メインコンテンツへスキップ
見出し画像

あと三秒【創作】

    財布野紐ゆるみ

    待つ時間が嫌いだ。とにかく、待っていられない。

    何もしない時間は、なければないほどいいし、触れられないもどかしさを、わざわざ自分から預ける理由がどこにある。

    例えば役所の受付で受け取る整理番号。これはまあ、向こうが機械的に発行してるだけだから、どうしようもない。

    しかし、電子レンジの待ち時間はどうだ。自分で「数字を決めて」ボタンを押さなければならない、ときた。

    往々にして電子レンジというのは、窮屈なところにしかない。職場のものは他の誰かが使っている。コンビニのものは自分では手が届かない。

    結局、自宅で使うしかない。

    そして俺が温めるものは、大体相場が決まっている。

    冷凍おにぎりは、大きさによって時間が変わる。ひとつでなくふたつ入れた場合、単純に倍の時間セットすればいいというものではない。

    左右で微妙に温まり方が違う。同じ大きさのおにぎりでもだ。

    冷凍パスタは、袋に書いてある時間通りにセットすると、中の一部がほんの少し、冷たい。でも、二回ボタンを押すのはしゃくだから、冷たい部分はそのまま食う。次に同じパスタを温めるとき、十秒時間を伸ばしてリベンジするしかない。

    待ち時間は、効率よく過ごす。手洗いに行く。茶碗を一個洗う。なんでもいいから、何かしていたい。何もしないのは嫌だ。

    待つことだけに、時間を使いたくなかったからだ。

    音が鳴るのも腹がたった。洗濯機や風呂のお湯はりみたいに、終わった後一度鳴るだけならまだましだ。なぜ、中身を取り出さないと何度も騒ぐのだ。

    そもそも一回目に鳴る時点で、ピーピーピーピーと四度も鳴らす必要があるか? その音ひとつひとつが大きいというのに。

    あるとき、気づいた。

    数字がゼロになる前、残り一秒で「取り消し」を押せば、でかいピーは一回しか鳴らない。

    しかも。取り消しすら押さず、残り三秒で扉を開ければ、無言で止まる。

    これは、大発見だ。

    三秒がいい。一秒だと、あせって扉に力を加えすぎて、機器の故障の原因になるかもしれない。

    電子レンジに、イライラさせられるストレスを少し軽減できる。人におすすめできるライフハックを自らの手で生み出した。

    その日、電子レンジに勝った気がした。

    所詮は機械。人の手によって生み出された道具に過ぎない。

    その夜は珍しく、湿気を帯びたいやな暑さがあり、寝苦しかった。寝返りをうち、その拍子に目が覚める。

    時間を確認しようとして、時計を探す。暗い視界の中に、ぼうっと、光が見えた。電子レンジの方だ。

    中身はもう、取り出している。音も静かだった。

    しかし。

    それは残り三秒で止まったまま、ランプが光り続けていた。まるで、続きを待っているみたいに。

    ベッドから出て、眼鏡をかけた。寝違えたのか、少し首が痛い。俺はゆっくりと、レンジの方まで近づいていった。

    ここで取り消しを押すと、ピーとまた音が鳴り、庫内灯も消える。それが合理的だろう、そう思った。

    だが、取り消しのボタンに伸ばしかけた指は、止まった。

    数字がもう一度、目に入る。

    そして、中身のないままスタートを押した。ぶうんと低い音が響き、数字が減る準備を始めた。

    いつもなら、耐えられない時間のはずだった。

    夜中、ねぼけた眼と頭で。

    何もせず俺は、ただ三秒を待っていた。


    あなたへのおすすめ