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自分のいる明日へ【創作】

    財布野紐ゆるみ

    また今日も、「自分」はどこにもいなかった。

    水曜日の夜。
    スマホの通知が鳴ったのは、午後9時過ぎ。
    メッセージツールによる上司からのチャットだろう。

    会議が長引き、取引先とのやり取りが終わったのはついさっき。
    駅に向かう足取りは重い。

    「明日は……。午前に社内打ち合わせ、午後はクライアント訪問、夜はオンラインセミナー……」

    手帳アプリを開けば、ぎっしり詰まった予定が目に飛び込んでくる。どれも大事。どれも外せない。だけど──。

    ──全部、他人のための予定だな...…。

    ただタスクをこなすだけの自分。
    その日その日で、
    「こっちを優先にするから、これは延期」
    「急な予定が入ったから、あれは中止」
    どんどん変わっていくスケジュールの中で、
    私自身のことはいつも「後回し」になっていた。

    駅のホームで電車を待ちながら、ふと指が止まる。
    開きっぱなしのスケジュール画面。
    予定がずらりと並ぶその隙間に、自分が入り込む余地なんてどこにもない。
    なんだか、急に涙が出そうになった。

    小さくため息をついて、スマホを握りなおす。
    一瞬の躊躇のあと、スケジュールに「予定」を登録する。

    金曜 18:00 アロママッサージ(自分へのごほうび)

    さらに、もうひとつ。

    土曜 11:00 美容院(カラー&トリートメント)

    小さなことなのに、予定の登録に少しドキドキしている自分がいた。

    どちらもずっと「時間ができたら行こう」と思っていたこと。
    でも「時間ができたら」なんて、いつまでたっても来ない。
    だから、今ここで「優先」設定にして入れる。

    スマホの画面に表示されたその予定を見て、小さく息を吐く。

    「よし。これがあるなら...…。明日も、ちょっと頑張れる。」

    そう思えた瞬間、自分に少しだけ余裕が戻った気がした。

    夜の電車に揺られながら、彼女は明後日の服を思い浮かべる。
    マッサージの予約のあと、何を食べようか。
    髪を整えた帰り道、秋の風はどんな香りがするだろう。

    スケジュールの隙間に差し込んだ「自分のための予定」で、心にスペースが生まれる。ほんの些細なことにすぎない。でも──。

    ネット予約完了の通知が届いて、スマホが小さく震える。
    そのたった一行が、明日のわたしをやさしく照らしていた。


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