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25メートルの話をしているようで、たぶん、もっと遠い話

新年、初泳ぎに行った。
自宅から歩いて数分のところにある、市営プールだ。

「泳ぎに行った」なんて言うと、いかにも日常的に運動している人みたいだけれど、
実のところ私は、つい最近まで25メートルも泳げなかった。

大人になってから「泳げない」と言うのは、なぜだか少し恥ずかしい。
だから今まで、家のすぐそばにあるそのプールを、見えないふりをして通り過ぎていた。

4月に仕事を辞めてから、時間だけは
たっぷりあった。
のんびり過ごす日々は悪くなかったけれど、
何もしないまま怠惰に流れていく時間を、どこかでもったいないとも感じていた。

何か、新しいことをやってみよう。

そう思ったとき、ふと浮かんだのが
「泳げるようになりたい」だった。

中学卒業以来の水泳。
これはもう人生で「泳いでいない」に等しい。

背泳ぎだけは、息継ぎもないし空を見ながら進めるから好きだったけれど、
クロールはまったくダメだった。
息継ぎができない。苦しくなる。途中で立ってしまう。
今思えば、水の中が少し怖かったのではないかと思う。

無職・無収入の主婦が選べる道は限られている。
市営プールの初心者教室、一択だった。

抽選に当たった人だけが通える
「はじめてのクロール教室」は、週1回の講座。
高額なスポーツクラブとは無縁だけれど、
基礎から丁寧に教えてもらえる、ありがたい仕組みだった。

「はい、ブクブク〜、パッ」
「鼻から吐いて〜、はい、パッ」

50を過ぎた私が、子どもみたいな掛け声とともに、
ビート板を抱えてバタ足をする。
回数を重ねるごとに、やることは増え、頭の中は混乱する。

腕を回せば足が止まり、
息を吸おうとすれば水を飲む。

スイマーという生き物は、
どうしてあんなに器用なんだろう。

なかなか上達せず、
「面倒くさがり」の性分が顔をのぞかせた時があった。

「なんか疲れたし、一回くらい休んでもいいんじゃない?」

悪いあきこが、耳元で囁く。

そのとき、ふっと当選の通知を見たときのことを思い出した。
少しだけ、胸がチクっとしたのだ。

申し込んでも通えなかった人がいる。
チャレンジしたくても、できなかった人がいる。

せっかくもらったこの枠を、
途中で投げ出すのは違う気がした。
そう思って、通い続けた。

2か月後、講座の最終日。
なんとかクロールで、25メートルを2本泳げた。

苦しくて、必死で、
壁に手をついた瞬間に身体の力が抜けた。
コーチが一緒に喜んでくれたのが、素直に嬉しかった。

……そして私は、
「泳げるようになった」と勘違いしたまま、
プールから足が遠のいた。

気づけば夏。
職業訓練が始まり、私の日常のほとんどは、
eトレーニングで講義を受けるパソコンとの向き合いになっていた。

夏休みの市営プールは、元気な子どもたちでいっぱいで、
おぼれかけの主婦が行く場所ではなくなっていた。

秋になり、再び募集が始まった。
今度は半年も開講される、
「大人のための水泳教室」。

倍率は高かったけれど、
また運よく当選した。

ブランクは正直。
久しぶりのプールで、私は再び泳げなくなっていた。
半分ほど泳いだところで、立ち上がってしまう。

その初日、思い切ってコーチに伝えた。
「クロールで、長い距離を泳げるようになりたいんです」

「目標があるのはいいですね。
フォームはきれいですよ。きっとできます」

その言葉を、私は素直に信じることにした。

実は、
胸の奥にもうひとつの理由がある。

でもそれは、
まだ自分の中で育てている途中だから、
今は言わないでおこう。

あれから、週1回、3か月。
年末年始で少し間が空いた、新年最初のレッスン。
久しぶりのプールの水は、少し温かめだった。

今日は、力を抜いてみようと思った。

すると不思議なことに、
25メートルを4本も、泳げたのだ。

苦しさは前よりも少なく、
壁に手をついたとき、
まだ少し余裕が残っている。

今年の目標は、週に3回泳ぐこと。
まずは、ここをきっちりやっていこう。

今までずっと、見えないふりをしていた近所のプールは、
今では楽しみに通う場所になった。

25メートルの話をしているけれど、
たぶんこれは、
もっと遠い距離につながる話。

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三日芽あきこ チップってほんとに素敵な応援ですね😊うれしくてまた書きたくなる✨ これからも頑張れってメッセージ。頂いたチップは、クリエイターさんの記事をもっともっと読んで、自分の文章に活かしていけたらな、と思っています。いつか、皆さんの心に響く素敵なエッセイ書けるように💖