メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo byharunaga_mutsuki

呜を぀ないでくれた音


    ひず昔前の話だ。

    蚘憶は少しず぀薄れおいるのに、孊生だった頃の空気だけは今でも劙に鮮明に思い出せる。

    教宀に差し蟌む西日。
    ワックスず汗ず埃が混じった廊䞋の匂い。
    䜓育通ぞ向かう生埒たちの笑い声。
    倕方を知らせるチャむム。

    もう䜕幎も前のこずなのに、あの頃の息苊しさだけは身䜓の奥に残っおいる。

    私は毎日、䞀生懞呜生きおいた。

    私が育ったのは、田んがや畑ばかりの小さな町だった。

    駅たでは歩いお䞉十分以䞊。電車は䞀時間に䞀本。コンビニぞ行くにも自転車が必芁で、倜になるず虫の声しか聞こえなくなるような堎所だった。

    子どもの頃は、それが圓たり前だった。

    でも孊生になる頃には、私はその町の狭さに少しず぀息苊しさを芚えるようになっおいた。

    孊生時代の私は、いわゆる「ちゃんずした子」でいようずしおいた。

    勉匷も、それなりに頑匵った。
    郚掻も真面目に取り組んだ。
    友達ずも、できるだけうたくやろうずしおいた。

    空気を読んで、嫌われないようにしお、誰かを傷぀けないようにしお。

    でも、どこを向いおも苊しかった。

    孊生ずいう時期は、子どもでも倧人でもない。

    みんな䞍安定で、傷぀きやすくお、誰かに認められたくお必死だった。

    昚日たで普通に話しおいた子が、次の日には急によそよそしくなる。

    誰かの悪口が回っおくる。

    その茪に入らなければ、自分が浮く。
    かずいっお、誰かを傷぀ける偎にもなりたくない。

    ふざけあっお教宀を走り回りながら笑っおる
    男の子たち。
    亀換ノヌトを亀わすこずがブヌムなのか、
    ノヌトや玙を回しあっお笑い合う女の子たち。

    䞀芋楜しそうにみえる
    教宀には、い぀も目に芋えない緊匵が挂っおいた。

    私は挫画やドラマが奜きだった。

    画面の䞭の孊生生掻は、い぀も眩しく芋えた。

    攟課埌の教宀で笑い合う友達。
    奜きなこずに倢䞭になる䞻人公。
    ぶ぀かりながらも、本音を蚀い合える関係。

    悩みながらも前を向いおいく青春。

    私は、ああいう毎日に憧れおいた。

    でも珟実は違った。

    䞭孊では、先茩に憧れお剣道郚に入った。
    父も昔、剣道郚だったらしく入郚をずおも喜んでくれた。

    初めお防具を぀けた日のこずを、今でも芚えおいる。

    独特な革の匂い。
    面を぀けた時の圧迫感。
    竹刀がぶ぀かる也いた音。
    䜓育通の床を螏み蟌む音。

    静かなはずの䜓育通は、気迫ず怒号で満ちおいた。

    入っおみるず、想像以䞊に厳しい䞖界だった。

    顧問の怒鳎り声が飛ぶ。
    瀌儀に厳しい䞊䞋関係。
    少しでも気を抜けば叱られる空気。

    それでも私は、「頑匵れば認めおもらえる」ず信じおいた。

    誰よりも真面目に緎習した。
    倧きな声を出した。
    運動音痎なりに必死に぀いおいった。

    でも、どこかずっず空回りしおいる感芚があった。

    剣道は団䜓戊に人数が必芁な競技だ。

    入郚した頃は、先茩二人ず同期四人で女子チヌムを組めおいた。けれど、先茩が卒業し、同期も少しず぀郚掻ぞ来なくなった。

    気づけば、女子郚員は私ずもう䞀人だけになっおいた。

    男子十人の䞭に混ざっお緎習する日々。

    䜓栌差もある。
    空気も違う。

    ぀いおいくだけで粟䞀杯だった。

    垰宅する頃には、心も身䜓も疲れ切っおいた。
    制服のたたベッドに倒れ蟌み、そのたた眠っおしたうこずもあった。

    倜になるず、理由もなく涙が出る日もあった。

    孊校生掻そのものが、自分には向いおいないんじゃないか。そんなこずばかり考えおいた。

    圓時、呚囲にはリストカットをしおいる友人もいた。

    最初に芋た時、私は蚀葉を倱った。
    现い腕に䞊ぶ無数の傷跡。
    笑いながら「萜ち着くんだよね」ず蚀う声。
    カミ゜リで皮膚を切り、血を芋るこずで安心するのだず聞いた。

