<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss xmlns:webfeeds="http://webfeeds.org/rss/1.0" xmlns:note="https://note.com" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:media="http://search.yahoo.com/mrss/" version="2.0">
  <channel>
    <title>もも葉</title>
    <description>中学生の子供たちが二人とも不登校になりました。でも、色々葛藤しながらも家族全員が仲良しで毎日楽しんでます。そんな日々を綴ります。</description>
    <link>https://note.com/mikan0615</link>
    <atom:link rel="self" type="application/rss+xml" href="https://note.com/mikan0615/rss/"/>
    <copyright>もも葉</copyright>
    <webfeeds:icon>https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/assets/default/default_note_logo_202212-f2394a9e5b60c49f48650eee13f6e75987c8c4f1cfa7555629a9697dc6015cd9.png</webfeeds:icon>
    <webfeeds:logo>https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/assets/default/default_note_logo_202212-f2394a9e5b60c49f48650eee13f6e75987c8c4f1cfa7555629a9697dc6015cd9.png</webfeeds:logo>
    <webfeeds:accentColor>249F80</webfeeds:accentColor>
    <webfeeds:related layout="card" target="browser"/>
    <webfeeds:analytics id="UA-48687000-1" engine="GoogleAnalytics"/>
    <language>ja</language>
    <lastBuildDate>Thu, 08 Oct 2026 11:06:23 +0900</lastBuildDate>
    <item>
      <title>付き添い登校をしたからこそ見えた娘の成長の瞬間</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/289491980/rectangle_large_type_2_876130cb6f2cdf28ce122e68f1c1cbb2.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="e2836759-43f2-4f51-bd5b-cab44d685a17" id="e2836759-43f2-4f51-bd5b-cab44d685a17">こんにちは。<br>2026年現在、中学3年生の娘と高校1年生の息子を持つ母です。<br>そして、娘が小学2年生から6年生までほぼ毎日、母子での付き添い登校を五年間しました。<br><br>改めて書くとすごいですよね(笑)<br><br>我が子と学校に居続けることは心身共に削られます。<br>普通なら子供は一人で登校して一人で家に帰ってくるのが当たり前の世界。<br>だけど我が子はそれが不安で不安でどうしても出来ない。<br>同い年の子供とうまく接することができない、目線が怖い。<br>先生に問われてもどう答えるのが正解なのかわからない。<br>娘にとっては些細なことが全てストレスに繋がっていたようです。<br>でも、友達とは一緒に過ごしたい。<br>学校が嫌いな訳じゃない。<br>お母さんさえついてきてくれたら学校に行ける。<br>その娘の思いにだけ寄り添うため、<br>私も五年間、必死に頑張りました。<br><br>けれど、正直な話。<br>毎日のように子供たちのなかで大人が一緒に過ごす時間は私には相当の苦痛でした。<br>娘の隣においてもらった小さい椅子に座って。<br>小学2年生の授業を聞く。<br>退屈で仕方ない！(*_*;<br>スマホはさすがに触れないので、そのときは小説を持ち込みひたすら読んでいました。<br><br>これは私の精神的にとてもよかったです。<br>元々本が好きな私、そして妄想も大好きな私。<br>教室にいながらも小説の世界へトリップできて少しだけしんどい現実を忘れられました。<br>そして娘の学校への付き添い登校で唯一の楽しみがこの本を読む時間でした。</p><p name="2f5bdfcf-7e81-4cf9-b393-1b5afb7306ea" id="2f5bdfcf-7e81-4cf9-b393-1b5afb7306ea">そして休み時間。</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/n79c377e4e45d'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 28 Jun 2026 12:32:21 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/n79c377e4e45d</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/n79c377e4e45d</guid>
    </item>
    <item>
      <title>長期間の付き添い登校を決意した日。</title>
