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嘘をつかない【創作】

    財布野紐ゆるみ

    じゅうじゅうと油がはじけて、甘辛いソースの匂いが夜気に混ざる。

    「おお! 今日もめっちゃでかいやん! 俺のこぶしくらいあるんちゃう?」

    握りこぶしをみせて、焼いているたこ焼きと比べ始める少年。近所の小学校に通う、クソガキだ。

    「なんやねんお前、また来たんか。お前、金ないんやろ。」

    たこ焼きをひっくり返しながら、しっしっと追い払うしぐさをする俺。今日は地域の祭りの二日目。あたりはまさに、活況を呈していた。油断すると、みるみるうちに人が並ぶ。

    この時期だけ、俺はたこ焼き屋さんになる。きっかけは、知り合いに声をかけられたことだった。

    今にして思えば、「お前焼くの上手いし、ちょっとやってみいひんか?」という知人の言葉は、方便だったろう。だが、どうせこの時期地元には帰ってくるし、何より俺は、この季節のこの空気が好きだった。

    祭りでこれだけにぎわっていても。ひとつ道を外れれば、涼やかな空気と、稲刈りの終わった田んぼが広がっていて、どこかで焼けた藁の匂いがする。

    「おっちゃんは鐘とか太鼓やれへんの? 祭りやで。」

    少年は、太鼓のバチを鳴らすしぐさをしてこっちを見上げた。両手を動かす動きがやかましい。初日に、味見でひとつ食わしてやったのが運の尽き。すっかり懐かれちまったらしい。

    「鐘と太鼓は、遠くからここまで聞こえてくんのがええねやんけ。」

    適当に答える。昔から、前に出る性分じゃなかった。話題の中心、人気の的。そんなものにならず、ひっそりと楽しむ。それが粋ってもんじゃないか。

    ちくりと、胸を刺す痛みがあった。陽気で明るくて、面白くて……。小学校時代、そんなクラスメートがいた。遊んだりこそしなかったが、友達だったそいつの顔がよぎる。思えばこの少年に、少し雰囲気が似たところがあったかもしれない。

    「っと。」

    焼き型の隅の部分。火力が安定しないまま見過ごして、対応が遅れる。今年は見栄張って銅板まで借りたのに。

    「うーん、これちょっと小いさくなってもうたな。一個食うか?」
    「おっちゃんもまだまだやな! もらったるわ。」

    そんな会話を交わしながら、思わず俺の口角は上がっていた。

    目の前で火を使っていると、とにかく熱いし音もうるさい。情緒を味わう余裕もないくらい、周りは発電機やら油のはぜる音、人の声であふれている。

    それでも。

    村に二台あるだんじりから、交互に鐘と太鼓が響いてくるその音は、やけに澄んで聞こえていた。

    * * *

    三日目は、祭りの最終日だ。

    フルーツあめやキャラクターくじに、SNS映えしそうな菓子やネオン。境内までの道には、昔ながらの風景に今の時代の気配が混ざって溶けていた。

    屋台の食べ物は、嘘をつかない。そこが好きなところだ。まだ祭りの客がほとんどいない夕暮れ前、俺は生地作りに精を出していた。水を多めにし、超火力で仕上げるのが関西のうまいたこ焼きのコツだ。

    少し離れたところで、屋台のおっさんが子どもたちの前でちょっとしたパフォーマンスをしている。視界の片隅に映った光景に、少し嫌な感じがした。

    出た数字が大きければ大きいほど、いい景品がもらえる五百円くじ。おっさんは「ほら、おいちゃんがやってみたろか」と言い、立て続けに大当たりの番号を目の前で引いて見せる。

    周りの子どもたちは「ほんまに、当たりが入ってるんや」と色めき立っていた。高額ゲーム機に、最新のゲームソフト。大当たりの棚には、子どもの夢が並んでいる。

    自然と眉をひそめていた。でもあれは、どうせトリック。番号が分かるようになっているくじ紙を、引いたように見せて、目の前で開いているだけだ。

    景品も、おそらく空箱。ああいうのが、一番嫌いだった。純粋な、子ども心をなんだと思っているのか。

    「ほら、タダでええから試しに引いてみい!」

    そういって、前にいた子に一枚引かせた。選ばれた子は嬉しそうにし、周りの子は羨ましそうにする。そばには、うちに顔をだす例の少年の姿もあった。おそらく友達なのだろう。

