
【徒然なるままに】灯火を絶やさずにいたい。
愛犬みるくが旅立って1週間経ちました。
17歳と6ヶ月という命。
平均寿命以上に生きることができたので
「長生きした」といえるし
自宅で家族が看取ることができて
「天寿を全うした」ともいえるのでしょう。
常に介助が必要とはいえ
亡くなる2日前まで食事ができて
震える足で懸命に立ち
自力で排泄もできましたから。
近年、その日がやって来ることは
覚悟をしていた毎日でしたが
亡くなる前日に
少しも立てなくなったことから
突然のことのようにも感じられました。
“あぁ、遂にお別れの日がやってくるのね”
もう少し、大丈夫なんじゃないか
という淡い期待。
あと少し、頑張って
という自分本位なエゴ。
待って、まだ行かないで
という縋るような想い。
1週間ほど前の私は
いろんなものにかき混ぜられつつ
生きていました。
そんな私を優しく置いていくかのように
静かに静かに
ろうそくの炎が少しずつ小さくなり
そよぐ風の中で、ふっと消えるみたいに
いなくなってしまいました。
まだまだ生きてくれるかもしれないと
希望を捨てずにいたので
トイレシートや新しいシリンジ、
よく食べていたご飯や
食欲不振の際にあげられる介護食を
ネットで購入していました。
亡くなった翌日にそれ等は家に届けられ
目的を失った段ボールが
悲しげに玄関で佇んでいるみたいです。
今はまだ
両手のひらにのる程の小さな骨壷と共に
暮らしています。
感情の整理がつくには時間が足りません。
みるちゃん…
“おはよう”と“おやすみ”だけは
毎日伝えさせてね。
性懲りも無く溢れる涙は
いつかケジメがつくその日まで
存分に流したいと思います。
そう書くと
皆さんに心配されちゃうかもしれませんね。
泣く時は嗚咽するほどに泣いてしまうけれど
「今日はもう泣かないぞ!」と
スイッチを入れてからは
私なりにしっかりと、その日を生きています。
今は
彼女を愛した分だけ、溢れるものを流したい
そんな風に思いながら
家の中を掃除したり…
野菜を刻んだりして…
いろんなものを
なんとか整えようとする毎日です。
わけもなく
今の私の中に流れている曲がこちら↓
Uru『プロローグ』
切ない歌詞から
恋愛要素の多い曲に聴こえがちですが
今の私には
もう会えないみるくを求めずにはいられない
そんな想いに通ずる気がしてなりません。
音楽って
自分が置かれている環境によって
聴こえ方が変わるから不思議ですよね。
(各々、都合よく解釈しているのでしょう)
今はまだ
どうしてもみるくを探してしまうけれど…
どんなに淋しくてもここから始まるのだと
感じさせてくれる曲のように感じています。
こうして文字を連ねながら
今日も充分泣いたので
ここまでにしたいと思います(笑)

最後までお読みいただきありがとうございます。
ではまたね。