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電子の海の一本の木【創作】

    財布野紐ゆるみ

    ──まただ。くだらない、アンチコメント。

    「それ、ただの救済ビジネスではないですか」

    こういうのが湧けば、コメント欄を閉鎖したくもなる。昔の私なら、心を折られて引きこもってしまったかもしれない。でも、今の私は違う。大切にしてくれるパートナーもいるし、視野を広く持てば、こんなコメントは気に留める必要もない。

    「そのコミュニティから、抜けた方がいいのではないでしょうか」

    ──ああ、本当にしつこい。なんで、こんなのに絡まれなきゃいけないの。

    昔、ストーカーまがいのつきまといを受けた経験を思い出す。建物を出たときに待ち構えられている恐怖を、思い出させないでくれ。

    この、私に偉そうに説教を垂れてくるアカウントは、昔、私がまだフォロワー数も十数人しかいないころからフォローしてくれている、最古参のファンのひとりだった。

    私のやっている創作活動について、なにか発表するたびに肯定的に受け止め、応援してくれていた。……正直言って、心の支えになっていた時期もある。

    しかし、あるときから一変した。たぶん、フォロワーがまとまった数どどっと増えて、とうとう千人を超えた時期のころ。

    私が、その少し前に入った創作コミュニティの主催者「毒菱さん」をベタ褒めする記事を出したら、はじめて違和感のあるコメントをつけてきた。

    「その人、雪美さんの創作姿勢と、少し合わない気がします」

    他にもいろいろ書いてあったけど、もうこのころから、コメントは最後まで読まなくなっていた。一行目だけ読めば、肯定的なものか否定的なものかは大体わかる。こいつはこの日から、否定のコメントをつけるようになった。

    反転アンチ、ってこういうやつのことなんだ。きっと。

    わかっていない。毒菱さんは、本当に素敵なんだ。

    美しく滑らかな文章で、かつ花のように棘のある言い回しで、独自の創作論を語る。それに私は、救われた。その、魂の震える創作論を読んで、もう一度立ち上がって向き合おうと思えた。まるで、一緒の戦場を駆ける仲間を得たような……こんな気持ちは、生まれてはじめてだった。だからこそ有料コミュニティに入り、心ばかりの投げ銭もした。

    そして、私も創作物を公開する傍ら、とうとう創作論を有料で出すことを決めた。儲けるためではない。かつての私と同じ、弱く力を失った同士へ、檄を飛ばし、奮い立たせるためだ。あのとき、毒菱さんが私を助けてくれたように。

    欲しい言葉を、投げかけてくれた。傷ついていることを、わかってくれた。電子の海で、私を見つけて救ってくれたんだ。

    ありがたい話、今では私の運営する有料コミュニティにも、ほんの少しだが人が入ってくれている。

    一件の通知が目につく。……うっとうしい。またいつものアンチだ。他にもたくさん通知がくるのに、見慣れたアイコンゆえについ目がいってしまう。

    「これで最後にします」

    いつも通り、ちらと一文だけ見て、コメント全文は開かなかった。ほっと心が安堵の声をあげる。「最後」か、そりゃいいね。私にお金を落としてくれる点だけはありがたかったが、いなくなればくだらない通知が減る分、助かるというものだ。

    * * *

    これで最後にします。

    雪美さん、ずっと貴方を応援していました。その文章に、表現力に、光り輝くものを見たからです。だからこそ、正直に言うと、記事を読んでいて苦しくなることがあります。

    「創作に自己開示は不要、作品で勝負」と論じつつ、自身の過去の過酷な経験や生活状況がプロフィール欄や記事内で詳細に語られており、読んでいる側としては複雑な気持ちです。

    それでは「創作物そのもの」ではなく「自分」を売っている、貴方が嫌ってきたクリエイターと同じ構図に身を置いているように見えてしまいます。読む側としては、雪美さんの文章に引き込まれる一方で、矛盾に心が揺れてしまうのです。

    私は古参のファンとして、雪美さんの創作や思想を尊重しています。

    例のコミュニティで毒菱さんは、創作論を販売されています。しかし本来、創作論は、創作物とセットです。創作論は、表現の中に自然と滲み出るものです。作品をもって検証されるべきものです。

    雪美さんは、毒菱さんの創作物を読まれたことがあるのですか? 私は読みました。比べるのは失礼ですが、私からすれば雪美さんの文章の方がずっとずっと、生きて輝いているように見えております。

    毒菱さんは「創作を餌にして、人の人生のハンドルを握ろうとしている」ようにしか私の目には映っていません。他者の人生を素材にしているだけであり、誰にでも当てはまる枠を、聞き取りやすい声で差し出しているだけです。わざわざ労力をかけて、貴方に寄り添った理解者というわけでは決してないのです。

    私は、雪美さんを大切に思っているからこそ、読んでいて感じる矛盾や苦しさを、正直に伝えたくなりました。読者としてついていきたかったのですが、例のコミュニティに参加してからの雪美さんの文章は、少しだけ光の色が違って見えております。

    私は普段、編集の仕事をしています。書く力はありませんが、文章を見る目には、プロとしての自負があります。

    どうか、このコメントだけは最後に読んでほしいです。矛盾に悩むファンの声として、少しでも受け止めてもらえたら嬉しいです。

    * * *

    私は、他にもついていたコメントを適当にあしらい、今日の執筆の作業に戻る。肯定的なコメントは高評価を。否定的なコメントは放っておけばいい。勝手に沈め。ただ、電子の海に。

    ああ、創作ってなんて楽しいの。

    読まれないかもしれない。売れないかもしれない。かつてのそんな悩みは、もう思い出すことすらなくなっている。

    私のこの文章は、きっと顔の見えない誰かの力になる。人を救う薬となって、どこまでもやさしく、みんなに広がっていくんだ。

    「続きは雪美の、有料コミュニティで」

    打った文字は軽く、公開ボタンをクリックする指にも、迷いはない。投稿した記事は、あっという間にたくさんのフォロワーたちの高評価で埋め尽くされていた。

    ほら、私には評価してくれる人、良いと判断してくれる人がこんなにもいる。

    これからも、今の自分を信じよう。信じたやり方に、委ねよう。


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