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Photo byenjoy_food_310

ひきこもりだった私が3年間、いちご仙人に弟子入りした話

    私は3年前、ひきこもりだった。
    そして、3年前の嵐の日、私はいちご仙人に出会った。



    1,ひきこもり、いちご仙人に出会う


    3年前の嵐の日、ひきこもりの私は、仙人(いちご仙人)と対峙していた。

    私は、目の前の現実(仙人)をどう受け入れればいいのか、分からず、フリーズ。

    外は、どしゃぶりの雨。
    台風レベルの強風で、プレハブの事務所は、時折、揺れる。
    『ドーン』
    まばゆい光のあとに雷鳴が、鳴り響いた。

    この天変地異の日に、私は、人生の転機を
    迎えていた。
    もしかしたら、神さまは祝福してくれていないのかもしれないと、心のどこかで思った。

    どうして、こんなことに…

    時は、1週間前にさかのぼる。

    「ねえ、体力づくりのために、農家さんの手伝いをしない?」
    仕事から帰ってきた母は、うれしそうに
    いった。

    高齢のいちご農家さんが手が足らなくて、
    困っていると聞いたらしい。

    「うーん…」
    私は、yesでもnoでもない返事をした。

    私は、ひきこもりだった。

    元々、虚弱体質だったが、ストレスで、持病が悪化。
    起き上がることも、ごはんを食べることさえも、ままならぬ状態に。
    そこへ、人間不信もあいまって、完全に家に閉じこもってしまった。

    一体、一日何をしていたのだろう…


    今、思い出そうとしても、まったく記憶がない。
    それくらい、無気力で、抜け殻で、生きて
    いるのに死んでいるような状態だった。

    「会うだけ、会ってみようよ!」
    誰よりも、私のことを心配してくれる母。

    このままではいけないと、分かっていた。
    なにか変わるきっかけが欲しかったのかもしれない。

    「会うだけなら…行ってみようかな…」
    いつもだったら、絶対にしない返事をしてしまった。
    そして、冒頭に戻る。


    事務所の扉を開けた瞬間、私は固まった。

    せ、仙人がいた…

    つるぴかの頭に、鋭い眼光。
    そして、真っ白で長ーいひげ。
    ゆっくりとした動作で、右手で長いひげを
    なでている。
    ソファにどっしりと座り、こちらを見て
    いる…
    隣には、おばあちゃんがニコニコと座って
    いた。

    どこから、どう見ても、誰が見ても、仙人だ!


    ひきこもっていて知らなかっただけで、現代の日本には、仙人が生息しているのか…

    びっくりして、思考までおかしくなってしまった。

    目を見開いたまま、動かない私に気づいたのか、仙人はいった。

    「はっはっはっ、どうも仙人です。みんなから、そう呼ばれとります」

    い、いま、仙人っていった…


    本人がいうんだから、間違いない!


    やっぱり、仙人なんだ!!


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    サングラスをしている仙人
    たぶん、二度見、いや、三度見はすると思う



    2,ひきこもり、意図せず、いちご仙人の弟子になる


    「はい、どうぞ」

    おばあちゃんがコーヒーを出してくれた。
    コーヒーは苦手だが、仙人の手前、飲むしかない。
    飲まないと、あの鋭い眼光で、射貫かれそうだ!
    コーヒーをぐっと流し込む。

    「それで、あなたがいちご農家になりたい、緑野さんかね」
    仙人の言葉に、私は耳を疑った。

    今、なんと、おっしゃいましたか?
    いちご農家になりたい? 
    私が?
    全く、話が違う…
    どうしてそうなった、母よ!!

    全力で首を横に振りたかったのだが、仙人の目力が怖すぎて、彫刻のように首が動かない。

    「どうして、うちの農園を選んでくれたのかね?」
    どんどん話が進んでいく。

    まずいぞ、これは非常にまずい!

