
考えすぎてもいいじゃない
感受性が高い人は、感じることを避けるかわりに、思考で結論を導き出して納得していることが多い。
結論を導き出すまでに、相手の様々な情報(機嫌や雰囲気等)を受け取って〝察知〟してるんだけど…
〝周りを優先する〟という習慣が身に付いてしまっている状態だと、自分を責める方向に向きやすい。
「何か気に触るようなこと言ったかな…」
「昨日、失敗したことを怒ってるのかも…」
「しんどいのが顔に出ちゃったかな…」
見たものや感じたこと、受け取った情報の処理が、自分の中で全て完結しがち。
これは、〝無意識の習慣〟として身に付いてしまっていることで、いわゆる「特性」でもある。
この特性からなかなか逃れられなくて、考えすぎて、疲弊しちゃうこともしばしば。
「生きづらさからの脱出」
「ありのままの自分で生きる」
「自分の人生を生きる」
そこに意識を向けすぎると、今度は考えすぎる(思考が強い)ことが、まるで〝悪〟であるかのような状態に陥る。
それで、本末転倒になってしまったのは、まさに私のこと。
〝思考〟を悪者にしていた結果、そんな自分はダメなんだと、自分へのジャッジになって苦しかった。
〝思考〟ってね、悲しみや苦しみに耐えきれない時に、自分を守ってくれたり励ましてくれるもの。
感覚を言葉にしたり、気持ちの整理をすることで、自分のことをより理解することにもなる。
将来のことを考えたり、問題を解決したり、仕事の手順や予定管理もぜんぶ思考を使ってる。
生きていくために必要な〝思考〟を否定しちゃったら、そりゃしんどくなるよね。
もし、考えすぎてしんどくなってしまったときは、思考にも助けられていることを思い出してみて♡