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追いかけっこをやめるとき【せりふ三題噺 / アドバイス鬼ごっこ白菜】

    財布野紐ゆるみ

    スーパーの米売り場で、俺は足を止めた。五キロの袋をひとつ手に取って、値札を見る。少し考えて、棚に戻す。

    隣の棚の別の銘柄も、同じように持ち上げては下ろす。

    高いな、と思う。何に対して高いのかは、はっきりしない。

    透明な袋越しに見える米粒は、どれもきれいで、均一で。ここに並ぶまでの時間のことは、何も語らない。

    なぜか、その白さを見ているうちに、土の匂いが、ふっとよみがえった。

    * * *

    子どものころ、鬼ごっこで遊んでいた記憶。追いかけられるのが、当たり前だった。捕まるまで、走ればいいと思っていた。

    「タッチ。」

    あのたった一言で、役割が切り替わる。

    息が詰まって、世界の見え方が変わる。追いかけられていた恐怖や焦りが、逆に追い詰めてやるという競争心になり替わる、不思議な瞬間……。

    そんな、小学生時代。
    ある日の、教室での休み時間のことだった。

    「おうちの田んぼを、みんなで見に行ってもいい?」

    急に担任に声を掛けられた。社会科見学の見学先に、うちの田んぼが選ばれた。今思えば、小学校から歩いて行ける距離だったし、工業地帯に挟まれた場所に田んぼが残っているのが、少し目についたのだと思う。

    長靴を履いたクラスメートは、「ぬかるんでる」「カエルがいる」と騒ぎながら歩き回り、先生はいつもより少しだけ、丁寧な声で説明をしていた。

    「ここで、お米を作っています。」

    俺は、田んぼの端に立っている祖父を見ていた。そのときの俺は、家族ではなく見学に来た児童になっていたし、祖父は農家の人になっていた。

    けれど、いつもの帽子に、いつもの背中。
    祖父からは、特別な感じは何もしなかった。

    誰かが聞いた。

    「白菜とか、人参も作ってるんですか?」

    祖父は少しだけ間を置いてから、首を振った。

    「難しいからな。」

    それだけだった。理由も説明もなかったけど、それで十分だと思った。

    俺もいつだったか、子どもながらに「もっといろいろ作った方が面白いよ」とアドバイスしたことがあった。

    ずいぶん気楽な言い方だ。
    そんな俺に、祖父はふふんと笑うだけ。

    家には米があって、田んぼの隣の畑には小松菜があって、それで困ったことはなかった。市場に売りにも出していて、祖父は小松菜にいくらの値段がついたかをよく母に問うていた。

    そのころの俺は、どの家も、自分のところで作った米を食べているのだと思っていた。

    米を「買う」という発想がなかった。気づいたのは、ずっとあとだ。


    給食の時間。班の友達の話し声。

    「この米、どこのだろう。」
    「F県産だって。」

    別の誰かが、テレビの真似みたいな口調で、
    「え~、どこまで本当だと思う?」
    と言って笑った。

    その少し前から、テレビでは、産地の表示がどうこうという話題をよくやっていた気がする。大人たちが、難しい顔で話しているのを、横で聞いていただけだったけど。

    ──どこまで本当──。

    意味なんて、よく分かっていなかったのだ。
    みんな、深く考えずに箸を動かしていた。

    でも、その言葉だけが、なぜか残った。


    米は、並ぶものだった。選ばれるものだった。

    俺は、目の前で米が育つのを見て、同じ時間を過ごしてきた。産地のごまかしようのない米が、いつも食卓にあった。

    祖父の「難しいからな」という言葉が、少し遅れて頭の中でかたちをとる。

    白菜は、虫がつく。対策のために薬をまいても、長い栽培期間の間、その追いかけっこを続けることになる。終わりのない鬼ごっこだ。

    対して小松菜は、米の仕事の合間に、隣の畑でいつのまにか育っていた。気づけば収穫の時期となり、食卓に並んでいる。

    勝てない勝負は、しないほうがいい。

    あのとき、別に祖父はそんなことは言わなかった。でも、そういう判断を、黙ってしていたのだと思う。

    かっこいい白菜じゃなく、目立たない小松菜を作ること。続けられるほうを選ぶこと。

    それが、当時の俺には見えていなかった。


    祖父は、年を取って、体を壊した。畑に出る時間が減り、農小屋も、次第に使われなくなっていった。

    奥に置かれた赤いコンバインは、鍵のかかった農小屋から、もう出てこない。祖父に乗せてもらったあの時間も、そのままそこに残された。

    そのあと……。
    父の代で、田んぼは駐車場になった。

    仕方がなかったのだと思う。
    それもまた、逃げではなく、選択だった。

    でも、子どものころの俺は、そんなふうには考えなかった。
    ただ、なくなった、と思った。変わってしまった、と思った。

    走り続ければ……追いかければいいじゃないかと思った。手放すからなくなったのだと。あきらめたから、失われたのだと。

    * * *

    米袋を手に取ったまま、俺は立ち尽くす。

    高いから、迷っている。それだけじゃない。

    選ぶ、という行為の中で、俺はようやく、祖父や父の立っていた場所に、少しだけ近づいているのかもしれない。

    ああ、と俺は思う。

    祖父の「難しい」は、逃げじゃなかった。
    ちゃんと、選んだ結果の言葉だった。

    米を作る家が当たり前じゃなかったことも、小松菜を作り続けたことも、田んぼを手放した判断も、全部が、時間をかけて、今にさかのぼってきた。

    鬼が追いついてきたんじゃない。ずっと前に置いてきたはずの時間が、静かに、肩に触れただけ。

    母が小松菜を洗う音、畑の匂い、クラスのみんなの靴についた泥。

    俺は米袋を、もう一度棚から取り上げる。
    今度は、戻さずに。

    ふいに、背中に何かが軽く触れる。

    「タッチ。」

    ふと声が聞こえた気がした。でも、前みたいに世界は切り替わらない。
    もう走らなくていい場所で、俺は足を止めていた。



    ※以下の企画に参加させていただきました。


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