      <description><![CDATA[<p name="07f0adf6-a5bb-4683-9157-e47df4a8100d" id="07f0adf6-a5bb-4683-9157-e47df4a8100d">さて、前回は娘の付き添い登校についてお話ししました。<br>不登校のお子さんを持つ親御さんは少なくないと思いますが、私のように学校の中まで付き添う「母子登校」を5年間も続けた人は、もしかしたらあまりいないのかもしれません。<br>「どうしてそんなに長く付き添い登校ができたの？」<br>そう聞かれても、正直なところ自分でもよく分かりません。<br>ただ、そのときは必死だった。それだけです。<br>かわいい娘のためなら何だって耐えられる。<br>本気でそう思っていました。<br><br>今振り返ると、<br>「どこかで母子登校をやめるべきだったのではないか」と考えることもあります。<br>でも当時の私には、それができませんでした。<br>娘は一人になることへの不安がとても強く、一人では登校できなかったからです。<br>付き添い登校は想像以上にしんどいものです。<br>特に、ただ傍で見守るしかない母親にとっては。<br><br>学校には友達や先生と楽しそうに過ごしている子どもたちがたくさんいます。<br>その姿を見るたびに、私は胸が締め付けられました。<br>「なんでうちの子だけ何もできないんやろう……」<br>「まるで赤ちゃんみたいに、お母さんから離れられへんやん」<br>そんなことばかり考えていました。<br>小さな子どもの後ろをついて歩く母親を、周囲は物珍しそうに見ます。<br>その視線がとても痛かった。<br><br>親として恥ずかしい。 情けない。 私の育て方が悪かったのだろうか。<br>何度も何度も自問自答しました。<br>ストレスで食事もあまり喉を通らなくなり、体重も減りました。<br>私はもともとめまい持ちなので、症状がひどい日は杖や傘で体を支えながら登校していたこともあります。<br><br>そんな日々が続く中、娘が小学2年生になりました。<br>すると、教室の雰囲気が1年生の頃とは大きく変わったのです。<br>1年生の頃は、幼稚園の延長のような空気がありました。<br>「頑張ったね」 「できたね」<br>先生方も子どもたちを優しく見守り、たくさん褒めてくれていました。<br>ところが2年生になると、<br>「きちんと挨拶しなさい」 「忘れ物をなくすにはどうしたらいいの？」<br>というように、子どもたちへの指導が一気に厳しくなりました。<br>もちろん、小学校は集団生活を学び、社会へ出るための練習をする場所です。それは娘も理解していたと思います。<br>けれど、人一倍敏感で不安を感じやすい娘にとっては、その変化がとても怖かったのでしょう。<br>2年生になってしばらくしたある日。<br>教室の前で、娘が泣きそうな顔をしながら私の手をぎゅっと握りました。<br><br>「お母さん、帰らんといて」<br>「え？ それは無理だよ」<br>「少しだけここにいてほしいねん」<br>「分かった。少しだけね」<br>ところが、その日はどうしても一人で教室へ入れませんでした。<br>ついに娘は泣き出し、担任の先生に促されて、私は娘の机の隣に用意された椅子へ座ることになりました。<br>ここから、私の「教室内付き添い登校」が始まったのです。<br>一度だけ、どうしても外せない用事が入った日がありました。<br>本来なら休ませるべきだったのかもしれません。<br>でも私は、「ここで登校が途切れてはいけない」と思ってしまいました。<br>そこで先生にお願いし、トイレへ行くふりをして、娘に黙って帰宅したのです。<br>これは大失敗でした。<br>娘からすれば完全な裏切りだったと思います。<br>帰宅後、娘はそこまで怒っていませんでしたが、<br>「お母さん、なんで勝手に帰ったの！」<br>と責められました。<br>その日の夕方、担任の先生から申し訳なさそうに電話がありました。<br>私がいなくなったことに気付いた娘は、1時間以上泣き続けてしまったそうです。<br>授業は中断し、先生方にもクラスのみんなにも迷惑をかけてしまいました。<br>その話を聞いたとき、私は覚悟を決めました。　<br><br><br>中途半端なことはやめよう。<br>とことん娘に付き添おう。<br>娘自身が「お母さん、もう帰っていいよ」と言うその日まで。　<br><br>今思えば、私もかなり頑固で真面目だったのだと思います。<br><br>今なら「そこまでしなくてもよかったのでは」と思うこともたくさんあります。<br><br>でも、あの頃の私は、それしかできませんでした。<br>そして、その覚悟が思いもよらない5年間へとつながっていくことになるのです。<br><br>長くなってしまったので、その続きはまた次回、書かせていただきます。</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/nc56d43b07af2'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 14 Jun 2026 12:27:02 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/nc56d43b07af2</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/nc56d43b07af2</guid>
    </item>
    <item>
      <title>娘の席は、5年間ずっと教室の後ろの入り口近くだった</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/284406363/rectangle_large_type_2_80d703b59df8c779d22882c5a80fbd7f.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="1adc5231-a735-449a-880a-7a9bcad5ca6a" id="1adc5231-a735-449a-880a-7a9bcad5ca6a">娘の席は5年間、教室の後ろの入り口近くだった。<br>教室の一番後ろ。<br>娘の席の横に、小さな椅子が置かれていました。<br>そこが、私の席でした。<br>気づけばそれが当たり前になっていました。<br><br>娘が小学校一年生の時、ピカピカのランドセルを背負いながら。<br>不安で戸惑いながらも娘は何とか教室のなかに入り、お友達もできたようでした。<br>ですが、やはり教室に入るまではどうしても不安だったようで<br>「お母さん、教室まではついてきて」<br>と言われ。<br>1年間毎日、一緒に登校しました。<br><br>教室にはすんなりと一人で入っていたので、いずれ付き添い登校も終わるだろうと思っていました。<br><br>しかし娘が小学校2年生になった日から、一転。<br>そこからの5年間。<br>私はその場所に座り続けました。<br><br>最初から「付き添い登校をしよう」と決めていたわけではありませんでした。<br>ただ、娘は教室に入ることがとても怖かったのだと思います。<br>学校までの道のり手をつないで校門をくぐり、下駄箱の靴も出せずに帰ることもある。<br>またはその場でうずくまり泣いてしまう日もありました。