    ひきこもっていて、まともに動かしていな
    かった頭をフル回転させて、考えた。
    考えて、考えて、ひねり出した答えがこちら。

    「ここのいちごが一番おいしかったからです…」

    完全に、間違えている…

    実は、仙人が作ったいちごを食べたことが
    あったのだ。
    今まで食べたどんないちごよりも、甘くて、元気が湧き出てくる気がした。
    いちご一粒に、こんな力があるのかと驚いた。

    仙人は、ニヤリと口の端をあげて、そっぽを向いた。
    どうやら、うれしかったようだ。
    後から知ったが、仙人は甘いいちごを作ることに、心血を注いでいたのだ。

    だから、このとき、私は、仙人に気に入られてしまった。

    「来週から、よろしく。わしのことは、おじいちゃんと思ってくれ。
    わしらも、ふうちゃんと呼んで、孫のように接するからの」

    なんてこった…

    私は、意図せず、いちご仙人に弟子入りしてしまったらしい。

    ただ、農家の手伝いに来ただけなのに…

    それから、2日間、罪悪感とコーヒーに胃をやられ、ごはんがのどを通らなかった。


    3, 弟子入り1日目、さっそくやらかす


    弟子入り1日目。

    母に、励まされながら、渋々、農園へ向かうが、つい先日まで、ペーパードライバーだった私。
    さっそく、とんでもない事件を起こしてしまう。

    事務所の前には、プランターがたくさん並んでいる。
    これらは、全部おばあちゃんのコレクションの花たちだ。

    駐車場へ乗り入れたとき、『ザリザリザリ…』という不自然な音が聞こえた。

    全身から、冷や汗が噴き出す。

    どうか、聞き間違いであってくれ!

    急いで、車から降り、事件現場へ。

    そして、希望は打ち砕かれた…

    なんと、車のタイヤが、プランターの前面
    だけをこすり、前面のみ、粉々になっていたのだ。
    奇跡的に、土は崩れることなく、プランターの形を保っている。
    何かの植物の白い根っこが、丸見えだ。

    不器用な私にしては、なんて、器用に破壊したのだろう!


    その芸術的な、破壊に一人で静かに感心していたのだが、それどころではない。

    あの恐ろしい仙人に殺されるかもしれない…

    いや、実は、あのニコニコばあちゃんの方が、恐ろしいんじゃないか?

    やるべきことは、ただ一つ。

    「スミマセンデシタッ!」
    平謝りである。

    仙人は、前面のみ破壊されたプランターを見た。
    弟子入り初日からの失態、のはずだが…

    「ええよ!」
    仙人は、にやりと笑った。

    おばあちゃんにも、平謝り。
    「ええよ!」
    おばあちゃんは、ニコッと笑った。

    二人は、似た者同士らしい。

    「新しいプランターを買ってきます!
    ちゃんと、きれいに植え替えますね」
    というと、
    「そんなん、ええ!」
    といって、仙人は、プランターを反転させた。
    前面の粉々は後ろに隠れ、きれいな後ろ面が前にやってきた。

    どこからどう見ても、きれいなプランターが、そこにあった。

    「ほら、壊れてない」

    二人の懐の深さに、驚いた。

    大切なはずの、タマスダレの球根の植わったプランター。
    人間不信で、ひきこもりのガチガチに固まった心の中で、小さく「コトリ」と音がした。

    3年たった今でも、プランターは壊れたままで、それでも毎年、タマスダレの花が咲く。

    可憐な白い花は、あのときの「コトリ」を思い出させてくれる。


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    プランターを破壊されても、けなげに咲く
    タマスダレ


    さて、いちごというと、いちご狩りを思い浮かべるだろう。
    ずらーっと、赤くてピカピカのいちごが実り、採ってはパクリ。採ってはパクリ。

    けれども、ここにたどりつくまでに、こんなに大変なんて、思いもしなかった。

    いちご農家は、一年中仕事がある。
    春は、収穫。
    夏は、苗づくり。
    秋は、土づくりなどの準備に、苗植え。
    冬は、おいしいいちごを実らせるために、
    わが子のようにお世話をする。

