胡蝶蘭に気をつけて
この台詞をこんなにも叫ぶ日がくるなんて、思わなかった。
「胡蝶蘭に気をつけて」
我が家の一筋縄ではいかねぇ長男Yotaの個展が開催されたのは、7月のことだ。
そこで彼は、9歳にして初めて、胡蝶蘭をいただいた。

“人生で胡蝶蘭をもらえる人は限られている”
byコニシ木の子
note街の路地裏。
「なんのはなしですか」の方たちからの、粋なサプライズプレゼントに、私は心から感動して爆笑した。

***
個展が終わり、お祝いでいただいた全てのお花を持ち帰る。
しばらく我が家は花屋と化していた。
その中でも、ひときわ存在感を放つ、
──胡蝶蘭。

胡蝶蘭が家にいらっしゃるだけで、なんか、背筋が伸びる。
駄菓子菓子。
息子どもは違う。
胡蝶蘭があろうがなかろうが、くり広げられる兄弟喧嘩。
「ソファの僕のエリアに侵入するな」だの、
「そのトイレットペーパーの芯は僕のだ」だの、
ミラクルスーパーどうでもいい案件に、クッションの叩き合いが始まる。
「ちょっと!胡蝶蘭に当たる!」
「ねぇ、胡蝶蘭があるんだよ?!」
「胡蝶蘭に気をつけてよ!」
「胡蝶蘭があるからやるなら2階でやっとくれ!」
私は、毎日「胡蝶蘭」という言葉を口にした。
きっと、人生でいちばん言ってる。
だってさ.......
見てよ、この花びら。
表面キラキラしてんのよ。

美しい.....
もうさ、ネーミングからさ、なんか違うもの。
「こちょうらん」だもの。
漢字だって、
「胡蝶蘭」だもの。
お水だって、5日に1度くらいでも、全然平気。
すごいのよ生命力。
ヘタれることなく、花びらもハリがあってピチピチしている。
20代ってかんじ。
極めつけは、花言葉だ。
──幸福が飛んでくる。
訪れるとかじゃないよ?
飛んでくるんだよ、すごくない?
こんな貴重な胡蝶蘭。
忘れないように思い出に何か残しておきたい。
ここで私は、次男の夏休みの宿題で、「植物の観察絵日記」があることを思い出す。
「ねぇ、胡蝶蘭描いたらどう?」
我ながら、ナイスアイデアである。



そして、個展から1ヶ月以上が経った頃、
──事件は起きた。
元気だった胡蝶蘭も、上の方から少しずつ枯れ始めてきた。
「Yotaくん、胡蝶蘭が元気なうちに、何か作品にしたら?」
Yotaはレジン作品にすることを思いつく。
ピチピチの花びらを選び、大量のレジン液をかけ、硬化させ、慣れた手つきで仕上げていく。

Yotaの手にかかれば、天下の胡蝶蘭は……
こうなる。


なんで割り箸なんだろう。
なんで割り箸なんだろう。
そこへ、テレビを見てくつろいでいた次男が、フラッと立ち上がった。
「いいなぁ。僕もレジン作品作ろーっと」
プチッ
え。
次男をのぞいたその場の空気が凍りつく。
「僕も、これでレジン作品作るぅ」
次男はソファーにダイブ。
仰向けになって、プチッとした花びらを天井に向けてヒラヒラしている。
鼻歌歌いながら。
私はゆっくりとYotaを見た。
そこには、目の前の信じられない光景に、固まっている男がいた。
恐ろしい。
何が起きるんだこの後。
「ねぇ......今、どれとった?」
怖い。
この静けさが怖い。
「えっとぉ、この、いちばん下のやつぅ」
よりによって次男がプチッとした1枚は、まだ生き残っている胡蝶蘭の中でも、いちばんピッチピチの子の花びらだった。
やべぇ状況になっていることに、全く気がついていない次男。
ゆっくりと立ち上がり、胡蝶蘭の方に向かうYota。
「花びら見せて」
次男に手を伸ばす。
「え。ここの胡蝶蘭からとったの?」
「うん......」
次男の声が小さい。
Yotaのただならぬ様子から、ようやくやべぇことをしたかもしれないと、薄々気がつき始めた模様。
「なんで勝手にとるのぉぉぉーーーーーーーー」
Yotaの怒りが爆発する。
「これはさぁ、僕の個展でもらった大切な胡蝶蘭なのぉ!人生でめったにもらえない貴重なものなのぉ!そうだよねぇ?!お母さん!!!」
「えっ、あっ、うん」
いきなりふられて、ビビる私。
「なんで僕に聞きもせず、勝手にとっちゃうのぉ!しかもいちばん元気なやつぅ!!!!」
Yotaの怒りがおさまらない。
怖いよぉ。
次男逃亡。
「ねぇ!◯くん!なんでとっちゃうのぉ!!!」
次男はカーテンにくるまりながら、お決まりの台詞を叫ぶ。
「間違っちゃったのぉ!!」
はい、いつもの出ました。
次男は、何かやべぇことをするといつもこう言うのだ。
一体何を間違ったというのか。
「もぅーーーーーー!!」
プチッとされた花びらを手のひらにのせ、
ワナワナしているYota。
カーテンから出てこない次男。
ああ。
この状況、どうやっておさめようか。
次男よ、なぜ、君は勝手にプチッとやっちゃったのよ。
さすがの母さんも、びっくりしたよ。
「見て.....これぇ」
Yotaが花びらを見せてきた。
そこにはほんのり薄ピンク色が美しいピチピチの花びらが。
「綺麗だねぇ。あっ、ほら、せっかくだからさ、これもレジン作品にしよう!花びら1枚の作品なんて、めっちゃ素敵じゃーん!!ね、そうしよう!」
母による全力フォロー。
「◯くん!お兄ちゃんが作っちゃっていいよね?ね?!?!」
カーテンからスッとgoodの手が出てくる。
どうやら反省しているらしい。
全く、頼むぜ、次男。
そんなこんなで完成した作品が、こちらです。


「いいじゃん!!!胡蝶蘭の花びら1枚なんて素敵じゃん!!!」
なんとか怒りが鎮まったYota。
「◯くん!もう絶対に勝手にとらないでよ!」
「わかったぁ。間違っちゃったのぉ」
その後いつも通り仲良く2人でゲームをし始めた。
やれやれ。
ふと、気がつく。
Yota成長したな......。
こんな事態、少し前までだったら、とんでもないことになっていた案件だぞ?
でも、自分で感情コントロールしていたな。
私はYotaの成長を感じて嬉しくなった。
幸せ、思わぬところから飛んできた。
***
胡蝶蘭は、約2ヶ月も咲き続けてくれた。
その生命力たるや、凄まじい。
次男の絵日記に「胡蝶蘭」を描くことができたし、
胡蝶蘭の作品が、2つも生まれた。
「胡蝶蘭」って、めっちゃ言った2ヶ月だった。
幸福は、思わぬところから飛んでくる。
またいつか、胡蝶蘭が我が家にやってくることを夢見て。
その時、私はきっと同じように叫ぶ。
「胡蝶蘭に気をつけて」
今度は、少し成長した兄弟たちと。