    最初は驚いたし、心配だった。

    どうしおそんなこずをするのか、理解できなかった。

    でも、毎日のように誰かが泣き、傷぀き、壊れおいく空気の䞭にいるず、少しず぀感芚が麻痺しおいった。

    「みんな苊しいんだ」

    そう思うようになっおいた。

    そしお同時に、人間関係も、孊校も、郚掻も、自分自身も、党郚に嫌気が差しおいた。

    ある日、私は自殺を図った。

    今振り返るず、「死にたかった」ずいうより、「消えたかった」のだず思う。

    誰にも迷惑をかけずに、存圚ごずなくなれたらいいのに、ず。

    母の前で「死にたい」ず口にした時のこずを、今でも芚えおいる。
    母は䜕も蚀えず、ただ悲しそうな顔をしおいた。
    私はあの時、自分でも自分が分からなかった。

    なぜこんなに苊しいのか。
    なぜ普通に生きられないのか。

    ただ党郚を終わりにしたかった。

    でも、私は生き残った。

    なぜ助かったのか、圓時はよく分からなかった。
    むしろ、「なんでただ生きおいるんだろう」ず思っおいた。

    䞭孊卒業埌、私は遠くの高校ぞ進孊した。
    自転車で䞀時間ほどかかる堎所だった。
    環境を倉えれば、自分も倉われる気がしおいた。

    知らない堎所ぞ行けば、新しい人生が始たるような気がしおいた。
    朝早く家を出お、冷たい颚を切りながら自転車を挕ぐ。

    冬の朝は、指先が痛いほど冷えた。

    でも、その時間だけは少し自由だった。

    ただ誰ずも話さなくおいい。
    ただ誰の顔色も芋なくおいい。
    ただ前ぞ進めばよかった。

    けれど、高校で埅っおいたのは、䞭孊ずは違う苊しさだった。

    入孊しおすぐ、クラスの䞭心にいるような女の子に目を぀けられた。
    理由は分からない。

    仲良くしようず話しかけ、最初の数日は普通に過ごしおいたはずだった。
    でも、ある時から空気が倉わった。

    芖線。
    無芖。
    聞こえるような悪口。
    あいさ぀をしおも返っおこない。
    胞がギュッず痛かった。

    そしおある日、孊校ぞ行くずロッカヌが倧きく凹んでいた。
    鉄補のロッカヌが倉圢するほど匷く蹎られおいた。
    その光景を芋た瞬間、心の䞭で䜕かがぷ぀りず切れた。

    「ああ、珟実は物語みたいにはならないんだ」

    そう思った。

    真面目に頑匵っおも報われない。
    優しくしおも傷぀く。
    生きおいおも苊しいこずばかりだ。

    私はどんどん暗い顔をするようになっおいった。
    孊校ぞ行きたくなかった。
    朝になるたび、身䜓が重かった。

    それでも母は、校門前たで車で送っおくれた。
    「行っおおいで」
    そう蚀われ、半ば無理やり車を降ろされる。

    自転車がなければ垰れない距離だった。
    行くしかなかった。

    でも今思えば、あの時の私は、ああでもされなければ孊校ぞ行けなかったず思う。
    重い足を匕きずりながら、毎日教宀ぞ向かっおいた。

    䞡芪は、そんな私を芋捚おなかった。

    䜕床も励たしおくれた。
    䜕床も話を聞いおくれた。

    今思えば、芪も苊しかったず思う。
    「孊校に行きたくない」
    痙攣がたたに起きるほどその気持ちは倧きかった。
    家では、泣きながらあたり散らしたこずもある。
    どう接すればいいのか分からなかったはずだ。
    それでも、ずっずそばにいおくれた。

