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そうだね【創作】

    財布野紐ゆるみ

    グループチャットから、美優を外した。

    理由は彼女が、共有アルバムから写真を勝手に削除したから。その写真をアップしたのは玲人だった。

    みんなで遊びに行ったときのもの。あまりちゃんと見ていなかったけど、写っていたのは、美優ひとりだけだったかな。

    自分が写っている写真なら、消してもいいんじゃないかと思ったけど。玲人がせっかくアップしてくれたのを断りなく消すって、どうなの。

    ふたりのやりとりを全部聞いたわけじゃない。だけど、もやもやする部分はある。

    ただ、その日の夜。玲人から個別にメッセージが来た。

    「美優さ、あいつちょっと面倒じゃない?」
    「もうグループから外してよくね」

    私はスマホをぎゅっと両手で抱えて、画面を見た。私だけに、玲人が送ってくれたメッセージ。

    「そうだね」

    そう、私は返した。

    美優は、グループチャットのメンバーから外れた。

    それだけのこと。

    高校生活で、どこにでもある一幕だろう。そう思っていた。

    * * *

    その夜から、私は変な夢を見るようになった。

    最初は、何の夢なのかよく分からなかった。

    ぼんやりとした景色。ひとり、暗いところに立っている。

    「夢の中だよね……。」

    それだけは、わかった。

    光はない。

    でも視界の向こうに、誰かがいる気配だけがある。目をこらしても、その顔は見えなかった。

    ……それで、おしまい。

    目が覚めると、喉が少し苦しかった。

    エアコンがついていた。寝苦しいから、昨夜は点けっぱなしで寝てしまったんだ。それで空気が乾燥していたのかもしれない。

    カーテンに手をかける。変な夢だったな、と思った。

    日中、美優の様子に変わったところはなかった。

    普段は休み時間に話すこともあったけれど。今は、挨拶くらいで話していない。彼女自身、グループから外されたことをわかっているだろうし、あえてこちらからその話題を振るのも違うと思った。

    * * *

    それから何日かして、また同じ夢を見た。

    景色は同じ。相変わらず暗い。

    だけど今度は、誰かの気配が前よりも近くにあった。背丈もほぼ同じくらいの、女の子のようなシルエット。

    ぼそぼそと、何か言っている。耳元をなめるように、風が通り過ぎる。

    けれど、声は聞こえない。

    私は後ずさる。

    ……美優?

    なんとなく、そんな気がした。

    ただ、こちらを見ている。相手の目が見えないのに、視線だけがこちらに突き刺さっているように感じる。

    そこで目が覚める。

    シーツを濡らすほど、私は全身汗びっしょりだった。

    その日、登校してから、なんとなく夢のことを玲人に話した。

    玲人は、机に腰かけて笑っていた。

    「気にしすぎじゃね?」

    その笑顔に安心できた。私もつられて笑った。ただそのとき、誰かの視線を感じたような気がした。

    * * *

    少なくとも私から見る限りは、美優の様子は変わらない。

    例の一件のあと、別の友達と話しているのを何度か見た。廊下ですれ違うこともあった。そしてたまに、目が合うことも。

    でも、彼女は何も言わなかった。

    向こうから話しかけてもこないし、私も何も言わない。

    美優は口数は多くなかったけれど、いっときは私とよく喋った。話すようになったきっかけは、たぶん下の名前が似てたからとか、そんな些細なことだった。

    一緒に帰ったこともあるし、コンビニで新しいお菓子を見つけて、教え合ったりもした。

    それが、なくなった。

    グループ内でメッセージを送って、メンバーを遊びに誘うのはいつも私か玲人だった。というより、玲人がみんなに声を掛けるのを見て、私はそれの真似をしていた。

    彼が立ち上げたグループは今も続いている。今はみんなで、男子三人と、女子三人。

    女子は美優が抜けるまで、四人だった。

    よく考えると、ちょうどいいじゃん。男女ペアで考えたとき、女子がひとり、多かった。

    美優はといえば、誘われれば応じるけれど、自分からはあまり積極的に行動しない子だった。

    いなくても、別に変わらない。私にとっては、その他大勢だ。

    * * *

    夢は、少しずつ変わっていった。

    いつもの奇妙な空間ではなく、自分の部屋にいた。明かりをつけていないのに、ぼんやりと部屋の内装が浮かんでいる。

    ぽっ、と隣に人の顔が現れた。

    前と違う。今度は、顔が見えた。その表情は、怒っているようには見えなかった。

    悲しそうでもなかった。ただ、じっと私を見ていた。

    女子の顔。見覚えのある顔。そうだ、この子。

    そして突然、その腕が伸びた。

    ありえないほど長く伸びた両の腕が、私の首を押さえて絞める。

    鬼か妖怪か。そんなことを思う間もなかった。

    親指に、じわりと力がこもった。遅れて、残りの指もぐっぐっと首の中心に向かって距離を詰めてくる。

    息が。息ができない。

    自分が夢の中にいることは、相変わらずわかる。ここで命が尽きると、この手を引き剥がさないと、私はどうなるのか。

    焦点が定まらない。眼球が、思うように動いてくれない。死にものぐるいで、長い腕のひとつをつかんだ。でも、びくともしない。

    苦しくて、声を出そうとして。踏ん張ろうとする膝の力がふと抜けた。

    そこで、目が覚めた。

    私は布団の上で、首を押さえていた。心臓が激しく鳴っていた。思わず目を、右左にせわしなく動かした。

    部屋のカーテンは、今日は開けなかった。

    その日から、私は思うようになった。

    あの腕は、やはり美優なんじゃないか。私を、どうにかしようとしているのかもしれない。

    * * *

    数日後、たまたま美優の話を聞いた。……いや、たまたまというより、私はどこかで機会をうかがっていたのかもしれない。写真の話になったから、自然と話題にできた。

    グループ内のひとりで、玲人と共通の友人の男子だった。

    「あの共有アルバムの写真さ。」

    私は聞いた。

    「美優、なんで消したわけ?」
    「そりゃあんなん嫌でしょ。」

    あきれたように、目の前のその他大勢の男子が言った。

    「本人、何回も消してって言ってたらしいよ。」
    「……そうなの?」

    そちらに向き直る。

    玲人、勝手に消されたって文句言ってたけど。美優から相談されていたの?

