
丁寧な暮らしにひそむ、落とし穴
4月に入ってから、なんだかソワソワし始めました。
農家さんのところで筍の水煮を買い、土鍋で炊き込みご飯に、次は天ぷらにする。美味しすぎて毎シーズン、それを3周。
そうこうするうちに、5月の梅仕事が頭をよぎります。
昔から、丁寧な暮らしが好きです。
四季に合わせて、旬のものを丁寧に扱う暮らし。
そういうものへの憧れは、ずっと変わっていません。
そんな時、ちょっとおもしろいことに気がつきました。
筍の旬って、だいたい2〜3週間くらいなんです。
梅もそう。
直売所に並ぶのはほんの一時期で、気づいたら売り切れてたり。
夏に向けてトマトの苗を植えようと思えば、それも5月くらいには準備を始めます。今年はオクラやしそも、植えてみたい。
まだ挑戦してないけれど、ぬか漬けだって、漬けたものは数日で食べきるものらしい。
あれ?
…丁寧な暮らしって結構、忙しくないか…?
なんとなく、ゆったりとしていて、余白があって、時間がたっぷりありそうなイメージだったのに。
旬に間に合うように、急いで調理して。
梅が出たら、その週に仕込んで。
苗はこの時期を逃したら来年、と焦ったり。
ゆったりどころか、割と慌ただしい。
でも、気がついたことがあって。
この慌ただしさも、嫌いじゃないんです。
なんというか、季節に意識を向けている感じがする。
筍の下煮をしながら、「今年も来たな」と思う感じ。
直売所に車を走らせながら、「今年もいっぱい梅ソーダが飲めるぞ!」とウキウキする感じ。
それって結局、「(自分を)ケアすること」のニーズを満たそうとしているのかもしれない。
自分の暮らしに、丁寧に意識を向けること。
旬のものを、その時期に、ちゃんと扱うこと。
そこには、なんだか優しさが溢れる感覚があるのです。
丁寧な暮らしって、ゆとりのある人がするものだと思っていたけれど、 もしかしたらそうじゃないのかもしれない。
忙しくても、タイトでも、意識を向けていたい。
毎年の、自分への挑戦。
ちなみに、なんと今年初GETの筍は「400円」でした!
(なので、「#400note祭り」に急いで最後の滑り込み…)
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