<br>学校が怖い、行きたいけど行けない、と娘はよく言っていました。<br>娘のそんな姿を隣で見続けたのは本当に本当に辛かった。<br><br>「お母さんが一緒なら学校に行ける」<br>そう言われたとき、私は自分も相当の覚悟がいるな、と思いました。<br>それが始まりでした。<br>最初の頃の私は、必死でした。<br>どうにかして“普通に戻さなきゃ”と思っていました。<br>まだ二年生で不登校になったら、勉強もなにもできないし、将来引きこもってしまう！<br>と思い込んでました。<br><br>私がついてさえいれば、安心感が増えていき、<br>いつか一人で教室に入れるようになるはずだと信じていました。<br>だから、毎日のように娘と学校に行きました。<br>娘の隣に座り続けました。<br><br>でも現実は、すぐには変わりませんでした。<br>一年が過ぎても、二年が過ぎても、<br>その椅子はそこにあり続けました。<br>教室の後ろの、入り口の横。<br>そこが娘と私の定位置になっていました。<br><br>周りの視線を感じることもたくさんありました。<br>「なんで○○さんだけ、毎日お母さんが一緒におるの？」<br>そうクラスメイトに無邪気に聞かれることも何度もありました。<br>「娘はね、とても不安が強いんよ。<br>だからお母さんが隣にいないとダメやねん。」<br>と言いながら。<br>ただ笑ってごまかしていた気がします。<br>娘はその横で、ずっと辛そうにうつむいていました。<br><br>高学年になるころには、<br>私が横にいるという恥ずかしさはさすがに娘にも出て来たのか。<br>周りの目を気にすることが増えました。<br><br>先生からの提案で。<br>教室ではなく別室を用意していただき。<br>そこでも教室後ろの入り口すぐの席を2つ用意してもらいました。<br>パーティションで見えないように仕切ってくれていました。</p><p name="07cd4a34-ab92-48b9-b285-0d3f595ebf29" id="07cd4a34-ab92-48b9-b285-0d3f595ebf29">思春期に入ると、娘も少しずつ変わっていきました。<br>私にあれこれ先回りされるのを嫌がるようになり、反抗することも増えました。<br>だから別室の中でも、私はただ隣にいるだけになっていきました。<br>たわいもない話をする時間が増えていきました。<br>別室でリモートで授業を受けられることもあり。<br>落ち着いたのか、<br>「もう、大丈夫。お母さんは帰っていいよ」<br>そう言う日も増えました。<br><br>その言葉を聞くたびに、<br>喜ぶべきなのか、それとも寂しいと思うべきなのか。<br>私自身もよく分からなくなっていました。<br>困惑しながら、それでもその時間は続いていきました。<br><br>安心と引き換えに、<br>私はその場所にいる意味を少しずつ考えるようになっていました。<br>気づけば、あっという間に6年が経っていました。<br>娘も小学校を卒業しました。<br><br>あの小さな椅子は、ずっと同じ場所にあり続けていました。<br>そして私もまた、そこに座り続けていました。<br>今振り返ると、<br>あの6年間が正しかったのかどうかは分かりません。<br>付き添わなければどうなってただろう？<br>完全に不登校になっていたのか？<br>それとも娘が一人でも登校しようとしたのか？<br>答えはわかりません。<br><br>ただ一つだけ言えるのは、<br>あの時の不安いっぱいな娘の隣に、私は確かに寄り添い続けた、ということです。<br>そしてそれは、私にとっても娘にとっても、<br>間違いなく必要な時間だったのだと思います。 </p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/n4492be69c977'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 11 Jun 2026 12:02:54 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/n4492be69c977</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/n4492be69c977</guid>
    </item>
    <item>
      <title>修学旅行の朝、不安で号泣した娘にかけた言葉</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/282794098/rectangle_large_type_2_3dd749b092ccda0c5bde3957f4b55197.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="4118e758-c37c-42b8-b397-7a464a89090b" id="4118e758-c37c-42b8-b397-7a464a89090b">先日記事にしたとおり、修学旅行当日の朝。<br><br>娘は目を覚ました瞬間から不安感が高まり、「無理、行けない……」とつぶやきました。<br>そして、そのまま号泣。<br>「でも、行かないとあかんねん！ 行くねん！」<br>そう叫びながらも、涙は止まりません。<br>泣いて、泣いて、また泣く。<br>ここまで取り乱す娘を見て、<br>私も主人も<br>「この状態では難しいかもしれない」<br>と半ば諦めていました。<br>時計を見ると7時30分。<br>修学旅行の新幹線は9時30分発です。<br>しおりには、9時にはホームで待機と書かれていました。<br>家から新幹線の駅までは30分以上はかかります。<br>頭のどこかでは、<br>「8時までに準備ができなければ、学校に電話してキャンセルかな」<br>と妙に冷静に計算している自分もいました。<br>私は娘に、<br>「わかった。8時までは待つよ」<br>と声をかけました。<br>けれど、泣き声はおさまるどころか、ますます大きくなっていきます。<br>涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃ。<br>呼吸も浅くなり、過呼吸になりそうな状態でした。<br>私は娘の背中をさすりながら、<br>「大丈夫、大丈夫。ゆっくり息して。<br>深呼吸しよう。」<br>と声をかけ続けることしかできませんでした。<br><br>娘のパニック状態は、一向におさまりません。<br>時計を見ると、もう8時直前。<br>私はとうとう「今回は無理だな」と判断し、中学校へ修学旅行欠席の連絡を入れました。<br>電話に出てくださったのは教頭先生でした。<br>もともとの事情もよく理解してくださっていた先生で、<br>「かしこまりました。