    最近は、夏が長く、酷暑である。
    夏を迎えるたびに、私は、たぶん寿命が1年ずつ、減っている。

    弟子入り初日の作業は、苗づくりだった。
    仙人とおばあちゃんが、それぞれ教えてくれるのだが、それぞれやり方が違う。

    「ふうちゃんが、混乱するじゃろ!」
    「あんたのゆうことは、なんも分からん!」

    初日から、仙人とおばあちゃんの夫婦ゲンカ。
    ただならぬ空気に一人、アワアワする、
    ひきこもり…。

    結局、おばあちゃんが満面の笑みで、教えてくれることになった。
    仙人は、しょんぼり肩を落として、遠くへ行ってしまった。

    私は、大変、申し訳ない気持ちで、いっぱいになった。

    夫婦ゲンカはたびたび発生し、私は毎度、
    巻き込まれることになる。


    4,仙人VSおばあちゃん、そして、巻き込まれるひきこもり


    夫婦ゲンカで思い起こされるのは、大きいもので2つある。

    1つ目は、謎の実事件である。

    まだ、弟子入りまもなくの頃。

    農園には、グミの木がある。
    初夏になると、オレンジ色のグミの実がサクランボのように、たわわに実る。
    「食べてみんさい」
    おばあちゃんが、グミを一つ、採ってくれた。
    とっても酸っぱいが、きっとこれが自然の味なのだろう。

    「おいしいです」
    と、答えると、

    「そうかね」
    おばあちゃんは、うれしかったようで、両手いっぱいにグミをくれた。

    その日から大量にグミの実をもらうようになった。

    どうやら、おばあちゃんの中で、私は
    『なんか、実が好きな子』という不思議な
    認識が生まれた。
    それ以来、桑の実やイチジクなど、たくさんの実をいただいた。

    そして、謎の実事件が起こる。

    その日、私はおなかの調子が悪かった。
    「おはようございます」
    と、事務所に顔を出すと、おばあちゃんが、顔をパッと輝かせた。

    「ねえねえ、これ、食べてみて」
    おばあちゃんは、丸くて赤い実を差し出した。
    「これ、何ですか?」
    と、何度尋ねても、おばあちゃんは
    「いいから、いいから」と、何の実か答えてくれない。

    ころんと、手の上で転がる謎の実。
    そして、期待に満ちたおばあちゃんの瞳。

    もう、これは食べるしかない。

    えいっと、口にいれてその実を噛んだ瞬間、すさまじい酸味が口中に広がる。

    「すっぱっ」

    とにかく、すっぱい。

    なんだこれ⁉

    おばあちゃんは、私の様子を見て、にやりと笑っている。

    どうにか飲みこんだが、そのあと、おなかの調子が悪くなり、トイレへ駆け込むこととなる。
    私がおなかの調子が良くなかったことを知らない仙人は、おばあちゃんに激怒。

    「ふうちゃんに、変なもの食わすな!」

    おばあちゃんは、シュンとしたものの、二人で言い合っている。
    このケンカは、冷戦状態となって、3日ほど続いた。

    それから、二人の中で私は

    『たった一つの実でおなかを壊すような、ひどく体が弱い人間』

    となった。
    私が電話をすると、開口一番
    「風邪ひいた?おなか壊した?」
    と聞くくらいだ。

    いまだに、あの実が何だったのか、分からないままである。


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    謎の実を思い出す、今日このごろ


    2つ目は、スットライキ事件である。

    暑さも和らぎ、さわやかな風が吹く秋。

    事務所を訪れると、仙人の姿はなかった。
    いつもは、二人仲良くソファに座っているというのに…

    私に気づいたおばあちゃんは、こういった。

    「わたし、今日、スットライキ起こします」

    もう嫌な予感しかしない。
    おばあちゃんは、買い込んだまんじゅうを
    頬張りながら、毅然とした表情で、テレビを見ていた。

    私は、仙人の下へ向かう。
    仙人の農園は、棚田のようになっている。
    4段あり、それぞれにビニールハウスが建っている。
    一番上の事務所から、一番下のビニールハウスに行くには、結構きつい坂を下りなければならない。

