
タバコの煙に救われて
※この文章は喫煙に関するものですが、筆者が喫煙を他者に推奨する意図で書いたものではありません。また、20歳未満の喫煙は法律で禁止されています。
これは、私のゆるやかな自殺。
4月某日、午前10時。
春というには暖かすぎる日差しに揺り起こされて、私はゆっくりと目を開ける。
目覚ましも鳴らず、携帯に通知も来ない。急かされる用事もなければ、朝食ができたと呼ばれることもない。
まどろむ目をこすりながら携帯を手に取り、昨日聴きながら寝落ちしていたラジオの画面を閉じる。SNSを開くと友人はもう大学に行っていた。毎日通っているカフェの投稿で開店を知り、身体を起こす。
コップ一杯の水を飲んで、キッチンの換気扇をつけると、革のシガレットケースからタバコを一本抜き出し、ライターで火をつけた。
タバコを口につけ、深く吸って口腔内に煙を溜める。鼻から息を吸ってその煙を肺へと吸い込み、細く、長く煙を吐く。
今日は何もすることがない。いや、今日「も」何もすることがない。
キッチンには先日友人たちと宅飲みした時のピザの空き箱と、酒瓶が4本置いてあった。
ゴミの回収日は月曜日と水曜日、資源ごみの回収日は土曜日のみ。今日は木曜日。あと5日間はこの子たちと共同生活である。まあ、私が次の月曜日に起きれなければもっと長い付き合いになるのだけれど。
髙橋あや。21歳。
通信制大学に通いながら、小さなスーパーでアルバイトをしている。
5年前に精神を病み、1年前から心身の自立のために一人暮らしを始めた。もっとも、親の強い希望で実家からは1キロほどしか離れておらず、金銭面でも頼りきりなのだが、周りに人がいないという環境は私にとても合っていて、なんだか以前より深く呼吸ができる気がしている。
駅から徒歩15分ほどの閑静な住宅街に佇むアパートの3階は、南向きで日差しをよく取り込んでくれる。夏は、身体が焼けこげるのではないかという思いで目覚めるものの、陽の光はやはり心の健康にいいらしく、住み始めてからだいぶ気分は良くなった。
気分が良くなった、の定義は難しいけれど、簡単に言ってしまえば、「死にたい」と思わなくなった。
16歳で精神を病んだ時、私はとにかくずっと死にたかった。何が理由かもわからない。論理的思考を意識している私が、初めて論理的に説明できなかった。
とにかく、この世からいなくなりたかった。でも、この世からいなくなることはダメだとわかっていた。自分で自分を殺すことは、すごく愚かな行為だと思っていた。それでも、死にたかった。とにかく、「死」というものに関して強い憧れを持ち、羨望していた。
一人暮らしをしてしばらく経った頃、友人が家に遊びに来た。彼女は鞄から電子タバコを取り出し、「吸っていい?」と聞いた。
私はタバコのことを煙が出ることくらいしか知らなかったので「窓際でなら」と答えた。彼女はスティックを指して先端を噛むと、窓を開けて夕陽を見つめながらタバコを吸い始めた。
「ねえ、タバコってどんな味なの。」
私は彼女の横に座りながら聞いた。
「あやは吸ったことないんだっけ。」
私は頷いた。
「あんまりいいもんでもないよ、吸わない方がいい。」
彼女は煙を吐きながら言った。
「一口ちょーだいよ。」
冗談半分で彼女に言った。
彼女は私に電子タバコを手渡してきた。
恐る恐る口をつけ、少しだけ吸った途端、メンソールの清涼感と、それに似つかわしくないぬるい煙が口の中に流れ込んで、思わずむせてしまった。
「ほら、言ったじゃん。いいもんでもないでしょ。」
彼女はそう言って私の手から端末を取った。
私にはタバコは難しそうだ、と思いながら喉に残る強いメンソールで咳き込み続ける私を見て、彼女は大笑いしていた。
それが、私とタバコとの出会いだった。
1年前、あれは春だった気もするし、秋だった気もする。とにかく暑くも寒くもない気温だった。私の寝ている横で、男が寝ていた。私のシャンプーの香りがして、私の服を着ている。私のことをもっと知りたいとキスをしてきた時から、あまり記憶がなかった。
私の中の防衛本能が、揉み消したのかも知れない。
その1ヶ月後、その男には恋人がいて、私を騙していたと知った。
その事実を知った時、「死のう」と思った。
死んだらこのことを忘れられる、と。
汚れた身体も全部燃えて、跡形もなく消えたい、と。
しかし私はわかっていた。死んではいけない理由も、その男のために死んだとて、何も意味がないことも。
私の心臓に強く植え付けられている死への羨望は、何かの拍子で大きく膨らんでしまう。
私は、このままころっと死んでしまうことが怖くなった。
気づけば友人に電話をかけていた。
私がタバコでむせて大笑いしていた、彼女に。
「ねえ、タバコってどれ買えばいいのかな。」
彼女は驚いていた。無理もないだろう。
私は彼女に話を聞きながら、電子タバコの端末を買い、帰り際にコンビニでスティックを買った。独特な清涼感が苦手なのかも、と思い、メンソールではないもの(後にレギュラーということを知る)を買ってみた。
家の扉を開け、箱を開けて端末にスティックを挿した。端末が振動するまで、鼓動はどんどん速くなった。
加熱が完了して、スティックに口をつける。
むせた。
インターネットで慌てて正しい吸い方を調べる。変なところが真面目だ、と思いながらも、数回吸うと慣れてきた。
「身体に悪いことをしている」
そう思いながら吸った。
「自分を傷つけている。」
そう思いながら吐いた。
私は、救われた気がした。
その後何回か銘柄を変えたが、最終的に「かっこいいから」というなんとも安直かつダサい理由で紙タバコを吸うようになった。
ウィンストンキャスターホワイトの5ミリ。今でもカバンに常に入っている。
タバコを吸い始めると、死にたいと思うことが減った。
吸っている間は、とてつもなく遠くにある死に向かって、私が憧れてやまない死に向かって、高速道路を使っている気持ちになる。
「人はいつか死ぬのだから。」
私はタバコを吸っている間だけそう思えていた。
タバコを吸っている間は、懸命に生きることを諦められる気がした。
だからこそ前向きになれたと思う。
いつでも死に向かえる切符を手に入れたからこそ、生きている時間も輪郭を帯びてきた。
緩やかな自傷、緩やかな自殺。
私が生きるための、緩やかな。