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残機ゼロ【三題噺】

    財布野紐ゆるみ

    こういった店は、もう駅前には残っていない。

    自動ドアが開くと、やけに大きな音が外に流れ出した。不協和音的に鳴り響く電子音と、油っぽい匂いのある空気が来客めがけて一斉に押し寄せる。

    俺は息子の手を引いて中に入った。パジャマの上に無理やり羽織らせた上着は、袖が少し長い。

    「ここ、すごくうるさいね。」
    「ああ、すぐ終わる。」

    そう言って、俺は奥のシマへ向かった。アーケードのシューティングゲームの筐体。椅子は少しへたり、座面の一部が破れて補修してある。画面上では、デモプレイの自機が、美しい軌道で弾幕を抜けていく。

    百円玉を入れると、乾いた音がした。クレジットの増える心地の良い効果音がそれに続く。くだらないことだが、それだけで少し呼吸が楽になる。

    「これ、むずかしいの?」
    「鬼ムズだよ。」
    「おに?」
    「そうとも。」

    息子はよく分かっていない顔で、筐体を見上げていた。手の中で、最近気に入っている練り消しゴムをこねている。

    ゲームは、当然のようにすぐ終わった。集中していたつもりだったが、二面の途中で弾に連続して当たった。どのアケゲーにも言えることだが、一面との難易度の落差が激しすぎる。

    たった百円で、残機みっつ。……安い命だ。

    コンティニュー画面で、カウントダウンが始まる。

    俺は迷わず、もう一枚、百円を入れた。

    息子は、少し向こうで、体感ゲームのバイクにまたがっている。少し大きいが、ハンドルを握り、デモ画面にあわせて身体を傾けていた。大きくなったら俺みたいに免許、とるんだろうな。

    第二ラウンドがはじまる。二面のボスはパターンを読んで危なげなく撃破し、三面の道中の猛攻をしばらく耐え凌ぐ。

    この手のゲームは、敵配置を覚えて先読みして立ち回らないと、すぐさま隅に追いやられ、弾避けが厳しくなる。乱暴にレバーを倒すたび、筐体はきしきしと軋んだ。

    三面のボスの猛攻に、あえなく沈む。体力を残りわずかまで削ったあとの、変化する攻撃パターンについていけなかった。

    「さっきの、なんで光るの使わなかったの?」

    いつの前にか近くにいた息子の声に、はっとする。

    「まあ、そういうときもあるんだ……。」

    自分でも、いったい何を答えているのか分からなかった。そういえば、一度目も、二度目も。「ボム」を抱えたまま、やられた。窮地を脱するための切り札も、ここぞというときに切れずに死ぬんじゃ、あってもなんの意味もない。まったくのお笑い草だ。

    ──同じかもな。使わないまま、あると思い込んでるだけのもの。

    黙って、三度目の百円玉を入れる。クレジットの増える音も、今はどこか遠くで響いているような気がした。

    息子も、俺のプレイは見ていない。自機でも弾幕でもなく、画面の端で小さく増えるスコアの数字を、ぼんやり眺めているだけ。失敗しても、何も言わない。成功しても、反応なしだ。

    ビデオゲーム筐体の周りには、他に客もいない。今忙しいのは、俺の手元だけ。それが少しだけ、ありがたかった。

    ゲームの盤面はというと、三面のボスをボム連打でごり押しして倒したのち、四面の序盤で崩された。

    みたび現れる、コンティニュー画面。俺はポケットに手を入れて、何にも触れられないことを確認した。そこに百円玉の感触は、もうなかった。

    カウントダウンの間。自分のこれまでの操作が思い起こされる。やられた一機ごとに、順番に。やりようはあった。どうしようもなかった。言い訳と諦観の狭間で、思考が揺れる。

    ゲームオーバーの音が、やけに大きく響く。画面は暗転し、またデモが始まった。さっきの俺のプレイは、スコアにすら乗らない。傍らの、息子の手を見つめる。消しゴムだって、消せば消しカスくらいは残るのに。

    何がやりたかったんだろうな。子どもまで連れてきて。ノーミスでうまくクリアできたからといって、別に、その先に何があるでもない。

    「ねえ。」

    息子が、筐体の側面にもたれながら言った。

    「もう、終わり?」
    「ああ。」
    「帰る?」

    俺は一瞬、画面を見た。デモの弾幕避けは、相変わらず完璧だ。かといって俺は、これと同じになりたいわけじゃない。

    頑張りゃ、もう少しいけたのかもしれない。少なくとも、このゲームのほうが、世界よりは筋が通っている。

    「帰ろう……。」

    子どもを抱き上げると、思ったより軽い。眠そうだが、目は開いている。ゲーセンを出ると、夜の空気は冷たかった。自動ドアが、背中で音を閉じ込める。

    バイクの鍵を差し込むと、息子が言った。

    「ねえ。あしたさ、みっちー、うち来るんだよね。」
    「ああ。」
    「さっきのゲーム、もう一回できる?」

    俺は答えなかった。このときポケットの底を触ったのは、無意識だったと思う。硬貨の感触は、やっぱりない。

    「また今度な。」
    「ふうん。」

    息子も、それ以上聞かなかった。

    「寒い?」
    「ちょっと。」

    子どもは俺の首に腕を回した。その力は弱くて、でも確かだった。バイクのエンジンをかける前、俺はふと振り返った。店内は空いていたはずだが、ガラス越しに見える筐体は、もう別の誰かに遊ばれていた。

    続きは、誰かのもの。

    エンジン音が、街に溶けていく。

    クリアできないゲームを、また途中でやめた。ただ、それだけの日だ。けれど、明日になれば俺のクレジットが自動で増えているなんて保証は──どこにもなかった。



    ※以下の企画に参加させていただきました。

    《今週の三題噺》
    1.パジャマ
    2.鬼
    3.消しゴム

    ヤスシ さまの記事より引用

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