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御子母の惑星 第二部|序章|蝉が鳴き始める頃

     由良姫ゆらきはお下がりのワンピースを嬉しそうに着ていた。
     梅雨が明け、数日暑い日が続くと、途端に蝉が鳴き始める。
     この季節になると、奏司そうしはよく浴衣を着ていた。それは不思議と、片方の腕がないことを意識させなかった。

     父奏司は左腕がなかった。どうしてないのかは、由良姫も宇羅彦うらひこも小さな頃、母の元へ行った時に里長から聞いた。

    「お祖父ちゃんはなんでも知ってはる。お父さんの腕を食べたんは、あの壁の向こうにいてる怪獣なんや」

    「怪獣、臭いな。この臭いする人、外へ出るとようけおるで」

    「そのうち、うちらが祓いに行くようになるんや。ケガレ退治や」

     由良姫はケガレのことになると、宇羅彦よりも好戦的だった。

     七五三のお祝いで、母である御子姫の元へ訪れた時、二人とも七歳で帯解も袴着も一度にやった。

     その時、由良姫は得意げに話をした。その年の、ちょうど蝉が鳴き始める頃だった。由良姫は一匹の狐の子を連れて帰ってきた。

    「うち、狐の子、助けたん。大きなケガレがおった。うちな、かあーってなって、全部消してもうてん」

     御子姫はそれを聞くと、奏司と、里長を見た。それから最後にもう一度、由良姫を見た。由良姫は、まっすぐ御子姫を見つめ返していた。

    「そうか。次来るときは裳着と元服じゃな」

     いつもは無口な母が、珍しく微笑みながらそう言った。由良姫はその笑顔が悲しそうに見えたのを覚えていた。



     せっかく御子姫の元へ訪れても、泊まることなく帰っていた。その後数日、いつも奏司は体調を崩した。
     由良姫も宇羅彦も、なぜ奏司が体調を崩すのか知っていた。自分や眴げんについたはずのモドキが、いつのまにか全部奏司の体へ入っていくのが見えたからだ。
     それを眴が根気よく引き剥がし取り除いたのを、二人はこぞって祓い合った。

     由良姫も宇羅彦も、夏が嫌いだった。夏になると、外には出なかった。
     二人の全身には、輪響紋という刺青のような紋が刻み込まれたようにあった。生まれつきのものだったし、姉弟で同じようにあったので、小さな頃は気にもしていなかった。

     由良姫はワンピースを着て、服をくれた芥見本家の長女が来た時に見せた。

    「それはな、下に長袖の服着なあかんで。紋が丸見えやん」

     暑いのが嫌いな宇羅彦など、気にもせずタンクトップでいたが、本家の長女は宇羅彦が苦手なようで何も言わなかった。

     そういうときは、眴が上手に相手してくれた。由良姫は白地にきれいなヒマワリ模様のワンピースを、そのまま着たかった。それだけだった。
     そんなある日、由良姫はボソリと言った。蝉の声にかき消されるほどの声だった。

    「うち、学校行きたない」

    「無理して行かなくていいですよ。勉強なら奏司さんと私でみてあげられますから」

     お気に入りだったヒマワリのワンピースは、すぐに着られなくなった。小学校を卒業する頃には、さすがに由良姫も宇羅彦も紋を隠すことに慣れた。
     中学に行き始めてしばらくした頃、由良姫にやっと月のものがあった。

     すでに、奏司の病気はかなり進んでいた。 それでも、由良姫の裳着と宇羅彦の元服は、どうしても御子姫の元で執り行うと言って譲らなかった。

     由良姫は、御子姫を真似て髪を切ろうとしなかった。裳着のときに、髪は腰まであった。

    「まるで、御子姫殿とそっくりですな」

     宇羅彦も、少し早いが一緒に元服式をした。ちょうど豪鬼にしつらえた戦装束がぴったりだった。

    「宇羅彦、背はどれほどある。頭を見せてみよ」

     御子姫は宇羅彦の角ツノが気になっていた。

    「大丈夫。それほど目立たへん」

    「まるで、ついこのあいだのようだね。いい時期に来れてよかったよ。藤の花がきれいだ」

     にっこり笑った奏司の顔を、御子姫が見たのはこれが最後だった。



    「眴、ちょっと」

     奏司は眴を呼ぶと二つの小さな桐の箱と、文箱ふばこに入れた文書を渡した。

    「祓いを始めるのはいつでもいいよ。折りを見て、眴から渡して。高校生になってからがいいかな」

     二人とも学校へ行っていてちょうどいいと、奏司は笑った。

    「もし、今以上にあっちから干渉が過ぎたら、御子姫へ必ず」

     そう言うと、奏司は誰にともなく呟いた。

    「真白……神在月に……」

    『構わぬ。我に仕える由はない』

     奏司はふっと笑うと目を閉じた。眠ると、狐のケンが隣にいた。晩秋になり、すっかり冬毛になった尻尾を揺らしていた。
     ケンはすっくと立ち上がり駆け出そうとして、奏司の手がそれを止めた。

     それからの奏司は眠っていることが多くなった。年が明け、由良姫と宇羅彦の誕生日を過ぎ、春が巡ってきた。そんなある日、由良姫はよく知る気配が遠のいた気がした。

     ほどなく、父、奏司が亡くなった。由良姫は黙って見ていた。

     なぜ眴が涙も見せずよく知りもしない人たちに頭を下げているのか。なぜ宇羅彦が急に黙りこくって誰とも目を合わせようとしないのか。
     なぜ、芥見本家が葬儀を取り仕切り、本家の内にも外にも知らない人があんなにも集まっているのか。

     由良姫は初めて知った。自分の知っている父が、ほかの人たちにとってはまるで別の顔を持っていたことを。宇羅彦は、そんなことはとうにわかっていたような顔で俯いていた。

     父、奏かなで奏司そうしは、最後の奏家当主であり一族の総代であった。
     そして、母である御子姫は、ただ遠いだけではない人であった。

     葬儀のあと、由良姫は自分たちがまるで隠されるように育ってきたのには、理由があったことを知った。
     奏司の死は、それまでの閉じてはいたが穏やかな日々を内側からひっくり返していった。

     由良姫にとって、本当の意味で世界が始まったのは、その時からだった。
     すべてのかたがついたのは、季節がひとつ進んだ頃だった。
     その年、初めて蝉の声を聞いた日、由良姫たちはやっと御子姫の元へ訪れることができた。

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    ダークファンタジー小説を書いています。 創作ラウンジから。▶︎ https://note.com/gifted_3ta888 ときどき、誰かの物語の話も。 静かな物語が好きです。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも活動中。

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