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赤い断面【創作】

    財布野紐ゆるみ

    昼休み、会議室で弁当を食べていると、誰かが言った。

    「ローストビーフってさ、やっぱパーティーの料理だよな。」

    誰かがうなずく。

    「クリスマスとかさ、誕生日とか。」
    「たしかに、ひとりで食うもんじゃない。」

    私は弁当の唐揚げを噛んだ。少し冷えていた。

    ローストビーフは赤い肉だ。皿の真ん中に置かれて、人が集まる。ナイフが入り、切り分けられ、皿に配られる。そのたびに、赤い断面が少し広がる。

    火が通っているのに、生のような色だった。それでも人は、それを「美味しそう」と言う。


    仕事の帰り、スーパーに寄った。

    精肉コーナーにローストビーフが並んでいた。透明な蓋の向こうで、同じ赤色をしている。

    妙に静かな赤だった。

    私は一番小さいパックを手に取った。

    本来なら、付け合わせもあった方がいいだろう。マッシュポテトやら玉ねぎステーキやら。

    でも、やめた。惣菜コーナーに、売っていなかった。


    家に帰ると、当たり前のように部屋は暗い。

    電気をつける。

    皿を出して、ローストビーフを並べる。

    中央に置くと、皿がやけに広い。赤い肉の周りに、白い余白が残る。ただ、家にちょうどいい皿が他に見当たらなかった。

    昼休みに誰かが言った言葉を、私はまだ覚えていた。

    『パーティーの料理』
    『ひとりで食うもんじゃない』

    ふと、ここにいないはずの人の影が、壁に浮かんだ気がした。

    ──別に、ひとりで食っても味は変わらんのじゃないか。

    ナイフを入れる。

    切る。

    赤い断面が現れ、それを口に入れる。

    柔らかい。塩と肉の味がゆっくり広がる。

    うまい。

    私はもう一枚切る。皿の上で、赤い肉が少しずつ減っていく。咀嚼して喉を通る音だけが聞こえてくる。もう長らく飲んでいない、赤ワインの味がふと頭をよぎる。

    誰もいない。会話もない。

    それでナイフを入れるたび、新しい赤い面がまた現れる。誰にも見られなかった赤が、初めて外気に触れてその姿を現す。

    ──前にも、こうして肉を切ったことがあった気がする。

    そのときは──誰かのために切り分ける重みや、好みの量を取り分ける気遣い。ここにはないものが、あったかもしれない。

    かたちにならないものが浮かんでは消え、気がつくと皿は空だった。

    皿の中央に、少しだけ肉汁が残っていた。赤い染みになっている。私はしばらくそれを見ていた。

    それから立ち上がり、財布を持った。

    もう一度、スーパーに行く。

    精肉コーナーには、まだローストビーフが並んでいた。

    透明な蓋の下で、どれも同じ赤色をしている。私はその赤を見ていた。しばらく見ていた。

    それから、ひとつをカゴに入れた。

    ──ひとりで食わなきゃ、わからんこともある。

    次はもう少し、小さい皿にしようと思った。家に帰れば、また切るだろう。そうすると、また同じ赤い断面が現れる。

    私は、もう少しだけ、それを見てみたいと思った。


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