    「おはようございます。今日は、何をしましょうか?」
    仙人に尋ねた。

    「おお、ふうちゃん。悪いが、ばあさんに聞いてくれんかの?」
    目が笑っていない仙人にいわれ、
    結構きつい坂を上る。

    おばあちゃんに伝えると、
    「はあ⁉ わたしゃ、スットライキ起こしとるのに、何を言っとるんじゃ。
    まったく、年を取るのはいやだねえ。
    じいさんに、聞いとくれ」

    ため息交じりにいわれ、また、一番下のビニールハウスへ、結構きつい坂を下りる。

    「うーん、ばあさんに聞かんと、分からん。
    もう一度、聞いてきてくれ」
    またまた、結構きつい坂を上る。

    正直、しんどいし、なぜか後ろから仙人が
    ついてくる。

    おばあちゃんは、やれやれと、重い腰を上げてくれた。

    「もう、使い物にならんね。あの人は」

    それはたぶん、私のうしろに隠れている仙人に聞こえるように言ったのだと思う。

    仙人は私のうしろに隠れながら、ちらちらと、おばあちゃんを見ている。

    「あの作業をやったら、どうかの?」
    私のうしろで、仙人がいった。

    「ふん、行くよ。ふうちゃん」
    おばあちゃんについていくと、なぜか、
    仙人もついてくる。

    なんなんだ、この二人。

    仙人は、ちらちらと、おばあちゃんを見ながら、私越しにおばあちゃんに話しかけている。

    話すきっかけが欲しかったようだ。

    おばあちゃんは、目を合わせずに、話に付き合っている。

    一体、何をしでかしたんだ、仙人よ!

    なんだか、おかしくなってきた。
    必死に、笑いをこらえる。

    私は、この二人のケンカにいつも、巻き込まれる。
    なんだかんだいって、二人のケンカは面白い。


    5,いちご仙人の生態

    仙人には、いちごとスイカ以外の作物を作る才能が、まるでない。

    失礼な言い方かもしれないが、残念ながら、事実である。

    夏が近づいてくると、
    「よし!今年こそは、いろんな野菜を作るぞ」
    と、意気込む仙人。
    さまざまな夏野菜の苗を買い込み、いろんな人に育てるコツを聞きまくる。

    トマトに枝豆、スイカに落花生、なすにキュウリ、さつまいも…

    土づくりも、水やりも、なにもかも完璧だ!

    私も、作業を手伝う。
    収穫が楽しみすぎる。

    が、なぜか、実ができない。

    なぜか、枯れる。

    枝豆は、豆ができず、巨木へと進化を遂げ、
    ナスは、化石のように立ち枯れ、
    落花生は、驚くほど少量の豆しかできない。
    トマトは、あのピカピカで宝石のような赤い実を見ることなく、
    サツマイモは、座布団ほどの大きな芋がわんさかとれ、全然おいしくない。

    それに比べて、スイカは食べきれないほど、採れるのだ。

    どうしてだろう?

    理由は明確だ。

    『仙人がおばあちゃんに食べさせたいか』

    で、収穫できるかが、決まるからだ。

    おばあちゃんは、甘いものが大好きで、
    いちごも、スイカも、おばあちゃんの大好物である。
    仙人は、この二つの世話は、せっせとする。
    仙人は、おばあちゃんラブで、おばあちゃんの笑顔が大好物なのだ。

    しかし、そのほかの野菜は、そこまで思い
    入れがなく、食べられればいいかなくらいの認識である。
    そうすると、仙人は苗を植えた時点で、頭の中からすっかり忘れてしまう。

    だから、おばあちゃんが
    「あー、ナスが食べたい!おいしいトマトが食べたい!」
    と、熱望すれば、仙人の才能が開花し、
    めちゃうまな夏野菜がわんさか、もう、
    食べきれないほどに、収穫できると思う。


