
しおりの中に【創作】
父が死んでから。
実家の片付けを始めるまでには、ずいぶん時間がかかった。
喪主を務めたのは、兄だった。親族への連絡、葬儀、香典返し。そのあとには相続の対応があり、担当してくれていた父の税理士さんとやり取りの上、銀行や役所にも何度か足を運んだ。
母はもう施設に入っている。要介護の度合いの関係で、週に二日は私が様子を見に行く必要があり、そのぶんパートの時間も減らした。
私の息子は、ようやく小学生にも慣れてきた。まだ自分で何もかもできる年齢ではなかったけれど、ずいぶん大きくなった。
ろくに引継ぎもないような手続きに、計画外の段取り。それらが私たちの周りを駆け抜けていった先で、ようやく実家の中を片付けることになった。
正直、面倒だった。
父はいらないものを捨てない人だった。古い家電の説明書。使い切った電池の箱。いつ買ったのかすらわからない工具。新聞の切り抜き。もう使わない電源コード。
それらは見るたびになにか思い出しかけるけれど、感傷的になれるほどの素材でもなく、ただ袋か箱に仕舞われた。
母のものもあったが、そのほとんどが衣類だった。父のものは細かくて、分類しづらいものがとにかく多い。
こんなにも、よくもまあ。取っておいたものだと思う。
段ボールをひとつずつ開け、いるものといらないものを分ける。いらないものは、大きなごみ袋へ入れていく。
紙類をまとめて持ち上げたとき、その中に、何冊か薄い冊子が混ざっていた。
旅のしおりだった。
はじめは、学校の遠足のものかと思った。
けれど、表紙に書かれていたのは、父の字だった。ごつごつした手や、がさつな性格に似つかわしくない、習字のお手本のような字。
家族旅行のたびに、父が手作りしていたものだ。
私はしおりを一冊、手に取った。
* * *
昔のこと。
父は、旅行によく連れていってくれた。祝日を挟んだ三連休に、ゴールデンウィーク。夏休みに、お正月。そして行き先は国内だけではなかった。海外にも何度か行った。
私は、旅行そのものは大好きだった。
見たことのない景色に触れるのが好き。知らない街で風にあたるのも好き。空港の匂いも、ホテルの朝食も。外国のスーパーに並んでいる見たことのないお菓子だって。そのころ感じたカラフルな刺激は、今もなんとなく胸にある。
ただ、旅行の行程はあまり好きではなかった。
父は旅行の前になると、しおりを作った。
出発日の起床時間、要所要所の目的地。昼食のメニューに休憩場所。そして、帰りの出発時刻。雨が降った場合の予定まで網羅されていた。
まるで、小学校の作文の「ダメな例」みたいにぎゅうぎゅう詰め。
子どものころの私は、どうして旅行に行くのに、こんなものが必要なのかと思っていた。もっとずっと幼いころには、そのしおりを面白がっていた時期もあったかもしれないけれど。ボリュームがあったし、「地球の歩き方」のコピーが貼り付けてあったりして、見た目にもこだわっていた。
嫌になったのは、予定通りにいかないことが多かったからだ。得てして、計画とは予定通りにならないものである。
渋滞したり、店が混んでいたり、目当ての場所が休みだったり。そうすると、父は露骨に機嫌が悪くなった。
逃げ場のない車内は、それでなくても狭い。険悪な雰囲気でそれ以上窮屈にしなくてもいいじゃないかと思った。
大きな声を出す代わりに、父が煙草を吸い始めると、決まって私は窓を開けた。「寒いじゃない」と母は言うけど、関係ない。
せっかくの旅行なんだから、もっと気ままに楽しめばいいのに。
そのころの私は、そんなふうに思っていた。どれだけ風が冷たくても、私は窓を閉めなかった。
* * *
旅行のことは周りに話すと、よく羨ましがられた。
「いいなあ。海外とか行ってみたい。」
そう言われた。でも、別に親がすごいと思ったことはなかった。たまたま景気がよくて、父の勤めていた会社もうまくいっていた。そういう波に、うまく乗っただけなのだと思っていた。
だから、旅行に連れて行ってくれることには感謝していたけれど、父そのものを好きだったかと聞かれれば、そうでもなかった。
しおりも、好きではなかった。
学校の遠足のしおりだって、ろくに読んだことがない。表紙を開けば、校長先生の言葉が書いてある。
「楽しい一日にしましょう」
一ページかけて、だいたい、そんなことが書いてあった。意味を薄く引き伸ばしているこれも、作文のダメな例に似ていた。
その下には、集合時間や行程表。
どこへ行って、何時に昼食を食べて、何時に学校へ戻るか。
「家に着くまでが遠足」という言葉は、気の緩みから事故を引き起こさないようにという単なる決まり文句だ。
自由行動の時間と、友達と撮った写真。現地の空気と匂い。私にとって、それ以外は別に「遠足」じゃなくてもよかった。
旅行が終われば、しおりは必要なくなる。あとから見返すこともない。本当に、何の迷いもなく捨てていた。
* * *
だから、これも同じだった。
手に取った、一冊をめくる。
