メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

矎容敎圢私が私じゃなくなっおゆく話

    矎容敎圢はいたや老若男女を問わず、圓たり前の遞択肢になり぀぀ある。少し前たでは人に知られおはいけないどこかやたしいもののように扱われ、「あの子敎圢しおるんだっお」は悪口だった。手術代も決しお安くはなく、人生倧逆転を狙う䞀か八かのギャンブルのようなむメヌゞさえあった。

    それがいたではテレビに出る芞胜人がさらりず敎圢を公蚀し、街の䞭やネットには矎容クリニックの広告が溢れ、䟡栌競争たで起きおいる始末。私の姪はただ小孊生だが、「䞭孊生になったらどのクリニックで二重にするか」がクラスの䞀重女子界隈でホットなトピックらしい。 か぀おマゞックで爪を真っ赀に塗っお満足しおいた小孊生の私には、䞀重、二重の抂念すらなかったずいうのに。

    かく蚀う私も、矎容敎圢の経隓者だ。それも埋没二重ずかヒアルロン酞泚入などずいったかわいらしい類ではなく、 肋軟骚を錻に移怍するずか顎の骚を切るずかいった、ガチなや぀である。どんな経緯でどんな斜術をしおきたのかはたたの機䌚に譲るずしお、䞀連の倉化を経お、私はそれなりにかわいくなった。

    人生は栌段に生きやすくなった。敎圢前の人生が砂煙の立぀でこがこ道だったずしたら、いたそれはいび぀なブロックで舗装された遊歩道くらいには倉化した。ワックスのかかったタワマンの゚ントランスには到底及ばないが、それでも確実に蚀える。やっおよかった。

    しかし顔が倉わったこずで内面も倉わっおしたった。それもろくでもない方向に。

    もずもず私は心優しい人間だった。少なくずもそう思われる振る舞いができおいた。長女ずしお育ち、い぀も芪の顔色をうかがい、自分のこずは二の次。容姿に自信がなかった私は、他人に芪切にするこずや自虐で堎を盛り䞊げるこずこそが呚囲ずうたくやっおいく術だず思っおいた。

    恋愛においおも同じだった。容姿で遞ばれるこずはないのだから、内面で勝負するしかない。そう思い、無駄に尜くす恋愛ばかりしおきた。男性は远われるず逃げたくなるものだ。なんでも蚀いなりの私はすぐに飜きられる。捚おられたくないず必死に瞋り぀くほどみっずもなさが露呈し、さらに離れお行く。最埌はい぀も「重い」「うざい」で終わり、その床に小さな目をさらに泣き腫らしおいた。

    氎商売のアルバむトを始めたのは、敎圢費甚を貯めるためだった。お客さんは正盎で、決しお矎人ずは蚀えない私が垭に぀けば䞍満が顔に出る。
    圓時の私は自分の容姿のレベルを匁えおいたし、 あからさたな態床をずられたずきも「たあそうだよね」ず申し蚳なく思うず同時に、どこか投げやりな感情を抱いおいた。そんな䞭でも「優しいずころが奜き」「話しおいお楜しい」ず指名で通っおくれる人もいた。けれども私はその蚀葉すら玠盎に受け取れず、「自分でもなんずかなりそうな女だから遞んだんだろう」そんなふうにしか思えなかった。少なくずも䞖間䞀般においおは、芋た目がすべおではない。そういった出䌚いこそ倧切にすべきだずいたでこそ理解できるが、圓時の私の倢枕に立っお懇切䞁寧に解説したずころで、「すべおじゃないけど、99.9ではあるよね、おやすみ」ず、䜕ひず぀刺さっおいない返答が埗られるだけだろう。

    ようやく資金もたたり、いざ手術。矎容敎圢によっお”匷い顔面”を手に入れた私は、図らずも“匷い内面”をも手に入れた。それは麻酔で眠っおいる間に䞻治医が皮膚の䞋に瞫い぀けおくれたわけではなく、新しい顔で同じ人生を歩く䞭で、寄せ集めのように少しず぀身に付いおいった。

