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あたたかい場所【クリスマスは片想い文芸部】

    財布野紐ゆるみ

    クリスマスを目の前に控えた年の暮れ。
    私は、絶望していた。

    机の上に広げた画用紙は、いつもより白く見えた。冬の空みたいに冷たくて、目が痛い。色鉛筆を持つ手が、どうしても動かない。絵を書くためのクラブなのに、今日は何も描く気がしなかった。

    「さや華、どうしたの?」

    隣の席から、同じクラスの美雪が顔をのぞき込んできた。元気がないのは、たぶんすぐにわかったのだと思う。

    「……うちの猫が、いなくなったの。」

    声が、少しかすれた。家で飼っている猫のミン。アメリカンショートヘアの、オス。昨日の朝までは、確かに、いつもの場所で丸くなっていたのに。

    きっと、開いていた窓から出ちゃって、何か大きい物音にびっくりして走ったら、帰れなくなっちゃったんだ。寒いのに。外なんて、知らないのに。

    「大丈夫よ。きっと誰かに拾われてるわ。」

    そう言ったのは、大人だった。お母さんも、お父さんも、「そのうち帰ってくる」と言うだけで、探すのには協力してくれなかった。

    完全室内飼いの猫だから、首輪もない。マイクロチップも、入れていなかった。どうやって探せばいいのか、わからない。わからないまま、時間だけが過ぎていく。

    「なんで探しに行かねーの。」

    急に、後ろから声がした。振り向くと、上級生の男の子が立っていた。
    崇くん。六年生で、クラブでも少し有名な、口の悪い人。私にとっては、ちょっと怖い人だ。

    「何もしないで、見つかるわけないだろ。」

    胸が、ぎゅっと縮む。でも、崇は続けた。

    「人慣れしてる猫ならさ、保護されてる可能性もあるだろ。アメショーなんて、ブランド猫じゃん。拾った人が、迷い猫だって思って、どっかに連絡してるかもしれねーだろ。」

    その言葉に、はっとした。

    * * *

    休み時間。崇と一緒に学校のパソコン室に行った。きっと私より、パソコンに詳しいと思って、無理を言ってついてきてもらった。インターネットで調べたら、「動物病院や地域の愛護センターへ連絡してみるといい」ということが書いてあった。

    そのまま放課後、公衆電話から、一番近い動物病院に電話をかけてみた。友達の家以外に電話をかけるのは、はじめてだった。受話器を持つ手が震える。

    ミンの特徴を、できるだけ丁寧に伝えた。でも、最近保護された猫はいないという。隣で、崇はその会話に耳をそばだてていた。

    「写真付きのポスターがあれば、お客さんにも声をかけられますよ。」

    そう言ってもらえただけで、少し救われた気がした。何かわかったら連絡をくれるということで、連絡先を聞かれた。親が何か言いそうだから、家に電話されるのは嫌だった。困っていると崇が、スマホを取り出して言う。

    「俺の番号、伝えとけばいいよ。」

    * * *

    次のクラブの時間、私はポスターを描いた。写真はなかったので、特徴をできるだけ絵につめこんだ。

    少し太っていて。お腹の皮がたるんでいて。大きくて。目玉がぐりぐりしてて。人懐っこくて……。

    描いているうちに、涙が出そうになる。でも、こらえた。

    「サンタさん、いりません。」

    小さく声を出して、何度もお願いした。

    「プレゼントも、ケーキも、何も、いりません。セロリも食べます。だから、ミンを返してください。」

    教室には、色鉛筆が紙をこする、かすかな音だけがしていた。隣にいた美雪が、私の震える肩をさすってくれる。崇は後ろの席で、頭の後ろに両手を組んで座っていた。

    * * *

    学校で先生に事情を話し、ポスターをコピーした。動物病院は、家から少し遠かった。私は自転車を持っていない。

    崇が、パソコンで調べたとき「俺の自転車を貸してやろうか」と言った。私は「乗れないから、歩いていく」と答えた。そしたら、崇はあきれたように、「仕方ないから、乗せてやる」と言った。

    ふたり乗りは校則違反だから、といって断ろうとしたが、「時間がないだろ」と言われて、私は車輪横のステップに足をかけた。両手を、崇の肩に乗せる。

    動き出すと、冷たい風がマフラーのすき間から首に入り込んで、思わず息をのむ。小さいころ、お父さんにバイクに乗せてもらったときの風を思い出した。あのときと、同じ。少し怖くて、胸が、どきどきしていた。

