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二軍【創作】

    財布野紐ゆるみ

    私は、本当にいいと思った話にだけコメントを送っていた。

    作品のコメント欄は、その作者の聖域だ。お邪魔して、そっと自分の痕跡を残す。未だに、いち読者の行為にしては少しハードルが高いものだと思っている。

    だから、月に一度くらいしかコメントをしない時期もあった。

    読んで、面白かったと思って、それで終わることも多い。わざわざ言葉にして伝えるのも恐縮する。そう思えば、そのまま画面を閉じた。

    けれど、この人の話には、コメントを送りたくなるものが多かった。

    読み味が心地よくて、要所に胸を打つ表現があって、アイコンを見て「いつもの人」だと気づく。

    そんな流れを何往復かした。

    読み終わってから、しばらく画面を閉じられないことがあった。この一文は、作者のどういった体験から出てきたんだろう。このモチーフ同士をかけ合わせたのは、どこから着想を得たんだろう。何度も戻って読み直したこともある。

    だから。

    「メンバーシップを始めます」と通知が来たときは素直に嬉しかった。

    この人のことを、もっとたくさんの人に知ってもらえるかもしれない。有料記事や既刊の書籍がないから、応援しようにもできない気持ちが行きつく先が見つかった。

    そう思った。

    私は誰より先に、唯一設置されたプランに加入した。

    応援したかった。コンテンツの内容の充実を求めていたわけではなかったと思う。普段の、無料コンテンツを読む楽しみをくれる、そのお礼のようなつもりだった。

    それから、しばらくは毎月の通知を楽しみにしていた。

    新しい話が届き、読む。

    そして、コメント欄を開く。もう一度本文に戻る。

    今日の話だったら、コメントはどうしよう。少し考えて迷ったあと、そっと閉じる。

    最近、コメントをする回数が減ってきた。

    通知が来て、読む。画面を閉じる。

    ただそれだけの日が増えた。

    つまらないわけではない。ちゃんと「読める」。文章もきれいだし、話もまとまっている。

    ただ、読み終わったあとに、残る感情の密度は少し薄い気がした。文量も減って、重ねるモチーフが散らかっているような気がして、感情を寄せるべき対象がわからず戸惑う作品が増えていった。

    そのたび、評論家のような感想を抱いている自分に嫌気が差す。

    こんな気持ちでは、コメントは書けない。

    以前のような、本当に心を動かされる作品が届いたときに、また残せばいい。読み終えてから、画面を閉じるまでの速度は、少しずつ早くなった。

    作者は、文学賞の受賞を目指して日々変わらず書いていた。いや、メンバーシップを始めてからはそれ以上だったかもしれない。

    投稿頻度を下げず、有料、無料コンテンツを含めて、血のにじむ量の文字と格闘していたと思う。たまに出るエッセイから、その苦悩と努力のあとは痛々しいほど伝わっていた。

    ある夜、私は過去に自分がコメントを送った作品を読み返していた。どうして私は、あんなにコメントを送っていたんだろうと。そしてどうして今、コメントを送ることができないんだろうと思った。

    読み返してみると、すぐに見つかる。

    そこには、震えるほど好きな一文。

    何度読んでも、やっぱりそこで手が止まる。この一文があったから、私はコメントを書いたのだ。

    別の作品にも、あった。

    また。別の作品にも。

    名前のない感情を、胸の底から引っ張り出されるような感覚。読んでいる画面の視界すぐそばまでせり出してくるような生々しい表現。

    ページをめくるたびに、昔の自分が残したコメントが出てくる。

    「ここが好きです」
    「この一文が忘れられません」
    「また読み返しに来ます」

    私は、そのときの自分の言葉を読み返した。

    最近の作品には、そういうコメントをしていない。しようと思っても、言葉が出てこない。

    私はもう一度、最近届いた作品を開いた。

    悪くない。

    その作者らしい、身体表現の比喩。感情が、多層に浮かびあがるような文章。

    でも、もう少し時間をかけていたら、もっと好きになれたのだと思う。

    もうひとつ、言葉があったら。この登場人物にもっと入り込めたかもしれない。

    もう少し削っていたら。テーマを説明しきらずに、上品に仕上がったかもしれない。

    作者の記事にあった、「二軍作品は寝かせてから、改訂して公開するようにしています」のコメントが思い出される。

    もう少し寝かせていたら。

    そんなことを考えてから、私はその考えを消した。

    私は一体、何様なんだろう。

    書いてくれたことを喜ぶべきなのだ。毎月、ちゃんと届けてくれている。メンバーシップのプランだって、コンテンツ目的じゃないのだから。

    「応援する」と決めたのだから。

    それでも、次の通知が来たとき、私はたぶん読む。そして、読み終わったあと、画面を閉じる。

    コメントを書くために戻ることは、もうしないかもしれない。

    昔の作品を読み返すと、そこにはまだ、好きな一文が残っている。私はその一文のところで、いつも指を止める。

    そして、しばらくしてから画面を閉じる。

    好きだったことを、嫌いになることはできない。

    だから余計に、最近の通知の音が、少し寂しい。


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