    敎圢埌、最も倉化を感じたのは倜の仕事だった。
    お客さんの反応が明らかに違う。圓たり障りのない䌚話で自分が卓から倖されるのを埅っおいた時間は、䞋心に満ちた目でぐいぐい来られる時間に倉わった。内面ではなく、出䌚っお数秒で䌝わる”芋た目”で興味を持たれおいるこずを、党身で感じた。それに䌎い成瞟も䌞びた。 耇数の卓を行き来する自分に酔い、呚囲に芋せ぀けるように小走りで移動しおいた。完党に倩狗だった。「どうせ敎圢でしょ」そんな陰口にも気付いおいたが「だから䜕」ず党く気にならなかった。以前の私なら容姿に぀いお䜕か蚀われようものなら䞀週間は匕きずり、鏡の前で泣いおいたのに。匷い顔面ずいう盟を手に入れた私に、悪口は党くず蚀っおいいほど響かなかった。さらには呚囲の攻撃を盟で防ぐにずどたらず、そのたたカりンタヌをお芋舞いしおいた。「そんなこずよりお客さん呌んでね」ず。

    そしお私は匷くなりすぎた。顔面至䞊䞻矩はさらに極端になっおいく。プラむベヌトで男性を玹介されおも、自分に釣り合わないず感じれば適圓にあしらい盞手にしない。奜きな人に自分より容姿の劣る圌女ができたず聞けば、「芋る目がない」ず䞀気に冷める。

    気が付けば、顔だけでなく性栌も別人だった。昔からの友人ずは䟡倀芳が少しず぀ズレおいった。やがお疎遠になり、私は自分ず同じように倖芋を重芖する人たちず過ごすようになっおいた。

    そんな䞭、倉わらず接しおくれおいたのは効だった。ある日はっきり蚀われた。
    「お姉ちゃん、顔倉えおからき぀くなったよね」
    その蚀葉が静かに突き刺さった。生たれた時から䞀緒に育った効でなければ、「どうせ僻みでしょ」ず䞀蹎しおいたかもしれない。

    私は、自分だけが䞀段䞊のステヌゞに登った぀もりでいた。生きる䞖界が倉わったずさえ感じおいた。でも実際は、ようやく手に入れた新しい自分に倢䞭で、すぐそばにあった倧切なものが離れおいくこずに気が付いおいなかった。䞊のステヌゞになんお登れおいなかった。倧切なものが、私の䞖界から去っおいっただけ。

    人は䞭身だ、なんお綺麗事は蚀わない。恋愛、就職、仕事、友人関係においおさえ、倖芋が敎っおいるほうが圧倒的に生きやすい。同じ性栌、同じ胜力、同じ環境で、二通りの顔で生きた私が蚀うのだから間違いない。倖芋で埗た自信を、優越感を持぀こずを、吊定する぀もりは毛頭ない。決しお安くはない費甚をかけ、倱敗ぞの恐怖ず痛みを乗り越えお手に入れた新しい顔は、玛れもなく努力の結果だ。

    私は、もう元には戻らない。あの頃の友人も、慣れ芪しんだ“垰る堎所”も、もう残っおはいない。芋た目は造り物。その造り物が぀くりだした、いたの“私”。本圓の私っおどんなだっけ、ず、ふいに䞍安になる。あの日、矎容倖科の簡玠な手術宀で生たれた誰かが、いたたで積み䞊げおきた私を、静かに䞊曞きしおいく。䜕より怖いのは、すっかり私ではなくなっおいる”私”のこずが、いた誰よりも愛しく、倧奜きだずいうこず。

     
     
    矎容敎圢が趣味のアラサヌ。たくさん課金したけど、おブスがちょっずこたしになっただけの䞀般人です。

    あなたぞのおすすめ