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蠍座の第二デーク【片想い文芸部 / 微熱】

    財布野紐ゆるみ

    「ほら。」
    「あ、ほんとですね。」

    そんなやりとりをして社員証を見せ合ったのは、冷蔵庫の前だった。年は九つも違ったけれど、彼とはどうやら、同じ誕生日だった。

    質問のきっかけは、私が星座占いに凝っていたことだった。

    もともと人付き合いが苦手で、話題づくりになること。星座占いでその人の性格や他の人との相性関係を事前知識として知っておくと、接する対応を意図的に変えられること。それらが、この趣味の実用的なメリットだった。

    もちろんすべてが、生まれ月と日で測られるなんてことはない。それはよくわかっている。

    奥さんや子どもがいて、仕事もでき社交的なあの人と、陰気でミスの多い私とが、同じ誕生日で同じ星座。それで勝手に運命を感じて「同じ星の下に生まれた」だなんて言うつもりは、毛頭なかった。

    でも、他の社内の人は「星座」で覚えているのに対して、その彼のことは「誕生日」で覚えていた。それはそう。私と同じなのだから、忘れようがなかった。

    * * *

    彼がある日、体調を崩した。

    今日調子が悪そうだ、というのは人伝てに聞いていて、外せないオンライン会議が終わったら、少し遅めの午後休をとるとのことだった。

    直接顔を見て、話したわけではない。あくまで聞いた話だった。そうなんだ、と思った。でも次に、大丈夫かな、と思った。

    その日私は、弁当を忘れた。前日夜に用意した惣菜とご飯を冷凍庫に入れたまま、朝シャワーを浴びたあとにその存在を忘れてしまった。そこに運命的な要素はない。うかつな私の、いつものやつだった。

    けれど昼休憩時、コンビニでサンドイッチを手に取るとき、ふと思った。

    風邪にはスポーツドリンクがいいんじゃないか、って。

    野菜の多く入ったサンドイッチは、値札をつい見てしまう。けれど、スポーツドリンクは商品の顔だけを見てかごに入れた。続けて、ビタミンCのゼリーも、よくわからないまま手に取った。

    レジ横では、中華まんのケースがあたたかい湯気を発している。

    別の部署だけど、ついでだから。レジの列を待つ間、私は彼に手渡すときの言葉をずっと探していた。

    * * *

    手渡すときどうだったか、よく覚えていない。喜んでもらえたと思うし、あっさり受け取ってもらえたと思う。

    ただ、ほんのり赤くなった彼の顔を一瞬見て、目をそらした。その視線の先には、無造作にまくり上げられたシャツの袖と、そこからのぞく、血管の少し浮いた腕があった。

    目をそらした場所のはずなのに、そこから視線を外せなかったことを、なんとなく記憶している。

    彼が早退したあと、どうしてだろうと考えていた。同じ星座なのに彼と自分が違うことも、人のために何かを買ってあげようと思った自分も、どこか不思議だった。

    星座占いの本では、同じ星座の者同士は相性が最高に良いことになっていた。それは、火の星座だろうと風の星座だろうと同じ。

    蠍座の第二デークは、あの日から少しだけ、特別な意味を持っていた。

    暖房が入り始めて、眠気の残る午後。単純作業をこなしながら、その日、頭が少し重い気がしていた。

    * * *

    次の日、私はいつもより朝に弱くなっていた。はじめは、寒さのせいだろうと思った。

    まどろむ時間の思考が鈍く、起き上がろうとする身体が重い。前の夜は早く床に就いたのに、アラームの時間がやけに早く感じた。

    ……なんか、熱っぽい。

    私は有給の残り日数を思い出しながら、スマホから上司へメールを飛ばした。深い息を吐いて、もう一度眠りにつく。

    このとき、夢を見た。

    社内に掲示されたカレンダーの前で、決まった日付を指差しながら、私は彼と話をしていた。別の部署の人とそこで話すことは、ありえなくはない。日常の延長線上の夢だった。

    夢では、第三者視点の「自分」がそのふたりのやりとりを見ていた。彼と話す「私」は、珍しく社交的な笑顔を見せていた。どこかその空気感が、彼のものと似ていた。

    ああ、やっぱり星座が同じだからかな。

    そんな風に、思った。

    * * *

    休みが明けて、私は復帰した。彼も元気になっているだろうか、と思った。

    彼の姿を探したが、同じフロアとはいえ、部署が違うと見つけられない日も当然にある。

    でも、その日の終わりごろに聞いた。探す対象は、その日にはもういなくなっていたらしい。その職場に、探していた相手の居場所はなかった。

    契約終了だとか、栄転だとか、そんな言葉だけが残っていた。別の部署の人間の異動理由など、深く尋ねられる立場ではない。

    ここでも私は、そうなんだ、と思った。

    でも、このときは、そのあとに感情が続かなかった。私は年齢の割に幼くて、どう受け止めるべきかを、知らなかったか……あるいは、わからなかったのだろうと思う。

    * * *

    結果、彼がいなくなって、私の身体の調子は戻った。そして驚くほど、平熱のままの日々は続く。

    今でも、たまに思う。あれは、風邪だったんだろうか。

    星座占いは、今でも変わらず好きなままだ。

    チームのこの人とこの人は、相性悪いかもな。逆に、この人が上司でこの人が部下なら、うまく面倒を見てくれそうかも。

    私の人付き合いや関係性の構築には、自然と星座での相性関係が浮かんでいる。

    でも、あれから自分の社員証に書かれた日付を見ないようにしている自分に気がついた。コンビニに入ったとき、スポーツドリンクの棚を通らないようにしている自分にも。

    その都度、なんだか少しだけ、熱っぽくなる気がするから。

    先週の休みで、十月が終わった。
    社内カレンダーを誰かがめくる。

    蠍座の第二デークがまた、やってくる。



    ※以下の企画に参加させていただきました。


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