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静かな夜、自分の呼吸【創作】

    財布野紐ゆるみ

    午前三時。
    はっと目が覚める。明日の会議の資料...…。

    汗がひとすじ頬を伝い、手で拭いながら、ベッドの中で深く息を吐く。
    ──そうだった。もう必要ない。

    部屋の中には、自分の呼吸と、壁の時計の針の音しかない。
    天井を見つめながら、深く息を吸ってみる。
    肺がいっぱいになって、静かに吐き出す。

    「カチ、カチ」と時を刻む音が、妙に大きく感じられる。

    * * *

    昨日、会社を辞めた。

    ずっと限界だったのに、「大丈夫です」って笑っていた。
    誰も悪くない。むしろ、最後まで気遣ってもらっていた。
    好きな仕事で、やりがいもあったと思う。

    でも、どうしても、自分の中の何かが限界だった。

    この時間までにこれを終わらせて。休憩はこの時間にとって。
    時計に追われる日々。小さなミスも許されないような緊張感。
    そして、電話の音やまわりの雑談、雑務のせわしなさでいつも頭が休まらなかった。

    職場の空気を思い出して、また心臓の音が大きくなるのを感じる。

    もう、こんな深夜に起きていても。
    朝がつらくて起きられなくて、遅刻ギリギリで駆け込んでも。
    誰かに小言を言われることもない。

    でも、なんだか空っぽで、怖くて、寂しい。
    私だけがどうして、って思ってしまう。

    手放したのは、正しかったのかなって。
    つかみ続けて、踏ん張って耐えた方が良かったのかな──って。

    * * *

    時計の針は、容赦なく進んでいく。
    世界は止まらない。私は取り残されたまま。

    でも、ふと思う。

    わたしの呼吸は、止まっていない。
    この音が続いている限り、私はまだ、生きてる。

    それだけで、ほんの少しだけ安心できた。

    退職を決めて、母に電話したとき。
    事情を聞かずに「しばらくゆっくりしな」って言ってくれたことを思い出す。

    立ち上がって、窓を開けると、まだ夜の匂いがする。
    でも、空の端がわずかに明るくなっていた。

    「もうすぐ、朝か。」

    時計は、四時を告げた。

    私はまた深く息を吸い、そっと吐いた。
    そのリズムは、確かに、私自身のものだった。

    すぐに仕事を探すかもしれないし、まだ何もしないかもしれない。
    窮屈な日々から解放され、今この瞬間、やっと自分の呼吸を感じられる。

    それだけで、十分だった。

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