
靴を差し出すように【創作】
「お、私服じゃーん。」
そりゃそうだろ。インテリアショップに行くのにドレスコードが要るのか。その女の方こそ、普段見るようなオフィスウェアではなかった。なんと言えばいいかわからないが、カジュアルな服装だ。
部屋に物を増やすのも、インテリアにも興味がない。ただ、俺はワンチャンスのものが苦手だ。
一度選んだら延々部屋に居座り続けるカーテンからは、逃げ場がない。
引っ越し先の窓は、入居してしばらく放置していた。しかし日差しのせいで、カーテンなしではベッドで昼寝もできない。
布のこと。
そんなもの、わからない。どう選べばよいかなんて、小中高の授業でも、会社の次期主任研修でも習わない。少なくとも俺が見てきた世界には、その答えはなさそうだった。
迷った挙句、知人の女にヘルプを求めるかたちになった。愚痴の延長だったかもしれない。彼女は今もスカートを履いていた。布のことなら、自分よりも詳しいと思った。
自分の部屋の写真を見せつつ、こんな感じの見た目で、外からはこんな風に見えていて……。夜の雰囲気が、暗くなり過ぎないのがいいかもしれない。
何か意見をくれと言うと、彼女は「あんまり散らかってないね」と言った。
大型商業施設の中の一店舗とは思えないほど、その店は広かった。俺は、都会の荒波に放り出された田舎者のようだった。それが比喩として適切かどうかは知らない。
カーテンが無数に並ぶ中、立ち尽くす。
布、布、布だ。重いものに軽いもの、明るいものに暗いもの。無地の厚いものから、模様のついた薄いものまで。
飾られているひとつに触る。
これは、触り心地が思っていたのと違うかもしれない。色もイメージと合わない。
素材や色に対するこだわりなんてないはずなのに、なんとなく違う、で次にいく。
女は、あまり頼りにならなさそうだ。助けてくれると思ったのに、さっきからお昼をどこで食べるかの方に興味があるようだった。
「いいのが選べたら飯を奢ってもいい」とは言ったが、まだ候補を絞るどころか売り場に着いて五分と経っていない。
迷っていると、後ろから声が聞こえた。
「カーテンを選ぶときのコツ、教えてあげようか?」
「え。」
そんな、お手軽な方法があるなら最初から教えてくれ。そうは思ったが、まさに願ってもない申し出だ。俺は、続きの言葉を待った。
「シンデレラを探す王子様の気持ちになって、靴を差し出すように手に取ること!」
人さし指を立てて、彼女はそう言った。
は? どういうこと?
これは布……。ではなくて靴。もちろん比喩だろう。
あなたがシンデレラですか?
尋ねるように手に取る。さっきよりも目を凝らした。でも、触り心地がやはりしっくりこない気がする。
手を離すと、するりとたなびいて戻っていく。
ばかばかしい。こんなことで柄が変わって見えるわけでもない。そもそもこの例えの場合、カーテンは「靴」であって「シンデレラ」ではない。
はっとして、顔を上げる。
そうか。俺の部屋、がシンデレラか。
女はくすくすと笑っていた。
「ん。なに?」
「いや。」
手を口にあてながら、彼女は言った。
「シンデレラを探す王子の気持ちになって、選んでるなあって思って。」
お前が言ったんだろが!
それよりも……。俺は気に入った柄を探そうとしていたが、「俺の部屋」が気に入るカーテンを探すという風に視点を変えるということ。
それが、彼女がさっき言ったことなのかもしれない。
売り場を一巡もすると、いくつかは「これでいいかも」と思える種類に出会えた。しかし、見た目も価格も、結構違う。
写真を撮っても、実際の見た目と写りが違う。もしかすると、部屋に飾ったあとで光を受けたら、また違った感じに見えるのかもしれない。
あれと、あれと……。指折り候補を数える。予算が多少オーバーしても、納得いくものを選ぶのが大事だ。
間延びした声が、後ろで聞こえる。
「お腹すいたねえ。」
いや、俺はそうでもない。今集中してる。
「奢りじゃなくてもいいからさ、ひとまずご飯食べようよ。」
「まだ、候補が十くらいあるんだよ。せめて今日決まらなくても、みっつくらいには絞りたいんだが。なんか、意見くれよ。」
女の顔を見る。仕事場でよく見る、後輩にアドバイスを求められたときみたいな、きりっとした顔だった。
「大丈夫だよ。午後には決まる。」
冴島璃桜は、そう断言した。
「なんでわかるの?」
「今日、私を選んだんだから。」
そう言って、振り返った。もちろん、レストラン街の方だ。
どういう意味だろう。
でも、そういえばカーテンを探すのに、どうして俺はこいつに声をかけたんだったかな。
視線の先で。スカートの裾が、歩くたびに小さく揺れていた。