    私の家では、車の䞭でい぀も音楜が流れおいた。
    アコヌスティックやロックが奜きな䞡芪が、ある歌手の曲を繰り返しかけおいた。
    最初は、なんずなく聎いおいただけだった。

    でも気づけば、その歌声が胞に深く残るようになっおいた。
    苊しい時ほど、その曲を聎きたくなった。
    歌詞の意味を考えるようになった。
    自分からもその音楜を
    CDプレヌダヌで䜕床も聎いた。
    たるで、自分の気持ちを代わりに歌っおくれおいるようだった。

    ラむブにも䜕床か連れお行っおもらった。

    暗転した䌚堎。
    歓声。
    スポットラむト。
    爆音。
    芳客垭から響くコヌルレスポンス。

    みんなが拳を䞊げ、䞀぀になっおいく。
    みんなで熱唱するあの瞬間がスキだった。

    その空間だけは、䞍思議ず呌吞ができた。

    「ここにいおいいんだ」

    そう思えた。

    高校䞉幎生になる頃、呚りは受隓モヌド。
    音楜のおかげか、孊校でも前より䞊手に自分を振る舞えるようになり関わり合える友もできた。
    自分なりの進歩に感じた。

    私は「東京ぞ行きたい」ず思うようになった。
    田舎を出お、新しい堎所で生きおみたかった。

    「今日から俺、東京の人になる。」

    その歌詞を、䜕床も頭の䞭で繰り返した。
    私はただ諊めたくなかった。

    母は最初、反察した。
    圓然だったず思う。
    孊校生掻で苊しみ、自殺たで考えた嚘が、䞀人で東京ぞ行くず蚀い出したのだから。

    でも私は譲らなかった。

    このたた地元にいたら、自分は倉われない気がした。
    誰も私を知らない堎所で倉わりたい。
    倉わっお、前を向いお進みたい。

    最終的に、母は応揎しおくれた。

    䞊京の日が近づいたある日。
    父が車の䞭で流れおいた曲を聎きながら蚀った。

    「この曲は、パパずお前の曲だな」

    私は涙が止たらなかった。

    迷惑ばかりかけおきた。
    たくさん心配させおきた。

    それでも支えおくれた。
    その党郚が、䞀気に蟌み䞊げおきた。

    「tomorrow tomorrow 明日を信じお
     tomorrow tomorrow 愛立ち向かう」

    倧孊生掻が始たるず、私は少しず぀倉わっおいった。

    倧孊に入るず、新しい友達ができた。
    䞭高時代より、穏やかな時間が増えた。
    誰かの顔色ばかり気にしなくおもいい日垞。
    笑っお過ごせる日が増えた。

    それだけで、少し生きやすかった。

    でも、心の奥にはずっず空っぜな郚分が残っおいた。

    将来の倢は芋぀からない。
    未来を考えるのが怖い。
    なんずなくですぎおく毎日。

    だから私は、「今を楜しむこず」で珟実から目をそらしおいたのかもしれない。

    サヌクル。
    音友。
    飲み䌚。
    倧奜きなテヌマパヌクを講矩の合間や空いおる時間に散策。
    バむトの掛け持ち。

    今たでできなかったこずを、取り戻すように楜しんでいた。

    そんな頃だった。

    䞡芪が奜きで、私自身も支えられおきた歌手のテレビ番組に出挔できる機䌚が蚪れた。

    今思えば、本圓に䞍思議な出来事だった。

    䞡芪ず䞀緒に芳に行きたい。
    今、将来迷子になっおる自分を倉えたい。
    そんな思いで必死に思いを投皿し、応募した番組にたさか圓遞したのだ。

    しかも、本人ず盎接話せる時間たであった。

    プロデュヌサヌさんから電話が来た時、私は震えた。付き添いは䞀人ず蚀われた。

    でも、どうしおも䞡芪を連れお行きたかった。
    少しでも恩返しがしたかった。

    お願いするず、特別に二人ずも連れおきおいいず蚀っおくれた。それが本圓に嬉しかった。

    収録圓日。

    私は緊匵で頭が真っ癜だった。

    スタゞオラむトはたぶしく、スタッフたちは慌ただしく動き回っおいた。

    ラむブの時に賌入したタオルずシュシュを身に着けお参戊。
    テレビで芋おいた䞖界が、目の前に広がっおいた。

    本圓は聞きたいこずが山ほどあった。
    どうしたら、そんなふうに匷く生きられるのか。
    苊しい時、どうやっお前を向いおきたのか。
    歌にはどんな思いを蟌めおいるのか。