担任にも必ず伝えておきますね」<br>と丁寧に対応してくださいました。<br>私はこれで修学旅行は欠席になるものだと思っていました。<br><br>ところが――。<br><br>そのことを娘に伝えた瞬間、娘はさらに激しく泣き始めたのです。<br>「いやや！」<br>「行くの！」<br>「絶対に修学旅行に行くの！」<br>そう泣き叫ぶ娘。<br>とはいえ、この時点でまだ着替えもできていません。<br>時間を考えれば、どう考えても厳しい状況です。<br>私も主人も、<br>「さて、どうしたものか……」<br>と途方に暮れていました。<br><br>そのとき、主人が娘に向かって一言。<br><br>ここから娘の表情が変わり始め、<br>結果、修学旅行に行けました。<br>どんな言葉をかけたのか…<br>それは…</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/n7afee48681a5'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 06 Jun 2026 10:10:50 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/n7afee48681a5</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/n7afee48681a5</guid>
    </item>
    <item>
      <title>娘の中学校生活について。</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/281727991/rectangle_large_type_2_c8938f5d8562c7ef3036a5a196668d40.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="3978b8f5-a8a8-4cd4-9a09-d01878201c21" id="3978b8f5-a8a8-4cd4-9a09-d01878201c21">娘はこの春から中学三年生になりました。<br>小学校の六年間は母親の付き添いなしには集団生活への不安感が強すぎて、学校に登校できなかった娘でしたが、<br><br>中学校入学後は5月始めくらいまでは一人で通いながら一番苦手な場所でもある教室にも頑張って入って勉強していました。<br>しかし、ゴールデンウィーク明けしばらくしてからは登校日数が明らかに減り、部活動のみの登校となりました。<br><br>部活動は絵を描くことが大好きな娘でしたので美術部を選びました。<br>そして娘の担任でもある先生が美術部の顧問でもあるので親子ともに色々と相談がしやすかったんです。<br><br>なかなか登校できない娘への中学校側の配慮なのか。<br>二年生も同じ先生が担任兼顧問になってくださいました。<br>よく細かく気がつく先生で娘が行事やテスト前などに不安があることを察してか連絡もよくくださり、私も娘も担任の先生が好きでした。<br>本当に何もかも頼りきりでした。<br>そして部活動でも友達のような何人か話せる子ができたと娘が嬉しそうに話してくれることも増えてきて私も安心していました。</p><p name="3286f665-96b7-4049-ad2e-2b39b62689f9" id="3286f665-96b7-4049-ad2e-2b39b62689f9">部室が唯一学校でいられる場所に、少しずつなってきたところだったのですが…</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/n56429cafc22e'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 03 Jun 2026 00:44:43 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/n56429cafc22e</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/n56429cafc22e</guid>
    </item>
    <item>
      <title>起立性調節障害の息子の進路先と娘の近況。</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/226200430/rectangle_large_type_2_73f717f65aca98207e3b5d7253707499.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="a0e7e3aa-6a57-452c-874b-81fad57155c5" id="a0e7e3aa-6a57-452c-874b-81fad57155c5">大変、お久しぶりの記事になってしまいました。<br>色々ありましたが、元気に過ごしています。<br><br>今春から、息子は私立の通信制高校に入学。<br>娘は中学三年生に進級。<br>私も昨年秋から新しい仕事を始め、更年期故に色々と体調崩しながらも。<br>なんとか半年継続できたところです。<br><br>息子は今年春から通い始めた睡眠外来で、概日リズム睡眠障害と診断され、起立性調節障害は睡眠のリズムの崩れからきている二次障害と診断されました。<br>本当は入院をすすめられるレベルの無茶苦茶な睡眠障害なのですけど…😅<br>本人が頑なにいやがり、投薬と生活リズムを整えるだけを意識して頑張っているところです。<br>登校はまあ、やはり月に2～3回行ければいいかなあというところですね。<br>それでも受けられなかった授業分のオンライン授業の配信があったり、遅刻、休日が増えても担任から毎日のようにＬＩＮＥで様子をうかがう連絡をくれたり、と公立高校とはだいぶ違いかなり手厚いです。<br>ありがたいです。<br><br>娘は相変わらずマイペースに部活のみの登校。<br>それも部活が終わるギリギリの時間に行ってるだけ😂<br>親から見たら「それ意味あるん？」ていいそうになりますけど。<br>彼女なりのいまできる、精一杯のペースなんでしょう。<br>担任が初めての異性の担任で戸惑いもあるようですが。<br>娘なりに頑張っているのはわかります。<br><br>そして、私も子供たちの登校できた、できないにまた心身ともに振り回されて、しかも仕事も多忙なときで、と1度またメンタル崩しかけたとこですが、なんとか自分で立て直せたかな、というところです。<br><br>眠ってばかり、ゲームしてばかりの息子。<br>絵を描いたりはするけど基本的にスマホゲームに釘付けの娘。