも、よく宿題を忘れたり、ものを壊したりする、同じガッコの愉快な仲間たちがいた。付き添いの教師は例の担任だ。生活指導もやっている熱血漢で、暑苦しい。そして受け持ちの生徒である俺はちょっと居心地が悪い。あとは、見知らぬPTAの人たち。そのうちのひとり、年配の女性が、俺を見るなり眉をひそめた。

    「ごみ拾いねえ……その人となりで?」

    ん。今この人、その日トトナリで、って言ったか? いやその人と隣で、ってこと?

    しばらく間があり、担任が何か言おうとする前に、俺は答えていた。

    「はい! 名前は、澤部満です。好きな言葉は『一期一会』です。」

    いちごいちえ。意味はわからないが、読み方が最高に卑怯なのがクールで、本当に好きな言葉だ。お相手は、きょとんとした顔で「そ、そう」と顔をそらした。

    結局その場は、担任がテキトーに取り繕って、話は流れた。俺はというと「トトナリって地区がこの辺にあるのかもしれないな」とか、どうでもいいことを考えていた。

    連れられた先はガッコの近く、県境にまたがる低めの山。ハイキングコースの清掃だ。俺の左手にはごみ袋が、右手には、ごみを拾うカチカチやるやつが握られていた。

    思っていたより、静かに時が流れる時間だった。缶、吸い殻、レシート。誰かが捨てたものを、みな無言で拾う。

    この、カチカチやるやつは「火ばさみ」というらしい。悪さをした俺が、新たに得たアイテムで、誰かの後始末をする。人生というゲームはこうやってアプデが入り、バランスが保たれていくのだ。

    * * *

    作業が終わったあと、担任の提案で、近くのうどん屋に入ることになった。「せっかくだから、みんなで昼にしよう」そういう、善意のノリだ。奢ってくれるならまあ、悪くない。「みんなと昼を食べてきたんだ」と家で言うと、母さんから昼食代がもらえるかもしれないし。

    俺は蕎麦と迷ってうどんを頼んだ。ラーメンは好物だが、うどんは特別好きでも嫌いでもない、普通の選択。ところが、隣に座って同じくうどんを食べていた生徒が、箸を止めたまま、急に顔色を変えた。

    「……ちょっと、喉、変。」

    見る見るうちに、彼の首元が赤くなっていく。息が細く、荒い。

    あ、これやばい。

    俺はすぐに気づいた。親戚に、重めのアレルギー持ちの人がいる。昔、一緒に救急車に乗ったことがあった。

    「もしかして、蕎麦じゃないか。食べたうどんに、混ざってたのかも。」

    店員を呼んで、離れた席にいた担任にも伝えた。水を持ってきてもらい、横にさせ、救急車を呼んだ方がいいのではないかと促した。

    担任は少し、迷っていた。「大丈夫じゃないか?」と。その一言で、俺は声を荒げた。

    「どう見ても、大丈夫じゃねーっすよ!」

    結果的に、救急車を呼んで正解だった。大事には至らなかったらしい。家に帰ってからその知らせを受けて、一安心した。あと、母親からは昼食代はもらえなかった。

    * * *

    後日、PTAのあの女性が、学校に来た。彼女はあの場にはいなかったと思うが、顛末をどう聞いたのか、担任にかなりきつく言ったそうだ。アレルギーへの認識が甘い、と。

    そして、俺のところにも来た。ひとりの生徒を助けたのよ、とほめてくれたあと、少し戸惑ったように言った。

    「澤部くん。あのときは、ごめんなさいね。失礼なことを言いました。」

    そのときは、はい、まあ……。と曖昧な返事をしていた。正直、どう反応すればいいかわからなかった。

    失礼なこと? その瞬間は、わからなかった。しばらくしてから、ようやく気づいた。あのときの言葉は、「その日トトナリで」なんかじゃなかったんだ、と。

    「人となり」。

    気づいてから、ひとりで少し笑った。

    ごみ拾いのことも、うどん屋のことも、「トトナリ」という妙な響きの言葉も、たぶん忘れない。

    それでいい。これが俺の人となりってやつなら、まあ、悪くない。どさくさにまぎれて、残るくらいがちょうどいい。


    あなたへのおすすめ