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御子母の惑星|第九章最終話|再び、贄となり

     不協和音とは、何のためにあるのか。
     それは、その後の主旋律を美しく魅せるために在る。
     不安定な音の始まり。それが続いたかと思うと、整った音の主旋律が奏でられていく。あらかじめ決められていた、安定した音が強い響を持って叩き込まれてくる。のちに残響するのは、美しく強い音色だけ。そしていつまでも美しいまま残る。
     不協和音はもう聴こえない。

     俺は不協和音。それも、強い正しい音をまとっている。 
     擬音。
     美しい音のために、この身を捧げる。
     美しい音は、美しいまま、記憶に残る。



     奏司は、長い間眠っていた。ベッドの傍にずっと眴がついていた。
     昏々と眠る奏司に、何が起きているのか眴にはわかっていた。

     奏司は左身に穢れを受け、左腕が二の腕から先はなくなった。左半身に受けた穢れの痕は真白神が依代よりしろとしたことで回復した。真白神は奏司を生かすため、依代としたのだった。

     奏司はなんとか死線から引き戻された。
     真白神には惹かれるものがあった。奏司の願いには、戦の執念に似た強い響きがあった。

     ──今、死ぬわけにはいかない。見届けるまで!

     この男は、何を見届けようとしているのか。真白神は見てみたかった。奏司の残りわずかな命を引き延ばすことはできないが。

     奏司には、胸に珍しい病が見つかっていた。今すぐどうこうということはない。だが、瘤こぶの大きさから十年は生きてもそれ以上は難しそうだった。

     奏司は真白神の依代となり融合するための時間が必要だった。今、奏司は真白神の持つ記憶を夢のように見ていた。それは穢けがれの誕生と戦いの記録だった。真白神は戦神だった。

     長い夢を見ていた。奏司は目を覚ますと、眴が手を握っているかのような感覚を覚えた。あるはずのない左手を握りしめて、口づけているような気がした。

    「眴……左手がなくなった」

     やっと目覚めた奏司が口にした言葉がそれだった。
     眴は奏司を抱きしめながら、震える声で言った。

    「まだ右手がありますよ」

    「そうじゃなくて……」

    「そんなに左手が必要なら義手を」

    「そうじゃない」

    「あなたは生きて帰ってきてくれたじゃないですか。それで十分です」

     眴は箱から指輪を出すと、奏司の右の手の薬指にはめた。奏司は眴から指輪を受け取ると、眴の右手の薬指にはめた。

    「コレ、いいの?」

    「御子姫殿からお許しいただきました。これから私とあなたには大切な役目がありますから」

    「どういうこと?」

    「まずは、早く退院しなければ。話はそれからです」

     眴は奏司の右手を握りしめると、泣いているようだった。



     奏司は退院すると、真っ先に御子姫へ会いにいった。何か胸騒ぎがしてならなかった。

    「御子姫、聞きたいことがあるんだけど」

    「眴のことか」

    「実はのう、由良と宇羅を、眴と一緒に育ててほしいんじゃ」

    「どういうこと? またそうやって一人で決めるの、マジやめてくんない?」

    「そうじゃな、では相談じゃが、この先どうやって常世の穢ケガレを祓っていったら良いかのう」

     御子姫はいつものゆっくりとした口調で、怒って早口な奏司とは対照的だった。

    「船ではもう無理じゃ。堤の上からなど知れておる。それに……そなたは穢れをまともに半身に食らっておる。失ったのは左手だけじゃが、今は良うても、ここにおっては何年持つかわからぬ」

    「そんなこと……じゃあ御子姫は……」

    「大バケに呑まれたそなたを追って救いにいった。豪鬼もじゃ。三人で同じものを見たはずじゃ。いずれ穢は常世の大河から上がってくる。それを止めるには結界を張るしかない」

     御子姫は穏やかに笑みを浮かべながらそう言った。

    「じゃあ、ここでみんなで結界を守ろうよ」

    「だめじゃ。この先、穢の力はどんどん強うなる。瘴気もばかにならん。私や豪鬼なら大丈夫じゃろうが、子には障る。いずれは移そうと思うておった」

    「じゃあ、ほかのみんなは?」

    「それぞれ話し合うて、里へ帰ってもらうことになった。ここは異形衆だけとなる」

    「そんなの……!」

     奏司は言葉を呑み込んだ。

     ──そんなの『贄にえ』と同じじゃないか!