<br>もちろん勉強しない🤣<br>これを見てイライラしない親がいます？<br>いるわけないでしょー！(ノ｀△´)ノ<br>と爆発しかけましたが、とりあえずストレス発散は違うところでしまくって。</p><p name="a5fff659-f001-4464-96cf-1bf8b8ee2b5f" id="a5fff659-f001-4464-96cf-1bf8b8ee2b5f">本人たちなりに気づくまで私もあまり干渉せず見守ってるとこです。<br>でも、やっぱりどこかしら成長してくんですね。<br>子供って。</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/nf1484ac06f40'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 09 May 2026 10:01:25 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/nf1484ac06f40</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/nf1484ac06f40</guid>
    </item>
    <item>
      <title>9月からの我が家の状態。</title>
      <description><![CDATA[<h2 name="2ade0b26-3abe-47dd-a954-32e9c43dad0f" id="2ade0b26-3abe-47dd-a954-32e9c43dad0f"><br></h2><p name="477c7fda-3523-4c48-9544-5f2c21462e32" id="477c7fda-3523-4c48-9544-5f2c21462e32">長い夏休みが終わり新学期が始まりましたね。</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/nc4966fadd9ec'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 03 Sep 2025 11:51:58 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/nc4966fadd9ec</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/nc4966fadd9ec</guid>
    </item>
    <item>
      <title>子どもの不登校で心が限界になりかけた私を救った８つの方法</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/211828259/rectangle_large_type_2_336198149da05245b8d59fee793cb28c.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="268ea8a3-0dfd-4f29-a744-edcf9e98d5d5" id="268ea8a3-0dfd-4f29-a744-edcf9e98d5d5">子どもが学校に行けなくなると、お母さん自身も大きな不安を抱えますよね。<br>「このままどうなるんだろう」「私のせいじゃないか」そんな思いで、夜眠れなくなったり、心臓がバクバクしたり…。<br>私も同じでした。息子が起立性調節障害で学校に行けなくなり、娘の不登校も重なって、心身ともにボロボロに。自律神経失調症や更年期の不調まで重なり、毎日必死で耐えていました。<br>そんな私が少しずつ実践し、不安に飲み込まれそうなときの支えになった方法を、今回は8つにまとめてみました。</p><p name="53485a75-e491-4bb3-ad7c-6e71581011a2" id="53485a75-e491-4bb3-ad7c-6e71581011a2"><strong>① 朝の散歩・日光浴</strong></p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/n18f8883e1ebc'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 31 Aug 2025 18:46:21 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/n18f8883e1ebc</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/n18f8883e1ebc</guid>
    </item>
    <item>
      <title>不登校の中学生兄妹と歩む母の備忘録。～兄と妹の不登校歴～その4</title>
      <description><![CDATA[<p name="79511df1-deb8-4c3a-b00b-aa3975f2af0d" id="79511df1-deb8-4c3a-b00b-aa3975f2af0d">息子の起立性調節障害について。<br>詳しく経緯を書いていこうかなと。<br>息子は現在中学三年生です。<br><br>中学一年生の後半ぐらいから、<br>朝になかなか起きられず、遅刻することが増えました。<br>毎朝、腹痛を訴え吐き気がするとその場でえずく。<br>実際に吐くことはなくてもえずいて苦しそうにしてました。<br>玄関前から靴をはいてもなかなか外に出ようとしない日もありました。<br><br>でも、「休んでもいいよ？」と私がいうと迷ったような泣きそうな顔をしてから、<br>「行ってきます」と登校してました。<br>あの寂しそうな、しんどそうな背中を毎朝、見送るのは私もとても辛かった…<br><br>登校しても、やはり体調が悪かったようで青白い顔して早めに帰ってくることも増えました。<br>息子がよく訴えてたのは、運動するとのぼせる、鼻血がでる。腹痛、吐き気でした。<br>お風呂に入ると目の前が暗くなる、立ちくらみがして怖い、ともよく言ってました。<br>もしかして起立性調節障害じゃないかな、と私も思い。<br>よく行く小児科から、大きめの病院を紹介してもらいました。<br><br>息子はとても緊張しながら起立性調節障害かどうかを診断するテストを受けました。<br>10分ほど立ったあと、寝たあとの心拍数や血圧を測ってもらいました。<br>息子は血圧には異常があまりみられないけれど、頻脈が出てたので、起立性調節障害のなかの体位性頻脈のタイプでしょう、と医師に診断されました。