    「はずれや! 残念。もっかい、引いたらええから。」

    はずれのしょぼい景品を手渡しながら、にこにこと勧めるおっさん。結局、その子は何度も促されるままに引いては、はずれくじをつかまされていた。

    途中から、その子もやめたそうにしていた。期待や羨望の色は、周りの景色から徐々に沈んでいく。どうやら結局、七回引いたらしい。

    「おっちゃん、ありがとう。でも、もうやめとくわ。」

    当たらないくじに、肩を落とす。でも、それだけでは終わらなかった。

    「おう、ちょお待てや。」

    おっさんの、目つきが変わった。もう、笑っていない。

    「タダ言うたんは、最初だけやで。残りの六回分、三千円はちゃんと払うてもらわんと。」

    数人の子どもが、ざわつく。お金を持っているか、持っていないかの話が出る。その場を、離れるに離れられない友達。青ざめたまま財布を握りしめる、くじを引いた子。近くでは、あの少年も、固まっていた。

    「払わんのは泥棒と一緒やぞ。」

    その声が響いた瞬間、周りの空気の色がまた変わる。子どもの顔がもう一段歪んだ。誰も口を出さない。

    「おい。」

    気づいたら、俺の体はおっさんの近くまで迫っていた。嘘の景品と空くじを挟んで、対峙する。怒鳴ったり、胸ぐら掴んだりはしないし、できない。そもそも、どう見ても俺が喧嘩して勝てる体格じゃなかった。

    息をゆっくり吸い込んで、静かに言う。

    「──その子、『タダ』言われたから引いたんやろ。あとから金取るんは、筋ちゃうで。」

    どうして俺は、ここまでムキになっているのか。おっさんはヘラヘラして、言う。

    「なんや兄ちゃん、関係ないやろ。」
    「せやな。関係ない。」

    前に出る性分ではないのに。

    「……せやけどな、『子ども騙してええ』思てる大人は、見てて腹立つねん。」

    でも、声はちゃんと自分の口から出ていて。震えている足の感覚も、たしかに自分のものだった。

    * * *

    思い出す。昔の記憶。小学校二年生のころだ。俺の不注意で、飾られていた花瓶を割った日。

    怖くて言えなかった。先生に怒られるのが嫌で。親にも言われるかもしれないと思って。……黙って下を、向いていた。

    そしたら、あいつが。

    『先生、自分がやりました。すんません!』

    先に、そう言った。

    あの時。救われた、とは思わなかった。

    どうして、そんなことができるのか。

    ただ、そう思った。眩しくて、格好よくて、ちょっとだけ腹が立った。

    でも、この年になった今なら分かる。「強い」って、喧嘩が強いことじゃない。怖い場面で、前に立てることだ。

    * * *

    俺は、財布から三千円を出した。おっさんの目が、ぐりっとこっちを向く。ただ立て替えるつもりはない。まずは子どもたちの荷物を持ってやっただけだ。

    それにこの三千円も、おっさんには渡さない。代わりに、屋台の台に置いた。俺は、睨み返して言う。

    「ほな、警察呼ぼか。あんたが正しい思うんやったら、説明できるやろ。」

    周りの空気が、また少し流れて変わる。ちょうど、大人たちもちらほら目につく時間になっていた。

    歪んだ口元。舌打ちひとつ。

    「……しらける兄ちゃんやな。」

    そう言って、手で子どもを追い払った。おっさんは、俺が置いた金を、とらなかった。

    三千円を、俺は黙って財布に戻す。完全勝利ではないし、あいつが改心したわけでもない。

    でも、今日はちゃんと。前に立てた。

    * * *

    「おっちゃん、ありがとーな!」

    店じまいをはじめようとしたころ、声がかかる。

    いつもの少年だった。今日も祭りの間ずっと、会場を走り回っていたらしい。聞けば、友達だと思っていたさっきのくじの子は、彼の弟だったようだ。俺はぶっきらぼうに、言った。

    「次からは、うまい話は疑えよな。」
    「うん!」

    少年の笑った顔を見て、はっとした。

    一瞬だけ昔の友達に見えた。少年はくるりと背を向け、軽い足音が遠ざかっていく。俺も屋台の方を向いて、自分の作業に戻った。

    ふと、背中から声が飛ぶ。

    「でも、おっちゃんのたこ焼きはうまいけど信用してるで!」

    手が止まる。俺は振り返らないまま、つぶやく。

    「……あほか。」

    誰にも聞こえない、ツッコミだった。

    片付けの作業に入る。三日続いた祭りも、今日で終わりだ。今年も相変わらずの赤字。これっきりにしようと思ってたけど。

    あの少年の笑顔が、もう一度。昔の顔に重なって浮かんだ。

    遠くで、最後の太鼓が止まる。

    それだけで、祭りの音が急に遠くなった。銅板を洗い終えてしばらくすると、昼間どこかで焼かれていた藁の匂いが、夜気と一緒に降りてきた。

    どうせ来年もまた、たぶんここで。

    俺はたこ焼きを焼いているんだろうな、と思う。


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