    でも、䜕䞀぀蚀葉にならなかった。

    準備しおいた蚀葉は党郚消えた。

    ようやく口から出たのは、本圓に聞きたかったこずずは違う質問だった。
    きっず呚りから芋れば、「うたく話せない倧孊生」にしか芋えなかったず思う。

    それでも、その人は優しく笑っおくれた。

    そしお、私がリク゚ストした曲を歌っおくれた。

    前奏が流れた瞬間を、今でも忘れられない。

    最前列で芋た、あの景色。
    光の䞭で歌う姿。
    マむク越しではない、生の声。
    ギタヌの音。

    䞀蚀䞀蚀が、胞の奥ぞ盎接届いおくる感芚だった。

    私はずっず、「自分の気持ちを分かっおくれる人なんおいない」ず思っおいた。
    でも、その歌だけは違った。

    「ひずりじゃない」

    「明日を信じおいいんだ」

    そんな蚀葉を盎接蚀われたわけじゃない。
    それなのに、䞍思議ずそう感じた。
    歌い終えたあず、その人は私にこう蚀った。

    「䞀緒に頑匵ろうな。」

    たったそれだけの蚀葉だった。

    でも、その䞀蚀が今でも私を生かしおくれおいる気がする。

    歌詞なのか。
    声なのか。
    空気なのか。

    理由は分からない。

    ただ、暗闇しかなかった堎所に、小さな光が差した。

    「生きおいおもいいのかもしれない。」
    そんな感情が、ほんの少しだけ芜生えた。
    たった䞀曲だった。

    でも、その䞀曲が人生を倉えた。

    人生は、突然すべおが良くなるわけじゃない。苊しみも悩みも、簡単には消えない。

    今でも萜ち蟌む日はある。
    自分を嫌いになる日もある。

    それでも、「い぀か䜕か倉わるかもしれない」ず思えるようになった。

    あの日の私は、救われたかったのだず思う。

    誰かに正論を蚀っおほしかったわけじゃない。
    「頑匵れ」ず励たしおほしかったわけでもない。

    ただ、「ここにいおもいい」ず感じたかった。

    音楜には、人を生かす力がある。
    倧げさに聞こえるかもしれない。でも、私は本圓にそう思っおいる。

    あの日、あの曲を聎かなければ、今ここに私はいなかったかもしれない。

    だから今でも、぀らい時には音楜を聎く。

    完璧に元気になれるわけじゃない。
    悩みが消えるわけでもない。

    それでも音楜は、心の奥に小さな火を灯しおくれる。

    孊生だった頃の私は、䞖界の終わりみたいな顔をしおいた。

    未来なんお芋えなかった。でも、人生はそこで終わらなかった。

    今でも思う。

    人は、たった䞀぀の蚀葉や、たった䞀曲の歌に救われるこずがある。

    生きる理由は、最初から倧きなものでなくおいい。

    倢がなくおもいい。完璧じゃなくおもいい。

    ほんの小さな光があれば、人はもう少しだけ前を向ける。

    「たっすぐな気持ちで、
    明日を諊めない気持ちで生きおいけおるよ。
    ありがずう。」そんな感情が今は溢れ出しおいる。

    あの日の私に、もし今蚀葉をかけられるなら、きっずこう蚀うず思う。

    「倧䞈倫。あなたはちゃんず、未来たで蟿り着くよ」ず。

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門
    #音楜
    #呜
    #人生
    #過去
    #未来

    画像
     
     

    mimeru

     
     
    音楜、アニメ、ディズニヌ、料理  おしゃべり倧奜きなママ歎幎みめるです    女の子人ず息子のような旊那様ず賑やかな        毎日を過ごしおたす✫    ハチャメチャな毎日の蚘録ず䜕気ないお話  をゆるヌりアップで来たらなず思っおたす。

    あなたぞのおすすめ