<br>そこから、起立性調節障害の薬、ミドドリンや漢方薬等も処方されていまも通院中ですが薬はそこまでは効いてませんね。<br>それでも回復は少しずつしているかな、という具合でしょうか。<br><br>服薬をしていてもそんなに症状は変わらず、二年生が始まったある日、ついに玄関前で息子が泣き崩れました。<br>「お母さん、僕はもう無理。学校に行けない…」<br>私は息子を抱き、一緒に号泣しました。<br>息子がこんなにしんどいのに。<br>助けてと訴えてたのに。<br>ずっとずっと辛かったのに。<br>私は無理矢理、学校に息子を行かせてしまった。<br>そのことを心底、後悔し親として恥じました。<br>何でもっと早く気づかなかった。<br>ここまでになるまで無理に登校させてしまったんだろうと。<br>早めにストップをかけてあげなかったんだと…<br>「そうだよね、頑張りすぎたもんね。これからはゆっくり、ゆっくりと休もうね」<br>と泣きながら息子に声をかけました。<br><br>その日からはある意味ホッとしたのか、<br>息子はそれから体調優先でほぼ一年間、登校はせずにずっと休んで家でとにかく寝ていました。昼夜逆転も酷かったです。<br>それでも気にせずとにかく寝ることを優先！気力、体力回復に備えました。<br><br>最初のほうは本当に部屋からも食事以外はあまり出ず引きこもりのような生活で私も怖かったです…<br>こんな状態いつまで続くんだろうという不安が高まって私自身も息子の状態につられてよく体調を崩してました(^-^;<br><br>主人は優等生だった息子に期待してたのかな…<br>「もっと精神的に強く育てるべきやった。空手とか習わせたら良かった」とか愚痴ってました(^-^;<br>でもきっと強いとか弱いとかそういうことじゃないんですよね。<br>いままで息子が溜めに溜めていたストレス、自分を押し殺してまで学校に合わせようとしていたしんどさがついに溢れてしまったんだと思います。<br>回復し始めたのは更に半年後ぐらいでしょうか。<br>部屋からもよくでてきて、私、主人、妹にも笑顔でよく語りかけてくれるようになりました。<br>音楽に興味をもったようでこんな音楽が好きなんだ、とYouTubeで流しながら皆で聴いたりカラオケにまで行けるようになったり。<br><br>そんな些細なことでも私はものすごくありがたく幸せだと感じました。<br>息子が少しずつ元気を取り戻してる！って本当に嬉しかったです。<br><br>そこからはスモールステップを繰り返しながら進んでいます。<br>勉強面でも遅れているので。<br>学校の担任の先生の週一家庭訪問→課題を少しずつやる→週一で登校して課題を提出する。<br>ここに至るのも時間がかかりましたね(^-^;<br><br>それでも、私は息子の笑顔が見れたらもうそれでいいや、あの苦しい時間を生きててくれたんだもの。<br>それでいい。それで十分。<br>多くを望んじゃいけない。<br>毎日、繰り返しそう思ってます。<br>いつかはきっと病気も治ってそんな日もあったねって笑い合える日がくるって信じてます。</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/nd703d6c43274'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 25 Aug 2025 09:18:25 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/nd703d6c43274</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/nd703d6c43274</guid>
    </item>
    <item>
      <title>閑話休題</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/210277883/rectangle_large_type_2_ae40d8c6b2df01e3c9c00156210626ce.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="8d311315-26e5-41d7-ad94-bc6aa0b7bc6f" id="8d311315-26e5-41d7-ad94-bc6aa0b7bc6f">夏休みもあと少しで終わりますねー。<br>不登校の子供を持つご家庭は、夏休みとか冬休み、春休み期間は少しほっとされるんじゃないですかね。<br>ほかのご家庭のお子さんも皆、休み。<br>学校も休み。<br>なので毎日子供と学校行くのか行かないのかっていう言い合いや葛藤、ストレスが減る。<br>子供もなんか気持ちが落ち着いてるしね。</p><p name="b6b18933-7b4d-434d-af0f-c73d3c46c2ea" id="b6b18933-7b4d-434d-af0f-c73d3c46c2ea">だけどまた9月がくる。<br>新学期がくるだけで憂鬱な気分に親子ともになりますよね。<br>私ももれなく不安定になります。<br>夜の眠りが浅かったり、なんか不安感たかまってそわそわしたりイライラしたり。<br>いま仕事もせずに専業主婦の状態が長いから余計ですね…😅<br>暇で考える時間が多くて本当に良くない。<br>いらんことばーっかり考えてまう(つい関西弁が…)<br>でもいろんな気持ちが入り乱れながらもまた子供もわたしたちも前を向いて少しずつ進んでると思いたいです。<br>息子の進学先をまず決めようと、通信制の見学会、説明会にもいくつかいきました。<br>まだ息子も通信制に行くだろうと思ってはいるようだけど、ここがいい！とまでは定まってはいないようですね。<br>不安感も高まっているのかも。<br>息子は起立性のほかに強迫性障害ももちあわせてるので最近、また洗面所で頻繁に手が荒れるまで手を洗ってます。<br>不安だし、葛藤してるんだろうな…<br>いつかこんなこともあったねって笑えたらいいけどなあ…</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/n2ebb11762ea1'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 24 Aug 2025 23:15:32 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/n2ebb11762ea1</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/n2ebb11762ea1</guid>
    </item>
    <item>
