
また、膝で眠ってくれたなら
「泣いたほうが負け」という価値観の刷り込みによって、親の前でも涙を見せたくないような子どもだった。
泣くときはいつも一人。悔しくても我慢して、目に涙をいっぱい貯めて一人で部屋にこもった。
でも、柴犬のももが家に来てからは、ほとんど彼女が涙を受け止めてくれた。
飼い始めたのは小学6年生の時。2つ下の妹とペットショップで見かけた柴犬を一度触らせてほしいと駄々をこねて、家族みんなで抱いたことがきっかけだ。どんなに反対していても、あたたかくて少し震えているその命を抱いてしまったら、飼わないという選択肢は到底できない。妹とわたしの粘り勝ちである。
ももは小さい頃から気高く品のある子で、ごはんにもがっつかないし、お水もあまりこぼさずにゆっくり飲んでいた。誰にでも愛想をふりまくようなタイプではなく、膝にも軽々しく乗ったりしない。撫でてほしくないタイミングだと、深くて長いため息をしたりする。
そして、一度嫌なことをされたら徹底的に嫌う性格でもあった。父は、すよすよと寝ている彼女にちょっかいをかけた一件で、数年間撫でる度に手を噛まれていた。
ももとわたしはどこか似ている。だから、彼女の前では泣いても良いと思っていた。
暗い玄関で、ももはいつも一人で寝ていた。だから都合が良かった。めったに人の膝に乗らないのに、わたしが落ち込んでいるときは膝に顔だけ乗せてくれる。身体を乗せてくれないのは、さすがは気高い柴犬だ。膝に顔を乗せて、また眠る。
返事こそくれないが、何を話しても同じなところが良かった。親には言えないこと、友達にも言えないこと。ももが言葉を喋れるようになったらいいのにと小さい頃は思っていたが、同じ言語を使えなくて良かった。
話が終わるまではずっと膝に顔を乗せ続けてくれた。
大学進学をきっかけにひとり暮らしを始めたことで、ももとは離れ離れになった。
ももがいないと誰に弱音を吐けばいいんだろうと不安だったが、そういえば泣くときはいつも一人だったと思い出した。
しかし久しぶりに一人で泣くと、何が悔しかったのか、悲しかったのかを言葉にする相手がないからか、泣き止むタイミングを見失うようになった。
言いたいことを思いついた順番で話しても、ずっと静かに聞いてくれる存在を対人間で見つけることはかなり難しい。言葉にして涙の貯蔵室を空にできなくなったことで、涙が出るスイッチもおかしくなっていく。
次第に人前でもボロボロと泣くようになった。「泣いたほうが負け」なわたしはどこかに行って、「泣いてからが勝負」という真逆な人間ができあがってしまった。
こんなわたしをももはどう思うのだろうか。「親の前で泣いてたまるか」という負けず嫌いさがあったから、特別な時間があったはずだ。
実家に帰るたびに、ももはどんどん毛が白くなっていく。
一緒の部屋で寝た夜、このまま年をとって、いつか目の前からいなくなってしまう未来を考えて泣いた。
でも、昔みたいに、膝に顔は乗せてくれなかった。
そして、ももは16歳を手前に息を引き取った。15歳になってからほとんど寝ていたから、この日もいつものように眠っているみたいだった。
首の下を撫でる。何も変わっていない、ほわほわの毛だった。
これまでを思い出して涙が出そうになったが、どうしても親の前では泣きたくなかった。たまに帰ってきてかわいがるだけの人間が、ずっとお世話をしていた人の前で泣く資格なんてない。その事実が悔しかった。
悔しくて、悲しくて、トイレで隠れて泣いた。もう玄関で涙を受け止めてくれる存在はいないらしい。
ももの前に戻ると、あの頃、わたしの膝で眠っていたときと同じ顔をしているような気がした。