メインコンテンツへスキップ
見出し画像

鳥とコンセント【創作】

    財布野紐ゆるみ

    部屋の隅に、見覚えのないコンセントがひとつあった。
    新品でも古びてもおらず、あまりに自然に壁に溶け込んでいて、これまでに使った記憶がない。

    「いつからあったっけ、これ。」

    大学を辞めてからというもの、毎日が同じだった。
    掛け持ちしている、漫画喫茶とコンビニの夜勤のバイト。
    日中は寝て、夕方はだらだらと過ごし、夜はまた働く。
    スマホを充電し、ノートパソコンを充電し、自分の感情は放電するだけだった。

    スマホのケーブルをあのコンセントにつないでみた。
    けれど、反応はない。ランプも光らない。
    電気は流れていなかった。

    無職ではない。でも何者でもない。
    誰にも縛られていないはずなのに、自由の中で息がつまっていた。

    ふと、窓の外に目をやる。
    電線に一羽の鳥が止まっていた。じっとこちらを見ている。

    「……はやく、どこかへ飛んでいけよ。
     それとも、おまえも飛び方を忘れたのか?」

    その瞬間、コンセントの根元が、かすかに「カチ」と音を立てた気がした。目を戻すと、何も変わっていない。ただの壁だ。ただのコンセント。

    それでも彼は、スマホの充電を抜いて、部屋の窓を開けた。

    雨上がりの土のにおいが、ふっと鼻をかすめる。
    どこか遠くで、ツクツクボウシが鳴いている。
    熱が引いて、静かになっていく季節の気配。
    夏の終わりだ。

    鳥は飛び立った。
    その小さな背中が空に溶けるまで、少しの間、彼はじっと見ていた。

    その夜、彼はノートパソコンを開き久しぶりにネットに繋いでみた。
    パソコンを開くたび、やはりゼミの教授の顔が一瞬よぎる。
    自分が間違っていたのか、今もよく分からない。

    何をするかも決めずに、白紙のページを開いてキーボードに手を置いた。

    いつかまた、飛び方を思い出せるかもしれない。
    そんな気がしていた。


    あなたへのおすすめ