      <title>不登校の中学生兄妹と歩む母の備忘録。～兄と妹の不登校歴～その3</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/206944530/rectangle_large_type_2_9504e5b8a0926d719fcdaa3380bc1602.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<h3 name="2d02331c-5fdc-467e-98da-2aa72affd194" id="2d02331c-5fdc-467e-98da-2aa72affd194">妹の付き添い登校、六年間で私が気づいたこと。</h3><p name="6b59e829-d65d-4885-be39-f03a8c8f836e" id="6b59e829-d65d-4885-be39-f03a8c8f836e">前回も書きましたが、なかなかのすごい付き添い歴の長さでした(笑)<br>小学校一年生～六年生。<br>高学年の後半は別室で給食を食べて(私はお弁当持参)一時間くらい過ごす、くらいでしたが。<br>低学年のときはほぼ毎日二時間～三時間。<br>一緒に登校して教室のなかまで私もずっと一緒にいましたからね(笑)<br>娘の席は教室のなかでは後ろの入り口近く。<br>これはほぼ六年間ずっと固定の席でした。<br>その隣に小さい子供用の椅子ですが用意してもらいそこに私もずっと座らせてもらってました。<br><br>いま娘は中学二年生ですが、教室には入らず授業も全く受けていません。<br>部活のみに参加しているので、その送迎もいれたら更に二年間(笑)<br>計八年間か。<br>我ながらよくやる…(^-^;<br>最近、私の友人の子も中学生で不登校になってしまい、サポートルームには行けるようになったようなんですが、その人も子供の付き添いやら先生への連絡、伝達することがかなり増えたことで相当のストレスを感じるようになったみたいで。<br>ずっと彼女からも相談を受けてます。<br>私がそのストレスのたまる付き添いを何年もしていることで<br>「いまなら、もも葉さんの苦労と葛藤が骨身に染みてわかるわ…そんな長いこと私は付き添いできないし、何なら今もう心身ともに限界だわ」と言ってました(笑)<br>だよね。<br>私も娘に付き添いをする、と覚悟した日から自分の気持ちは極力セーブしてきました。<br>娘のためだ、どんなことでも私は我慢しようって。<br>毎日のように教室で娘の同級生から<br>「なんで○○さんのお母さんが一緒に来てるの？」って言葉で聞いてくる子もいましたが、更に感じるのは周りからの何とも冷たい視線…(^-^;<br>敏感な娘にとっても本当なら周りからの刺さるような視線は本当に辛かっただろうに。<br>それでも娘は学校に行きたがったんです。<br>怖いけど、不安だけどお母さんが来てくれるなら学校に通えるからって。<br>そうお願いされました。<br>だから、私も必死でした。<br>まだ小学校低学年の娘の不登校を認めたらどうなる？<br>勉強も友達も…行事も参加できず思い出も何も…一切得られない。<br>この子の人生、一生引きこもりで終わってしまうかもしれないって。<br>恐怖と不安感が常にありましたね。<br><br>いま振り返って考えたら全然、そんなこともないなって思いますけどね(笑)<br>勉強は塾でもいいし、<br>何なら家庭学習でも。娘はそこまで頭が悪い訳ではないので、理解できたろうし。<br>けれど、私のなかではそのときは必死で。<br>娘を休ませようとか不登校は選択肢にはまずありませんでした。<br>でも、六年間ほぼ娘に付き添い私の時間をささげたことは絶対無駄ではなかったと思っています。<br>まずは学校での娘の成長する姿を一番間近でみれたこと。<br>学校での先生の人員の足りなさ、余裕のなさ。逼迫した状況をたくさんみてきたこと。<br>それによって、得られた気付きはたくさんありました。<br>いま世の中で不登校になる子供が増えるのは当然の出来事です。<br>我が子が悪いんじゃない。<br>先生が悪い訳でもない。<br>ただ、もう学校の制度自体が古いんです。<br>教室にたった一人の先生に生徒が35人とかそれ以上詰められてぎゅうぎゅうで息苦しい毎日。<br>私たちの昭和の時代のようにはいかず、<br>先生方は常にコンプライアンスが厳しくて面と向かって生徒に怒鳴れない。叱れないような状態。その上更にたくさんの仕事量。<br>どうなります？<br>先生は常に疲労状態。<br>子供たちは調子にのって騒ぐ一方。<br>そして学級崩壊。<br>おとなしい、繊細な子たちはどんどん外野がうるさい教室に入るのがしんどくなる。<br>騒ぐ子供たちも繊細な子供たちも一律にフォローなんて。先生がたった一人でまとめられる訳ありませんよね？<br>カウンセリングなんて週に一回しかないんですよ。<br>そんな週一回、一時間くらい話を聞いてもらうくらいで問題が解決します？するわけない。サポートルームだって正直、ほとんど機能してませんよね？(^-^;<br>何人かの子供が登校して先生に顔見せて帰る、それくらいです。<br>不登校という問題は学校のシステムエラーが原因だと思ってます。<br>どこもかしこも限界なんです。もう。<br>それに気づいてから、私も学校への呪縛のようなものが解けていきました。<br>別に、子供が登校してもしなくてもいいやって(笑)<br>学校なんてしがみついてまで行く場所ではないって。<br>気持ちに余裕が生まれました。<br><br>(…と熱く語りましたがこれは私の一意見ですけどね(笑)<br>極論かもしれませんが不登校激増の原因はこれが根底にあると思います。<br>もちろん不登校になるは様々な理由があるし、子供の性格、考え方も個々違うとは思います。)</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/n36e2ef4626b7'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 08 Aug 2025 13:26:55 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/n36e2ef4626b7</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/n36e2ef4626b7</guid>
    </item>
    <item>