    6,いちご仙人との思い出


    私の記憶に強烈に残っている、出来事がある。

    梅雨のジメジメと、蒸し暑い日のことである。

    仙人がギックリ腰になった。

    原因は、きっとあれだ。
    前日に、自動で水やりをする機械が壊れ、
    何千もある苗に、ひとつずつ、ホースで水をあげていたからだ。

    二時間も、ホースを肩に担ぎ、ちょろちょろと流れる水を、延々と、イチゴの苗のポットに注ぐ。
    仙人の代わりに引き継いだが、気が遠くなる作業である。

    仙人は、事務所のベッドに横になって、うめいている。
    「起こしてくれえ…」
    おばあちゃんに介抱され、やっと、起き上がる。

    「ふうちゃん、いい整形外科を知らんかね」
    最近覚えたスマホで、血まなこになって、
    病院を探している。
    「〇〇整形ですかね?」
    「そうかね」
    せっかく答えたのに、仙人は、気に入らなかったようだ。

    だったら、聞かないでほしい。

    結局、信頼できる知人に聞いた病院に行くことに。

    おばあちゃんが軽トラを出し、仙人が病院へと向かう。

    その姿、まさに珍妙なり。

    物干しざおを杖代わりに、生まれたての小鹿のように、足をプルプルさせて、歩く仙人。

    どうして、あんなに太くて重たいものを、杖にしたのだろう?

    素直な疑問が、頭に浮かぶ。

    仙人は、物干しざおに両手でしがみついて、やっとのことで前に進む。

    「ふうちゃん、ちょっと病院へ行ってくる。一人にさせて、すまんな」

    どうすることもできず、立ち尽くす私に、
    仙人がいった。
    あの姿でも、私を気遣う仙人。

    誰が笑えようか。

    心の底から、この言葉が出た。

    「お気をつけて」

    仙人は振り返らず、右手を挙げた。

    次の日、杖なしで歩いている仙人を発見。
    「治ったんですね!本当によかったです」
    あの姿を見ていたからだろうか?
    喜びもひとしおである。

    「おう!ふうちゃんのおかげじゃ」
    にかっと、仙人が笑った。

    瞬間、私の目は一点に、釘付けになった。

    絶対に、目が釘付けとなっていることを気づかれてしまっては、まずいと、頭の中では、分かっている。
    分かってはいるんだけれども、私の目が、言うことを聞いてくれないんだ!

    せ、せ、仙人の前歯がない!

    どうやら、ぎっくり腰が治って、入れ歯を
    忘れてしまったらしい!

    あんなにうれしそうに笑う仙人に、どうして、伝えられようか。

    いや、伝えられるはずがない。

    ひとまず、私は、ぎっくり腰が治ったことを、目一杯、喜ぶことにした。


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    このカエルを見つけたときくらいの衝撃
    まさに、珍妙なり


    7,仙人流いちごの育て方


    仙人は、毎年、いちごの育て方を忘れる。

    「去年は、こうでしたよね?」
    と、聞くと、

    「はて、わしの記憶には、ないな」
    という。

    そして、次にいうのは、この言葉。

    「いちごに、聞いてみなさい」

    (はて、どうやって?)
    私は、心の中で、つぶやく。

    農業ど素人の私には、さっぱり分からない。

    素直な?私は、
    「いちごたちよ、どうしたんだい?」
    と、何度問うたことであろう…

    やはり、分からない。

    けれども、3年間、毎日いちごと向き合って
    いたら、なんとなく意味が分かってきた。

    葉の色、根の張り具合、気温、陽の光、水の量…

    たくさんの情報があって、いちごは教えて
    くれる。
    しゃべることはないけれど、ほんの少し、
    教えてくれる。

    でも、まだまだ、仙人には、程遠い。

    いちごが伝えたいことの十分の一も、
    分かっていない。

    けれど、仙人は毎年、いちごの育て方を忘れる。
    それ故に、失敗も多い。

    「あー!そうじゃった」
    失敗しては、
    「あんた、何しとるんね!」
    と、最強のおばあちゃんに叱られている。

    仙人から学ぶことは、多い。
    失敗しても、どうにかなるし、育て方を
    忘れても、どうにかなる。

    失敗を怖がりすぎてしまう私にとっては、
    とてもいい(?)見本になっている。


    8,いちご仙人とおばあちゃんと、孫みたいなひきこもり


    この3年間、楽しいことばかりではなかった。
    農業は、力仕事もあるし、泥だらけになったり、虫もいっぱい。
    暑い日も、寒い日も、雨の日も、嵐の日も、毎日、作物優先で動かないといけないので、体力勝負である。