    「うん。あれ、本人が一番嫌がる写りだったんだってよ。」

    私は黙った。

    「玲人は、からかってただけみたいだけど。」
    「……からかう?」
    「狙ってたんじゃね? 大人しいから言うこと聞くだろみたいな。」

    知らなかった。いや、そんなはずはない。

    「玲人はおもしれーけど、ノンデリだからな。」

    私は何も言えなかった。玲人は、そんなことを私には言わなかった。

    ただ……美優が最近、面倒じゃないかって。

    私は、それを信じただけ。

    * * *

    その日の帰り、下駄箱でだった。私は美優を見つけた。靴箱が近いから、たまにこうして、隣同士になる。

    「美優。」
    「ん。美羽?」

    振り返った顔は、いつもと変わらなかった。話しかけておいて、なかなか次の言葉が出ない。美優が靴をとろうと伸ばした手は、しばらく宙をさまよった。

    「あの……」

    私は、あの写真のことを話した。

    グループから外したことも。玲人に言われたことも。自分がよく確かめもせずに、それに乗っかったことも。

    「ごめん……。」

    最後にそう言った。

    美優は、こちらを向いて、ただ黙って聞いていた。自分から声をかけたくせに、彼女と目を合わせない私は、とんだ卑怯者だった。

    それから美優は、「別にいいよ」と言った。取り出された靴が足元に落ちて、乾いた音をたてた。

    「グループチャットとか、私あんまり好きじゃないしさ。」
    「でも……」
    「ほんとに気にしてないから。」

    美優は笑った。

    それから少しだけ考えて、「ただ」とつけ加えた。

    「玲人は、やめといたほうがいいと思う。」
    「……え?」
    「美羽、気になってんでしょ。」

    顔が熱くなった。誰にも漏らしていない、私の中だけで閉じた話題を、最近口もきいていなかった美優の方から持ち出した。私は、取り繕うこともできなかった。

    「まあ……ちょっと。」
    「余計なお世話かもしれないけど。」

    美優はそう言った。立ったまま膝を曲げて、靴に足を入れる。頭を傾けて、髪が顔に垂れる横顔が妙に色っぽかった。

    「やめといたほうがいいよ。」

    美優の髪の隙間から、鋭い目がこちらを覗いた。私の背中に一筋、指がつたうような感覚があった。それ以上、彼女は何も言わなかった。

    私の言葉を待たずに、彼女は離れていった。

    「ありがとう」と言うべきだっただろうか。
    「あなたに何がわかるの」と言うべきだっただろうか。

    彼女が見えなくなるまで、私は靴を履き替えることができなかった。

    * * *

    その夜は、夢を見なかった。久しぶりに、朝まで眠った。

    目が覚めて、カーテンの隙間から入る光を見た。

    目を開くと明るい部屋が出迎えてくれる。その事実が、少しだけ私の身体を軽くした。

    だからこそ思った。

    美優は、私を恨んでいない。

    結局、あの夢も、きっとただの夢だったのだ。

    私はカーテンをしゃっと開いて、暖かい陽の光を全身で味わった。その日の朝食はヨーグルトとシリアルで、いつもと何も変わらない。けれどそれは、かけがえのないもののように美しく私の目に写った。

    学校では、美優と廊下ですれ違って、そのときに目が合った。

    彼女が小さく手を振ったから、私も応えるように振り返した。

    今は同じチャットのグループにはいないけれど、また、個別にメッセージを送ってみよう。そう思えた。

    * * *

    その日の夜。

    私は再び、夢を見た。

    明るい部屋に立っている。前のような、ぼんやりと輪郭だけが浮かぶ景色じゃない。見慣れた家具に、見慣れた小物。間違いなくここは自分の部屋だ。

    また、同じ夢?

    ……気配。私以外に、相変わらず誰かがいる。

    いや、それとももう、目が覚めていてこれは夢じゃない?

    美優はもう……気にしていないはずなのに。

    そう思った、そのとき。

    「それ」と目が合った。

    背丈。格好。性別。髪。顔。情報があとから追いかけてくる。

    目の前にいるのは、私だった。

    私と同じ顔をしている。私と同じ制服を着ている。

    何も言わずに、こちらを見ている。怒っているような顔ではない。悲しんでいるような顔でもない。

    私は後ずさった。ベッドから離れ、窓の方まで。背中でカーテンが揺れる。部屋は明るいのに。まだ、外は真っ暗だった。

    そいつが腕を伸ばした。ぐう、っと腕が伸びる。前と同じように長く、素早く、まっすぐに。

    そして、その手が私の首に触れた。

    ああ。美優、あんたじゃなかったんだね。

    頭の中が黒く沈んでいく。眼球が勝手に上を向いた。戻そうとしても、目だけがさらに上へ、後ろ側へ向かおうとしている。

    窓の外で、車が一台通り過ぎた。赤いテールランプが、カーテンの隙間を一瞬だけ照らした。


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