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荒波と星【創作】

    夜の海は、獣のように吠えていた。

    港の娘リナは、びしょ濡れになりながら、岬の上にそびえる石の灯台へと駆けた。あの光だけが、今も沖へと帰らぬ父の目印になると信じて。

    灯台の扉を叩くと、中から落ち着いた足音が近づいてくる。現れたのは、塩と油に染まった作業着を身にまとった男。顔の一部に古い傷が残るが、瞳は穏やかで、どこか遠くを見るようなまなざしをしていた。それが、灯台守のルカだった。

    彼は無言でリナを中へ通し、濡れた上着をタオルで包んでくれた。

    * * *

    「父が……嵐に呑まれたの。でもきっと、まだ生きてる。星が、そう言ってる気がするの。」

    声を震わせるリナに対し、ほんの少しだけ口元を緩め、ルカは言った。

    「この、星の道を信じるか?」

    リナは迷いなくうなずく。

    それを見て、ルカは階段を上がり、灯台の最上部へとリナを連れていった。

    ランプ室には、古ぼけた星図が広げられていた。それは、この地に伝わる「星の海路」。古の灯台守たちが夜空を頼りに記した、命を繋ぐ光の地図だった。

    「この灯台は、ただ海を照らすだけじゃない。空と海の間をつなぐ場所なんだ。」

    そう語るルカの声は、風に混じって静かだった。

    彼の祖父も、そのまた祖父も、この光を守ってきたという。
    星と星をつなぎ、嵐の夜には、海の中に「道」を作るのだと。

    ふと、風がやみ、一瞬だけ雲が割れた。
    同時に大きな星がひとつ瞬く。

    それは、灯台の光と夜空の星座が重なりあう、刹那の奇跡だったのかもしれない。

    * * *

    ルカは油の入った壺を肩から下ろし、鉄の枠に囲まれた大きなランプの前で立ち止まった。炎のゆらぎを反射鏡で集め、厚みのあるガラス板を通して一筋の光に変える。暗闇の海を、その光が貫いていくのだ。

    ルカの視線がリナに向く。

    なにか手伝いをと申し出た彼女だったが、その姿には、朝から港で働いた疲れが全身に残っている。まぶたは重そうで、立っているだけでも精一杯のようだった。

    「……少し休んだ方がいい。」
    ルカは静かに声をかける。

    しかしリナははっとして首を横に振り、油の壺を抱えた。
    「眠くありません。光を……守らなきゃ。」

    ルカは目を細め、彼女の意思を認めると同時に、ランプの操作に手を伸ばした。遮光板の角度を微調整し、反射鏡の位置をわずかにずらす。光の揺れを即座に修正し光の筋を安定させる。

    「油の補充は、手順通りに。...…焦るな、炎が跳ねる。」

    炎に怯えて後ずさりそうになるリナ。ルカはそんな彼女の手元にそっと手を添え、壺の角度を支える。光を守るためには、揺れる炎と揺れる手を同時に制御する必要があった。

    嵐の夜は、灯台そのものが大きく軋み、窓枠ががたがたと鳴る。建物の隙間から突風が吹き込み、炎は何度も大きく揺れた。

    リナは震える手で油を注ぎ足す。ルカが支え、光を補正することで、炎は少しずつ安定し、闇の海に一本の道を描き出す。

    ──そうだ。ただ父を待つだけでは、光は守れない。自分が灯す者にならなければ、道は途切れてしまう。

    リナの感じていた恐怖は、今や決意に変わり、彼女の瞳に宿っていた。

    ランプの奥で光が強まり、海の彼方へと道を伸ばす。
    光は、力強く闇を切り裂いた。

    * * *

    ──そして夜明け。
    空の星がうっすらとその姿を隠し、朝になっていた。

    灯台の下、波間にひとつの小舟が揺れている。

    それは、数時間前まで行方知れずだったリナの父の船だった。星の道を辿って、戻ってきたのだ。灯台の光が、船を導いた。

    ルカは何も言わなかった。ただ、小さくうなずくと、また灯台の機械を点検しはじめた。

    「ありがとう、ルカ……」

    リナの声に、彼は背中越しにこう答えた。

    「礼は星に言いな。僕はただ、灯しただけだ。」

    口調とは裏腹に、安堵と優しさが混じっている。その言葉を胸に、リナは振り返り、歩き出した。
    前を向いて、これからも大事なものを自身の手で守ってゆけるように。

    岬の上にそびえる石の灯台は、ただ静かに立っていた。揺るがない光を宿し、この先もきっと、人々に道を示してゆく。

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