    大変なことは、他にもあった。

    私は、この3年間、お給料をもらっていない。
    正真正銘の手伝いだった。

    この3年間、どこか違うところで働いていたら、どのくらいお金を稼げただろうと思うこともある。
    けれども、3年たった今、通常ならざる状況を通して、見えてきた世界、得られたものがある。


    ある日、私はささいなケガをした。

    本当に小さくて、ちょっと血が出たくらいで、なめときゃ治るくらいのケガ。

    「どうしたんじゃ、それは」
    「ははっ、ちょっとけがしちゃいました~」
    へらへら笑いながら、仙人にいった。

    すると、仙人は血相を変えて、事務所に
    走って行った。
    80代とは思えないくらい、仙人は、
    速かった。
    私は、こんなに俊足なおじいさんを見たことがなかった。
    すぐに、消毒液と、絆創膏を持って帰ってきた。

    「今すぐ、今すぐ、消毒をしないと!」
    「ええっ、そんな。こんな傷、すぐに治りますって」
    断ろうとすると、仙人といっしょに来た
    おばあちゃんが、目を吊り上げた。

    「ふうちゃん、それはいけない。
    この世には、破傷風という恐ろしい病気が
    あるんじゃ!」
    と、仙人。

    「そうよ、そうよ!死んじゃうかもしれないのよ」
    と、おばあちゃん。

    なんだか、大ごとになってきた…!

