メインコンテンツへスキップ
見出し画像

物語工場【創作】

    財布野紐ゆるみ

    見学に来た工場には、レーンにたくさん、パッケージが流れてくる。
    そばに掲示された鉛色のプレートには「物語」の文字が浮かぶ。

    だが、男は疑問を抱いた。

    ──これが、物語と呼べるのだろうか?

    物語は、人がひとつひとつ手作りしてできあがるもの。
    これは、それぞれ違った風に見せただけの、言わば規格品の山。

    男はかつて、自分の手で物語を紡いでいた。しかし、現実と戦いながら見る夢には限界がある。暮らしを得るため、創作を捨てざるを得なかった。

    ──これでは、模倣品の工場にしかすぎないのではないか。

    いくつもある部品を組み合わせ、ラベルが貼られる。組み替えるパターンを替えれば、またもうひとつ。

    物語の持つ姿や権利ごと、際限なく量産されてゆく。

    ──ガシャン、ガシャン。

    無機質で、彩りのない音が施設内に響く。

    その工場の中には、「創作方法」のプレートの棚が並んでいた。
    「有料・創作メソッド」──黄金色のパッケージに包まれ、様々な値札がついている。

    「物語の作り方100選」「成功するプロットの秘密」「売れるタイトルの方程式」「誰でもできる、執筆方法」...…。

    さらに奥には、「創作応援」のプレート。ピンクのパッケージには、上品な人目をひくフォントで、極めて耳障りのいい文句が並ぶ。

    「あなたの才能は唯一無二です」「続ければ必ず光る瞬間が来ます」「大丈夫。あなたはひとりじゃない」「創作の本質は、誰のものでもない」……。

    しかし、そのすべてのパッケージの裏には、次の言葉が小さく刻まれている。
    「本当に知りたい方への『続き』は、有料コミュニティ会員限定」。

    棚にあるパッケージは機械のアームにピックアップされ、「売約済」のプレートの棚へと移されていく。ひとつ。そしてまたひとつ。

    「創作」をダシに、お金を儲けるのが楽しいのか、本当に「物語をつくること」が楽しいのか。その境目は、誰からも傍目で分かることはない。

    レーンの周りには、他にも多様な機器が所狭しと並ぶ。

    意志は持たず、反応があった場合に、反射的に眼前の光の指示をなぞる自動応答機器。

    物語の正体が塗りつぶされるほど、タグをつけ、装飾を重ねる加工機器。

    自分を削って部品にし、作品をレーンに流し続ける機械人形……。

    手作りの物語の匂いが、ふっと、かすかに鼻をかすめる。
    まだ、冷え切っていない部分もあるというのに。
    手を動かすことをやめて、選ぶだけになった自分には、何もできない。

    この工場では、「物語」と呼ばれるものがつくられる。

    ここでつくられた「物語」は売られる。
    その作成の方法もまた、売られる。
    作成支援者の真心にまで、値段が付いている。

    そうして「創作」という夢は、温かみのない商品になっていく。

    消費する者も生産する者も、みな一様に。
    自分たちの物語を塗り替えていく。
    延々と続く、終わりの見えない生産ライン。

    ──しかし。

    創作に情熱を傾けていた自分を思い起こし、男は自問する。

    もし、あのときの自分が「今このレーンに、あなたの物語を流してもよい」と言われていたら。

    必死で足掻いて、もがき苦しんだ挙句、満足のいくものを得られなかった自分は──きっと、流していた。

    ここは──物語工場。

    男は、この工場を、無言で後にした。
    そして、二度と振り返ることはない。
    遠くで聞こえる鉄の音が、男の背中でむなしく響いている。

    工場の外では、風が吹いていた。
    そこには、まだ誰のものでもない、新しい物語の匂いがしていた。

    あなたへのおすすめ