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天津飯がくれた午後【創作】

    財布野紐ゆるみ

    午前中、部下の若い女性社員を叱った。
    ミスで部署全員に迷惑をかけたのに、不服そうな顔をするばかりで、謝罪もない。
    言葉が届かない苛立ちを抱えたまま昼を迎え、気分は沈んでいた。

    そんな状態で頼んだ天津飯は、きっと味気なく感じるだろうと思った。
    何度か来たことのある店だし、味はおおよそ分かっている。

    しかし、卵のとろみも餡の熱も、いつになく体に沁みてきた。
    どうしてだろうと耳を澄ますと、店員の女性の声が響いていた。

    「炒飯、あがりました! 三名様ご来店です! レジ応援お願いします!」

    少し高めで、よく通る声。
    ひとつひとつに迷いがなく、張りすぎない明るさがあった。
    忙しい店の中で、彼女がいちばん輝いて見えた。

    あちらへこちらへ、ぱたぱたと忙しそうに動きながらも。
    「オーダーが遅い」といった苦言や、「小皿が足りない」という細かな要望にも、的確に応じていた。その姿には余裕すら感じられ、見ていて好感が持てた。

    職場ではその逆をよく目にする。
    小さな責任を避け、声をあげない人。動く前に、誰かの判断を待つ人。

    接客業ではなくとも、人と向き合う仕事という意味では同じはずなのに。
    慎重さが、いつの間にか日常を支配してしまっている。

    そういう姿を見慣れているからこそ、彼女の働きぶりが胸に沁みたのかもしれない。

    天津飯を口に運ぶたび、卵の柔らかさと餡の熱が、彼女の声と重なりあうようで──気持ちが少しずつほどけていく。

    客観的に見れば、ただ「昼ごはんがおいしかった」だけの話だ。

    けれど私は、その理由を知っている。
    人が、まっすぐに働く姿に触れたからだ。

    それに気づけたことが、きっと午後からの自分の活力になる。
    彼女の声に背中を押されたような、そんな気分だった。

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