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分け合うかたち【創作】

    財布野紐ゆるみ

    夕方、キッチンの窓の外が少し重くなるころ、スマホが震えた。懐かしい名前が並ぶグループチャットが、画面に浮かんでいる。

    「中学三年三組、同窓会やるよ。来れる人?」

    それだけの短い文なのに、胸の奥がふっと動いた。包丁を持つ手を止める。

    三年三組。

    その言葉だけで、いくつもの顔といくつもの空気が、頭に浮かんだ。

    机を動かして、おしゃべりして過ごした昼休み。部活の帰り道の、熱のこもったアスファルト。教室の窓から見た、誰もいない冬のグラウンド。特別に仲がよかった子もいれば、あまりうまく話せなかった子もいた。

    男女でまとまったグループで過ごすことが多くなった。ちょっとしたことで傷ついたり、腹を立てたりして、でも、それなりに必死だった。

    あのころの自分に、もう一度だけ会えるとしたら。

    ──行きたい、と思った。

    思った瞬間、同時に頭の中に浮かぶのは別の顔だ。

    息子と、夫。

    リビングから、ブロックが崩れる音がする。息子が「うわー」と笑っている。困らせることも多いけれど、あの子の日々の成長は私の宝だ。

    その笑い声を聞いて、心が少しだけ乱れた。

    同窓会は、土曜日の夜。夕食のあと、食器を洗いながら言った。

    「ねえ。」

    夫はソファでニュースを見ており、息子はその足元でミニカーを走らせていた。

    「今度、中学の同窓会あるみたい。」

    夫は「へえ」と言った。目はテレビをとらえたまま。

    「行きたいの?」

    淡々とした声。水を止めると、キッチンは静かになった。

    「……うん、ちょっとね。」

    夫がこちらを見る。

    「いつ?」
    「土曜日の夜。」

    少し間があった。

    「ひとりで見るの、大変なんだよな。」

    夫は息子を見ながら言う。責める口調ではない。かといって、軽くもない。彼の平日の仕事が大変なのも、理解していた。その言葉の重さは、わかる。

    息子はまだ三歳で、寝かしつけも気分次第だ。お風呂のあとに急に機嫌を損ねられると、私たちの次の日にも響く。たしかに、大変だ。

    でも。どうして私は、お願いするかたちで話しているんだろう。

    この子は、ふたりの子なのに。

    三年三組の「あのころの自分」が、頭の中でより大きくなる。それでも、私の口から出たのは……。

    「無理なら、いいけど。」

    そんな言葉だった。自分を遠ざけるその一言は、現実とは少しずれた層で響いたように聞こえた。

    夫はしばらく黙っていた。その視線は、カラカラと音のする方を追っている。息子のミニカーが、テーブルの脚にぶつかって止まった。

    カタン、と小さな音。

    「いや。」

    夫が言った。

    「行きたいなら、行けば。」

    わからなかった。許可だったのか、突き放したのかが。あるいは、どちらとも決めきれない声だったかもしれない。

    すっと心が冷たくなる感覚。私には、理解力が足りないかもしれない。でも、彼の方はいつも言葉が足りなかった。その間、息子は無表情で、黙って私たちを見ていた。

    「ただ……わからなくてさ。」

    私が顔をあげると、夫はリモコンを置いてこちらを見ていた。

    「俺、そういうの行ったことないから。」
    「そういうのって、同窓会?」
    「うん。」

    少し困ったように、笑う。

    「なにも嫌いだったわけじゃないけど、わざわざ会いたいとも思わない。」

    その言葉を聞いて、なぜか胸が少し軽くなる。

    ああ、この人は、この人のままだな。そう思う。寂しいと言葉にしないし、実際ひとりでも平気な人だ。昔の仲の良かった友人ともろくに連絡を取ろうとせず、過去を切り離して「今」を生活している人。

    中学を懐かしむ人もいれば、そうでもない人もいる。

    「でも。」

    夫は立ち上がり、少し歩いた先で、屈んで手を伸ばした。

    「そういう場所って、たぶん大事なんだろうな。」

    ミニカーを拾いながら、そう言った。息子の顔に、笑顔が戻る。

    「自分がどこから来たか……みたいなさ。」

    意外な言葉だった。

    「……うん。そうかも。」

    私はタオルで手を拭く。夫は息子にブロックを渡しながら、「その代わり」と言った。

    「次の土曜の朝、俺も出かけていい?」

    少し照れくさそうに。

    「会社のやつらと釣り。誘われてたけど迷ってた。」

    思わず笑ってしまった。

    なんだ。この人も同じ。

    「いいよ。」
    「じゃあ、そっちも同窓会、楽しんどいで。」

    それは取引のようでもあり、生活を分け合うかたちのようでもあった。気づけば息子は、ブロックを高く積み上げていた。それを、夫が横から支える。

    「おい、倒れるぞ。」
    「だいじょうぶ!」

    次の息子のブロックで、全部崩れた。息子は大笑いする。夫もつられて笑う。

    その光景を見ながら、思う。私はこの家が好きだ。夫のことも、息子のことも。

    それでも、あの教室の窓の光を、もう一度だけ見たいと思う気持ちも、確かにある。そのふたつは、たぶん、どちらかを消すものじゃない。

    土曜日の夜、久しぶりに少しだけ昔の自分に会いに行く。

    帰ってきたら、きっとまた同じ家で、同じ朝が始まる。

    それでいいんだ。


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