    「もうな、終しまいにしたいのじゃ。家に縛られ、しきたりに縛られ、そうして最も美しい時を奪い取られるような人生は。私で終いにしたい」

    「御子姫……」

    「この数年は、ほんに楽しゅう過ごせた。ありがとう、奏司」

     御子姫は奏司を抱きしめると、本当に心からしみじみと感謝を伝えた。

    「この気鬱の激しいのも、気性が激しいのも、濃い血のせいかも知らん」

     御子姫は、奏司が病院で眠っていた間のことを話した。

     すべての戦船には夥しい骨が残った。
     それらは先祖の骨、穢との祓いの戦で命を落とした者たちの遺骨と思われた。
     一つ一つ丁寧に拾われ、大きな骨壷に収められていった。それはあまりの数の多さに、連日かなりの時を要した。

     そうこうするうち、御子姫は美鈴の魂に導かれた。
     美鈴の指差すところ、常世とこよと現世うつしよを隔てる堰の閘門こうもんを探ると、朽ち果てることなく、美鈴のきれいなままの遺体があがった。
     それが常世と現世を隔てる、人柱にでもなっていたのかもしれない。

     その知らせに、妹の美琴がやってきた。まるで冷凍保存されていたような、時が止まった遺体との再会だった。美鈴の遺体は、響家の戦人の墓地へと、何十年という歳月を経て埋葬された。
     これでやっと、あの日心に誓ったことが果たせたと、御子姫は安堵した。

     その後、船から集められた先祖の遺骨は、常世との境に築かれた堰から続く堤沿いに、堤を守るよう溝を掘り埋められることに決まった。そこへは異形の里の山から、山藤を切り出し挿し木で増やしていくように整えられた。

     輪紋衆響紋衆の解散については反対する者も多く、戦人の里のみなくすことになった。
     それに伴い、新たに氏を変えるよう、御子姫から通達された。
     響家と奏家は祓いができるというのがついて回る。力のあるなし関係なく、氏にはしがらみもついて回る。

     神守かもりを名乗るもよし。響家を支えた大家たいかの鹿野神かのがみを名乗るもよし。同じく奏家を支えた大家の猪野神いのがみを名乗るもよし。
     そして、御子姫は子らのために新たな氏を作った。

    「藤は良き花じゃ。藤良しと、子らには吉兆をもたらすよう、藤吉としよう」

     子らは、
     藤吉ふじよし由良姫ゆらき
     藤吉ふじよし宇羅彦うらひこ
     となった。

     ちょうど、藤が見頃となったある日、御子姫は自室の庭先にある藤の花の前に座ると、おもむろに里と常世の大河の間の境界に結界を張った。

     この結界がいつまでもつかはわからない。今できる最善は、この先の長い長い歳月を、結界を張り続けることだった。

     子らを、共に過ごす者を守り続けるために。

     御子姫とともに、この地に残ったのは豪鬼、剛拳と、異形の里から移ってきた者たちだった。



     そして、十五年が経った頃、眴に連れられ二人の子らが御子姫の元を訪れた。
     奏司が、病で亡くなった。

    「そうか」

     御子姫はたった一言呟いた。涙ひとつなかった。
     豪鬼は大泣きし、剛拳や里長など、奏司をよく知る者たちは悲しんだ。

    「骨はあるか」

     御子姫は唐突に、眴に聞いた。
     眴は分骨した壺を渡そうとした。御子姫は蓋を開けさせ、仏の形をした骨だけ懐紙に取ると残りは眴に返した。

     その骨を胸元に仕舞おうとし、御子姫は手を止めた。骨を持ち、袖の形の薄い部分を一口齧った。
     そして、残った仏の形を庭の藤の根元に埋めた。



     豪鬼は、御子姫の代わりに、由良姫と宇羅彦にたくさん話をした。

    「叔父さん、元気でね。お母さんも」

     御子姫は結界を張り、穢と終わりのない戦いくさをひとりで続けていた。
     穢に魂を喰われぬよう、心を閉ざし、美しい時を刻みこんだまま。

    「こんな地でも藤は咲く。良い香りじゃ。のう、奏司」

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    ダークファンタジー小説を書いています。 創作ラウンジから。▶︎ https://note.com/gifted_3ta888 ときどき、誰かの物語の話も。 静かな物語が好きです。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも活動中。

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