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残された、私の世界【創作】

    財布野紐ゆるみ

    アイドル。
    それは、光をあびて影を照らす存在でなければならない。


    私たち三人は、仲が良かった。
    先輩と、後輩と、私。

    同じアイドルという立場で、ときに支えあい、ときに目標であり、ときにライバル同士でもあった。

    その関係は、長くは続かなかった。


    後輩が、まずいなくなった。つまらない、スキャンダルだった。男との写真が出て、それでおしまい。

    疑似恋愛を体感してもらうための存在が──現実を忘れさせるため夢を見せる存在が、ファンに現実をつきつけては、この世界ではやっていけない。

    隠し通すしか、生き残る道はなかった。


    先輩が、次にいなくなった。

    彼女には、スキャンダルらしいスキャンダルはなかった。
    年齢的にそろそろ引き際だと、活動の合間に勉強して倍率の高い資格を取得し、現実と向き合う世界へと戻っていった。

    堅実で、用心深い選択肢は、先輩らしい決断だったかもしれない。
    でも、一度目指したものを、簡単に手放していいものか。

    ファンたちに夢を見続けさせるためには、現実を捨ておいてでも、夢を見続けなければ。

    * * *

    そして、私だけが残った。

    カレンダーの予定には、空白が増えた。
    いつも集まっていた私の部屋はやけに広く感じる。

    「かわいいね」「きれいだね」って小さいころから言われてきて。
    それを真に受けて、えへへと笑って。
    でも、勉強も運動も、なにもかも中途半端で。

    だから、歌うことを覚えた。踊ることを練習した。

    きっと、天賦の才はなかった。ただ、アイドルとしての自分を磨く、その努力をする才能だけはあったと信じている。

    誰かが私に尋ねる。誰だろう。
    まあ、私の物語の「脇役A」とでもしよう。

    「まだあんた、アイドルでがんばってるの。」

    私は今、がんばってるのかな。

    次に「脇役B」に声をかけられる。

    「あんたもそろそろ、限界じゃないの。」

    じゃあ、限界を超えてしまったら、私はどうなってしまうの。

    * * *

    あるとき、自身のSNSのアカウントを確認していると。

    ひとりのフォローが外れていた。
    それは、最古参のファンだった。

    この人は、いつもイベントに顔を出してくれていた。
    ライブ配信にも参加してくれていた。
    丁寧に、メッセージを返して感謝の気持ちを伝えてきたつもりだった。

    この人だけは、ずっと見てくれていると思っていた。

    ──だけど、性別も顔も名前も、知らないのに。
    どうしてそう思い込めていたんだろう。

    ぷつりと、私の中で線が切れたような──あるいは、深い池に滑り落ち、溺れていくような。そんな感覚に飲み込まれた。

    * * *

    ようやく、ステージで、私が歌う番が回ってきた。
    歌詞も振り付けも表情も。タイミングもテンポもリズムも。
    たったひとり、残された私の世界で。完璧に仕上げてきた。

    マイクを持ってステージに立つと、盛り上がっていた観客たちの声が少しずつ、波のように引いていった。

    前の番の子のときには、ペンライトを振って応援していた彼らは、次々と離席していく。

    肌にはりつけた笑顔の仮面に、ヒビが入る。

    これから、みんなのために、歌うんだよ。踊るんだよ。
    一生懸命、練習したんだよ。

    悲しくても、笑顔を絶やすことはできない。
    泣くことも許されない。

    空席の静寂の中、ステージライトの熱をどこか遠くに感じていた。
    いつもより冷たいマイクを、ぎゅっと握り直す。

    それでもきっと私は、照明がつくたびに、笑う。

    もう、誰も見ていなくても。


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