父の字で、細かな予定が並んでいる。その字を見ていると、思い出すのは父の声ではなく自分の声だった。
高校生のころ。
旅行の前日で、私はろくに用意ができていなかった。父はいつものように、しおりを作っていた。
「ここで、昼飯でいいか?」
「うん。」
「それから、このあと少し歩くけど、大丈夫か?」
「うん!」
「じゃあ、しおりに書いておく内容は……。」
そのとき私は、何か別のことで忙しかった。友達から来た連絡を返さないといけなかったのかもしれない。荷物を鞄に詰めていたのかもしれない。
よく覚えていない。
ただ、父が何度も予定を確認してくるのが鬱陶しくなって、怒鳴ってしまった。
「しおりはもういいから!」
父は少し黙ってから、「そうか」とだけ言った。
顔は見れなかった。父のつぶやいた声の調子も、よく覚えていない。さっき言った自分の言葉だけが、頭のそばでうろうろしていた。
でも、謝らなかった。だいたいいつも、父が怒れば自然と次は私から話しかけたし、私が怒れば父から話しかけてくれた。このときもきっと、そうだった。
でも、その旅行で、私は父が作ったしおりを一度も開かなかったと思う。
実家の静かな部屋で、私は冊子を閉じた。周りはまだ、片付いていなかった。今の私も、何か連絡したり、袋につめたりしないといけない。でも、父の亡くなったあとのことを思い出していた。
葬儀の場では常に、親族の誰かが話していた。
父の昔の仕事のことや、地元での活動のこと。父と母とのこと。葬式のあとに設けられた食事の席なんて、親族の懇親会のような雰囲気だろうと思っていたけれど、みんなして口を揃えたように、死んだ父の昔話を私にした。
その中で、旅行の話になった。
「お父さん、旅行好きだったよなあ。」
叔父が言った。
私は「まあ、よく連れて行ってもらいました」とだけ。
すると叔父は、ビールを傾けながら笑った。
「いや、旅行そのものより、計画するのが好きだったんじゃないか。」
別の親族も、「家族旅行の話、すごく嬉しそうにしてたよな」と言う。赤い顔をして、しんみりした調子だった。
私は、娘だった。
家で父が、そんな話をしているところは聞いたことがない。
旅行から帰ってきても、次の旅行の話をすることはあっても、その旅行が楽しかったとか、あそこがよかったとか、そういうことを話す人ではなかった。
ただ……今度はどこへ行くか。何時に出るか。どこで食べるか。そして、しおりをどうするか。
そういう話ばかりだった。
* * *
私はもう一度、しおりを開いた。少し古い紙の匂いがした。ふっと、父の煙草の匂いが重なった気がした。
ページをめくると、そこに私の名前を見つけた。
「昼食:志保が食べられる店」
その下には、店の名前がいくつか書いてある。
母に関するメモもあった。
「お母さん、お土産」
兄についても。
「悠真にこの建物は見せる」
別のページには、「帰り眠くなる、早めに出発」と。
旅行で車を使うとき、運転はいつも父だった。私は、帰りの車内ではいつも疲れて寝ていたと思う。
私はしばらく、そのページを見ていた。紙をつまんだ指を、小さくこすっていた。
そういえば兄は、昔から歴史の資料集に出てくるような古い建物が好きだった。母は旅行に行くと、いつも誰かへのお土産を探していた。
私は、知らないものを食べるのが苦手だった。
そんなこと、父が覚えていたのだろうか。
ページをめくる。
また別の予定がびっしり。そこには、家族の名前がいくつも書かれていた。お母さん。悠真。そしてまた、志保。
旅行そのものの記録ではない。そこには、写真もない。感想も。ただ、誰がどこで何をするかが書いてあるだけ。
旅行は、もう終わっている。書かれている時間は、全部過ぎている。この先、その予定が役に立つこともない。
写真なら残っている。アルバムを開けば、同じ旅行の写真もあるはずだった。
それでも私は、しばらくしおりを閉じることができなかった。
あのころの父が、これを作っているところを想像した。仕事から帰ってきて、食事をして、そのあと作業していたのかもしれない。一階で、机に向かって。暗い中、手元を照らしていた後ろ姿を昔見た気がする。
そんなことを考えていたのかもしれない。本当にそうだったのかは、もうわからない。
さっき感じた、煙草の匂いは消えていた。私はしおりを閉じた。
息子を旅行に連れていくなら、私はどうするだろう。生活に必死で、何泊もして遠出をするような、気持ちの余裕は持てなかった。あの子はまだ小さいから、途中で眠くなるだろう。何か食べたいと言うかもしれない。
予定どおりにはきっといかない。一瞬、そんなことを考えた。
それから、さっき整理した引き出しをひとつ開ける。手に持っていたしおりを、そこへそっと戻した。そのときも、さっきと同じ、少しだけ古い匂いがした。
このしおりは、もう使わない。たぶん、これからも。
窓は開けなかった。その向こうの空は、地元のものとは思えないくらい、青かった。