      <title>不登校の中学生兄妹と歩む母の備忘録。～兄と妹の不登校歴～その2</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/204587541/rectangle_large_type_2_1e8104ed2f6ac14eff46baae2254f90c.png?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="2ff5b32c-f076-4c36-affd-9b9d42b5b411" id="2ff5b32c-f076-4c36-affd-9b9d42b5b411">さて、次は娘についてです。<br>娘は現在中学二年生。<br>教室には一年生二学期からほぼ入ってません。部活には行ってます。<br>部活なら行けるのです。何故か。友達もできてます。不思議。</p><p name="4420cc69-bc55-468f-a983-a6377b67056e" id="4420cc69-bc55-468f-a983-a6377b67056e">娘の不登校歴は～長いです。<br>小学二年生くらいからずっとかな。<br>でも、正確には五月雨登校というヤツですかね。<br>元々娘は、ASDの傾向があり、軽度発達障がいとは診断されてます。<br>まあ、小さいときからものすごいマイペースな性格、かつ頑固なので自分のやりたいことしかやりたくないタイプ(^-^;<br>小学校なんて集団生活、規則を守ることが一番ですからね。<br>それでも一年生はいやがりながらも登校は毎日できてましたね。<br>まだこの頃は先生方もかわいいかわいい一年生ということで。<br>対応も優しかったのかも。<br>それでも不安感は高い娘なので、<br>教室前まではほぼ毎日私が送迎していました。<br>そして二年生になるとギャングエイジ的な場を乱すような子たちがちらほらと出始めたので。<br>先生方はガラリと雰囲気を変えてあちこちで厳しい指導や怒鳴り声が増えましたね。<br>ここでまた娘は、一気に学校への不安感が高まり登校を怖がるので母親の私が付き添い登校を始めました。<br>結局ほぼ六年間、毎日のように一緒に私も学校に登校してました(笑)<br>小学校では私、まあまあ先生のなかでは悪目立ちで有名人やったと思います…(^.^)<br>過保護な親と思われてたやろなあ。<br><br>付き添い登校した親御さんが読者の方でいらしたらわかっていただけるかと思いますが付き添い登校ってなかなかの地獄です。<br>我ながらよく六年間も続けたなと思うくらい(^-^;<br>自分の人生のなかでダントツにメンタルにきて、きつかった経験でしたね。<br>自分のことじゃないから余計にね。<br>毎日毎日、ストレスありすぎてこの六年間、体調もとことん壊したこともあります。<br>逆流性食道炎、メニエール、子宮内膜症…急性膀胱炎。血尿まででたなー！(ΘдΘ)<br>ストレスからいろんな病気を発症してホンマ病院ばっかり行ってましたね。この頃(笑)<br>六年間色々ありましたが、振り返れば楽しいことも少しはあったかな。<br>何せ毎日が授業参観状態でしたから(笑)<br>親としてこんなに娘とべったりずっといられた時間はもう今後はないだろうなあと思うほど。<br>また少しずつ娘の付き添い登校で得た経験を振り返ろうと思います。</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/n993662221012'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 26 Jul 2025 22:12:08 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/n993662221012</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/n993662221012</guid>
    </item>
    <item>
      <title>不登校の中学生兄妹と歩む母の備忘録。～兄と妹の不登校歴～その1</title>
      <description><![CDATA[<p name="069ac44f-1679-4ae0-aaed-878cc448df6e" id="069ac44f-1679-4ae0-aaed-878cc448df6e">はじめまして。<br>もも葉と申します。<br>もうすぐ50歳という人生の節目を迎えそうな時、我が子たちの不登校歴を振り返って記録していこうかな…と。<br>ふと思いたちました。<br>私の子どもは息子と娘の中学生が二人います。<br><br>息子(14歳)。<br>現在、中学三年生。受験生でもありますが、<br>中学一年生で朝に起きられないことが増えて、その後病院にいったところ、<br>起立性調節障害と診断されました。<br>そこからは昼夜逆転の生活が続き、中学二年生の春からは完全に不登校。<br>息子は半年くらいは部屋からもあまり動けず、ベッドで寝てばかりのほぼ引きこもり生活でした…(^-^;<br>現在は少し体調が回復し、週1、放課後に少しだけワークを提出しに学校に登校してます。<br>そう！いまは勉強してるんです。<br>自宅学習ってやつですね。<br>兄は小学校の六年間は時々登校を嫌がって渋ることもありましたが。<br>概ね問題なくずっと登校していたし。<br>何なら勉強もできる子で。<br>校内の委員会なども自ら立候補して委員長などになるような子でしたから、親の私がいうのもなんですが…<br>絵に描いたような優等生で勉強もできる自慢の息子でした。<br>ところが、です。<br>中一の冬で一転しまいました。<br>もうここからは書くと自分も家族全員も内面が荒れに荒れた時期でしたので…(^-^;<br>また振り返りながらゆっくり書いていこうと思います。<br>娘のことは次回に書いていきましょうかね。<br>こちらも…長いです(笑)</p><br/><a href='https://note.com/mikan0615/n/n0049287928a6'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/poc-image/manual/preset_user_image/production/ic3fd94079689.jpg</note:creatorImage>
      <note:creatorName>もも葉</note:creatorName>
      <pubDate>Tue, 22 Jul 2025 23:37:35 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/mikan0615/n/n0049287928a6</link>
      <guid>https://note.com/mikan0615/n/n0049287928a6</guid>
    </item>
  </channel>
</rss>
