メインコンテンツへスキップ
見出し画像

縁日のお面【創作】

    財布野紐ゆるみ

    俺たちの地元では、夏祭りと言えば「音羽祭り」だった。
    小学校から近くて、それなりに規模もある。

    出店のある通りを歩きながら、なつかしさに浸る。わくわくするには目線が高くなりすぎた気もするが、ひとり暮らしの大学生活では味わえない独特の空気感に、胸の奥がくすぐられるような思いだった。

    ざわざわと賑わう雰囲気に、この小さい町のどこにこんなに人がいたのかといつも思う。

    好きだった、カメすくいとミルクせんべいの屋台は今もあるのだろうか。

    だいぶ昔とは屋台の種類も様変わりしていたが、離れたところから聞こえてくる太鼓と鐘の音色は今も変わらない。ドンドンと小気味の良いリズムの太鼓は、子ども会で練習に参加させられたから今でも叩けるだろう。

    ふと、立ち止まる。

    前にいる、お面の屋台をじっと見てつったっている猫背の男。そして、その横顔と姿勢から、記憶の淵で面影を見つけた。

    「よう、曽和っちじゃないのか。」

    俺は、彼に声をかける。
    一瞬、驚いたような反応を見せたが、彼は頬をゆるめて応じてくれた。

    「おお。よっちゃん。こっちに戻ってきてたのか。」

    高校大学は違えど、あちらも覚えていてくれたようでほっとする。

    曽和守は、地元の小中学校が一緒だった同級生のひとりだ。特別仲がよい間柄ではないが、彼がマイナーな映画・ゲームなどに詳しく、たまに声をかけあって話し込む関係性だった。

    家庭環境が複雑で、みたいな話はちらと聞いたことがあったが、明るくて、快活なクラスメートのひとりだった。

    「何を見てたんだ。」

    「お面って、いくらすんのかなと思って。」

    照れたように答える守。

    お面の出店は、パイプ椅子に腰かけているおばあちゃん店員がひとりでやっていた。縦横いっぱいに古今東西のアニメや特撮のキャラクターの顔が並べられている。

    「へえ、気になるなら買えば。」

    何の気なしに、俺は言った。どちらかといえばお面やくじ引きには今は興味はなく、はし巻きや焼きそばなどの食べ物目当てで出店を訪れていたからだ。

    「……というか、800円もするんだな。今どきの子供は金持ちなのか。」

    ジャンボフランク二本食べた方がよさそうだ、と思ったが、口にはしなかった。守がはじめにお面の屋台を見ていた表情は、なんとなく既視感がある。

    「ほんとだな。結構するな。」

    「で、どれにするんだ。」

    俺の言葉に、守が怪訝そうにこちらを振り向く。

    「お面なんて、子供の買うもんじゃないか。」

    「大人も買うだろ。姪っ子甥っ子、いとこの子にやりゃ喜ばれるし。」

    実際、姉の子供にお子様向けの物品をねだられたことは何度かあった。だが、守の場合は、本人が欲しがっているようにも見えていた。姪っ子の、手の届かないものにあこがれるような眼差しが、なんとなくさっきの彼の顔に重なって見えたからだ。

    「……そうだな。このへんの、ヒーローものの面がいいかな? やっぱ。」

    緊張気味の表情で目をきょろきょろ動かしながら、守が言う。
    おばあちゃんが小声でいらっしゃいと言うのが微かに聞こえた。

    俺もつい、守に合わせて言った。

    「じゃあ俺は、女の子受けしそうな、お姫様っぽいやつをもらおうかな。実家に飾って、姪っ子に自慢してやる。」

    そうして、ふたりして、おばあちゃん店員から購入したお面を受け取った。
    手にしたとき、守が「こんな素材でできてんだな」と言って小さく笑顔を見せたのが印象的だった。

    その後は、連絡先を交換し、また今度地元に戻ってきたら飲みにでも行こうと約束をした。他の仲間と彼とをあわせてつるむことは少なかったが、何となくそうしたいと思った。

    ひとり、たこ焼きをつつきながら、夜風にあたり縁日の雰囲気を浴びて歩く。太鼓の音がだんだん小さく、遠くなってゆく。

    小学校のときに、顔に大きなアザを作って登校してきたのもあいつじゃなかったか。

    別にそれが原因で学校でいじめやいじりにもあってなかった。むしろ、正義感が強くて弱いやつをかばってやっていた印象が強い。

    やつに何があったかは分からないし、お互い、この先の人生でどうなるかも分からない。

    でも、このお祭りでお面を手に取ることが、きっと守にとって大事なことだったんじゃないかと、なんとなく思う。

    俺はお姫様のお面を片手に、祭りの会場を後にする。馴染みの通学路を、月明かりがぼんやりと照らしてくれていた。


    あなたへのおすすめ