    「……崇くんは、スマホも、自転車も、何でも持っているね。」

    私は後ろで、ぽつりとつぶやいた。

    「両親が家に普段いないから、色々買ってもらえる。でも俺も、本当は家に猫とかがいる方がいい。」

    崇が、猫が好きなことがわかって、なんだか少し嬉しくなった。

    * * *

    ポスターを貼って二日がたった。私は家から何度か、崇のスマホに電話して確かめたが、何も連絡はなかったらしい。

    そのころ駅前は、クリスマスのイルミネーションでにぎわっていた。マーケットには、光る飾りや、甘い匂いの食べ物。大きなツリーが、遠くからでも見えた。

    でも、私はそれどころじゃない。大事なミンを見つけないと、来週以降は今よりもっと冷え込むとテレビでやっていた。

    地域の愛護センターにも連絡した。でも、ミンらしき猫はいなかった。日が経っていない場合、周辺を細かくもう一度探して見つかった例もある、と教えてもらった。

    猫は、あたたかい場所を見つけるのが上手い、とも言っていた。でも、それがどこかは誰にもわからない。

    私は毎日、公園や、街の裏路地など、家の周りを見て回った。時間帯も変えて、早朝や夕方に何度も。

    車の下。塀の後ろ。探していると、何か音がするたびに、ミンの鳴き声のように聞こえたし、何か小さなシルエットを見かけるたびに、ミンの姿と錯覚した。そして、それが間違いだとわかっては、がっかりして肩を落とした。

    指がかじかんで、靴底が冷える。

    もう、だめかもしれない。また、涙で視界がかすんできた。そう思ったときだった。

    「さや華!」

    びくっとして顔をあげる。そこに立っていたのは、美雪だった。

    「駅前の、クリスマスマーケットに行って。急いで!」

    * * *

    息が切れるほど走って、駅前に着いたころには、空は暗くなり始めていた。
    ツリーのそばの、飾りのついたワインの店。
    美雪に言われた言葉だけを頭の中で反芻して、風を追い越して駆けていった。

    マーケットのざわめきが、急に遠くなった気がした。

    「おい! こっちだ。」

    崇の声だった。振り向くと、何かを抱いた崇が、イルミネーションの光を背にして、立っていた。

    その腕の中にいたのは──。

    「ミン……!」

    叫びそうになって、慌てて口を押さえる。猫は、大きな音が苦手だ。

    近づいて、そっと頭を撫でる。ふわふわして、あったかい。ぐりぐりの目が、こちらを見ていた。間違いない。

    「マーケットの飾りの陰で、鳴いてたって。俺が名前を呼んだら、寄ってきた。それで、近くにクラブの女子がいたから──。」

    「ありがとう。本当に……。ごめんね、ミン。ごめんね……。」

    ミンの身体からは、安心したときに出すごろごろ音が、いつもより大きく響いていた。崇が抱きなおすと、ミンは崇のほっぺをぺろぺろと舐めた。

    「なんだこいつ、くすぐったいな。」
    「あ……ミンは、家族にだっこされると、いつもそうするの。」

    そう言って、私はミンを受け取った。そうすると、いっそう強くしがみついてくる。身体は少し冷たい。でも、元気そうだ。

    そしてミンは、私のほっぺも同じようにぺろぺろと舐めた。

    「ほんとだ。おもしれー。」

    その声で、気づく。
    ミンの舌を通して、崇とほっぺが触れあったことに。

    間接ほっぺ。

    急に、顔が熱くなった。

    「おい、お前の家にとっとと連れて帰ろうぜ。」

    自転車を押しながら、崇が言った。

    「でも、いいの? クリスマスマーケットにせっかく来たのに……。」
    「俺も別に、サンタもプレゼントもいらねーから。」

    ミンも、前かごで安心して丸くなっていた。
    太っているから、少しぎゅうぎゅうだったけど。

    クリスマスに、きれいな景色や、プレゼントがなくても。

    大事な家族が戻ってきた。それだけで、十分だったはずなのに。

    もうひとつ。

    私の胸の奥に、小さくてあたたかい気持ちが、確かに芽生えていた。

    ──メリークリスマス。



    ※以下の企画に参加させていただきました。

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