    このあと、いかに破傷風が恐ろしいのか、
    説教された。
    破傷風とは、傷口から土壌中の菌が、侵入することで起こる感染症である。

    あまりにも、深刻な顔だったので、私は、
    ただうなずくしかなかった。
    私のことを本当に心配してくれているのが、分かったからだ。

    私の心にはやさしく、あたたかなものが流れていた。

    つい最近まで、赤の他人で、全く知らなかった私を、こんなに心配してくれて、真剣に怒ってくれて、毎日、楽しそうに話しかけてくれる。

    今まで、生きてきて、そんな経験はなかった。

    おそらく、お給料をもらっていたら、作られなかった関係だと思う。

    だから、後悔していない。

    きっと私は、かけがえのない、とても貴重な経験をさせてもらっている。

    私だけの、私にしかわからない、言葉にうまく表せないような、でも、表せなくていい、そんな気持ち。

    仙人たちが私を、本当の孫のように思って
    くれていることが、分かった瞬間だった。


    <閑話> おばあちゃんの魔法の言葉


    おばあちゃんは、いつも帰り際に、

    「気いつけて、帰りいね」

    と、声をかけてくれる。

    雨の日も、
    風の日も、
    カンカン照りの日も、
    雪の日も、
    膝が痛いのに、杖をついて、必ず、外へ出てきて、見送ってくれる。

    私はコミュ障で、いつもうまく会話ができなくて、普通の人みたいに、おばあちゃんと話せたら、いいのにと思ったり、

    おばあちゃんと世間話の一つもうまくできない自分を残念に思ったり、

    途切れてしまう会話に、申し訳ないと思っていた。

    けれども、おばあちゃんはそれを咎めることもなく、また、隙間を埋めるようにたくさんしゃべるでもなく、ただ、にっこりと笑っている。

    まるで、しゃべらなくても、ここに居ていいよと、いってくれているようだった。

    黙って、一緒にテレビを見ていたって、
    おばあちゃんは嬉しそうだった。

    インフルエンザで一週間休んだ時には、
    「ふうちゃんが居なくて、さみしかったよ」
    と、言ってくれた。

    私が来ることを、毎日、喜んでくれた。

    「気いつけて、帰りいね」

    この一言が、うれしかった。

    たった一言で、私は見送られて、家に帰って、また明日も、行ってみようかなと思えて、3年間、ほぼ毎日、通えたのだと思う。

    「気いつけて、帰りいね」

    外に出るのを拒絶していた、ひきこもりの私を、外へ連れ出してくれた魔法の言葉なのだ。


    9,ひきこもり、いちご農家になる


    仙人のところへ、お手伝いに来て、3年が
    経とうとしていた。

    私はいまだ、いちご農家になるべきか悩んでいた。
    虚弱体質の私には、体力も、筋力も、気力もない。
    こんな自分で経営が成り立つのか…

    踏ん切りのつかない日が続いた。

    しかし、仙人は、私がいちご農家を継ぐと信じて疑わない。

    ついに、役場で、新しく農業を始める人へ、向けての支援制度について、詳しく話を聞くことになった。

    しかし、その内容は、私には、難しいものであった。

    その支援制度を受けるには、
    農業の専門学校へ、今から、1年間通い、
    それから、2年間、先輩農家のところで、
    修行しなくてはならない。

    私は、目の前が真っ暗になる気がした。

    今までの2年間を白紙にして、仕切り直して、また…3年間…

    正直、考えられない…

    それに、仙人たちも、かなり高齢である。
    だんだんと、できないことが増えていっていることは、明らかだった。

    もう、時間がないのだ!

    今の農業支援は、新しく個人で農業を始めようとする人には、あまりにハードルが高い。
    とてもじゃないけれど、農業は、手を出せないものになっている。

    もう一つの制度も、私一人で行える範囲の
    経営では、利用することができない。

    まったくもって、茨の道。
    やめてしまおうか、ふと思った。
    それがいちばん楽だろう。
    何度も何度も思ったが、そのたびに仙人たちの顔が浮かぶ。
    裏切ってしまう気がして、心がチクリと痛んだ。

    悩む日々。
    以前、仙人に言われたことを思い出した。
    仙人たちは、いちご農家になる前には、土を触ったり、植物を育てるといったことを、
    一度もしたことがなかったそうだ。

    何もわからない状態で、農家になったのだ。

    なにもかもが、0からのスタート。

    60歳をすぎてからの出発は、相当、険しいものだったに違いない。

    だから、この言葉が出たんだと思う。

    「自分の正解を見つけて、それを信じればいいんじゃ」

    これは、おばあちゃんから小言を言われたときの仙人の言い訳なのだが、この言葉は、
    無い無い尽くしの私に刺さった。

    体力もない。
    筋力もない。
    気力もない。
    自信もない。
    支援制度も受けられない。

    農家は、私にいちばん向いていない。

    今だって、暑さでくたばっている。

    でも、なんかくやしい。

    無いなりに、できることはないんだろうか?

    そのとき、いつもなら考えもしないことが、頭の中に、ひらめいた。

    「いちばん自分に向いていないことができたら、私、すごいんじゃない?
    無いなりの正解を見つけたらいいんだ!」

    これを書いている今、私は、仙人の弟子
    3年目を終えようとしている。


    もう、あの頃のひきこもりはいない。


    正直、今でも、「本当に、大丈夫だろうか…」と立ち止まりそうになることもある。

    けれど、やってみようと思う。

    ちょっとくらい、ひきこもりだった自分を
    信じてみようと思う。
    ほんのちょっぴりだけど…

    仙人たちと過ごした3年間が、私にはある。


    このエッセイは、ひきこもりだった私の
    3年間の記録の一部であり、
    これからの自分自身を鼓舞するためのもの。


    これを読むことはないだろうけれど、読んだら、きっと仙人は言うだろう。


    「ええよ!」ってね!


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    きっと、大丈夫!


     
     
    著しくのんびりな生き物兼いちご農家。 ただいま楽しく、おばけエッセイ執筆中!

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