
【創作】雨の日の傘 #拝啓文芸部
「大事な傘なんで、返して下さいね」
そう言って、わたしは赤い傘を背の高い男性に差し出した。手の甲にバタバタと雨が当たり、頭皮に無遠慮に当たる雫がわたしの顔を濡らしていく。それは睫毛を濡らして、目の端を伝い落ちていった。
男性は、振り返ると思ったよりあどけない顔をしていて、高校生くらいに見えた。
「えっ、大丈夫だよ」
と彼は言ったが、わたしは無視をして傘を押し付けた。事情は知らないが、このどしゃぶりの中、水位を増す濁流をぼんやり眺めていた人が大丈夫には思えなかったのだ。
「おばあちゃんからもらった傘なんで」
レインブーツを越えて膝の裏にまで飛沫がかかって濡れたが、かまわず走った。
前髪はべたりと額に張り付き、眼球が濡れて滲みるけどわたしの頬は熱くなっていく。
人に手を貸すって、何だか恥ずかしい。
ずぶ濡れになりながら、わたしは近くのコンビニまで走り続けた。
ほのかちゃんから私を託された青年は、困惑した様子でした。
「川ヤベーと思って、見てただけなんだけどな…」
と苦笑して、青年は私をくるくると回して、傘を留める紐に気が付きました。そこには、ほのかちゃんの祖母の名前が書いてあるのです。
「藤子」
雨の日とかたつむりが好きな、可愛らしいお方でした。
私が藤子ちゃんとの思い出に浸っていると、青年はスマートフォンをポケットから取り出して、歩き始めました。
青年よ、歩きスマホは感心しませんね。
地図を見た所で名前はもう、ありませんよ。
『藤子』で検索しても、出てくるのは有名な音楽家や偉大な漫画家の名前ばかりです。
青年はスマホをブラブラ気まぐれに揺れる紐に向けて、パシャリと1枚、写真を撮っています。画像を確認し、生地に滲んだ油性の文字を見つめて、ややしばらくして青年はその画像を消去していました。
「どうすっかな……」
雨の日でも、晴れの日でもお付き合いいたしましょう。私は束の間の持ち主のために、雨粒を水団子にして、下へと落としてやるのです。カビはイヤなので、帰ったら拭いてくださいね。と、彼の後頭部に声をかけながら。
▲こちらの企画にショートショートで参加しました。
うちの所も雨が続いていますが、雨の日の空も好きなんですよね。濡れるのはいやですが笑
読んでいただき、ありがとうございます🌂