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完壁な感想文

    みー


    まだ分厚かったテレビに、
    もう擦り切れそうなくらい何度も再生された
    画質の悪いビデオが再生される。


    その世界の中で、
    始まるいじめ、差別。

    蛍光灯が再びついた部屋に響く先生の声。

    「では、この人権ビデオを観た感想を素直に書いてみましょう」


    人権週間。

    小学校の思い出として
    その期間を挙げる人なんて、
    なかなかいないんじゃなかろうか。


    でも私には特別な思い出がある。


    人権ビデオを観て、
    感想文を書くことに毎年闘志を燃やしていた。


    思えば、
    その頃から書くことが好きだったのだと思う。

    毎年、クラスから一人。
    優れた感想文は選ばれて、学年のみんなが見れるように掲示された。


    私は何度かそれに選出された。
    それが誇らしかった。


    素直な感想?
    馬鹿馬鹿しい。


    計算していた。

    どんな風に書けば、先生から評価されるか。
    全て分かってやっていた。


    感想文っていったって、
    そこに私の本音はなかった。



    『自分に出来ることは何だろうかと改めて考えさせられた。』


    そうやって、
    あたかもビデオに気付かされたように。

    こんなビデオを観て、
    なくなるいじめなら
    そもそも起こらないだろうと
    思う私の本音は隠したまま。


    何日か後、
    廊下に張り出された私の感想文。

    赤く大きな花丸が原稿の上で踊っている。


    でも知っている。

    ほら、あの子が

    「またあいつの作文が選ばれてるよ」

    とコソコソ嫌味を言っていること。


    ほらね、やっぱり。
    いじめって、あんなんじゃなくならないでしょ?


    完壁な感想文だった。
    私の完壁な感想文。


    タイトルの漢字が間違っていること、
    あなたは気づいていただろうか。


    完璧じゃなくて、見せかけの。


    誰も私の本音を求めてなんかいなくて、
    優等生の私を求めている。


    それが虚しくて、
    でもそれを辞めることは出来なかった。


    感想文は私にとっての「壁」だった。


    私と大人との間に築かれた壁。
    そして私と友達の間に築かれた壁。


    正しくて、求められた
    本音を書かなくてはいけない。


    そして選ばれたことを誇ったらいけない。


    「たまたまうまく書けちゃったよ」


    なんて、おどけてみせて。



    でも今は、

    正しいことは書かなくていい。


    愛しいはずの娘の育児に疲れ果てて、
    急に可愛く思えなくなったり。


    睡眠不足でくまだらけの顔と弛んだ身体に
    やるせない気持ちになったり。


    寝てばっかりの夫に苛立ちを感じて、
    それでも娘と並んだどこか似ている2つの寝顔をやっぱり愛しいと思ったり。


    矛盾だらけの人生。
    綺麗な感想だけじゃない。
    正しいことがどれかなんて誰にも分からない。


    それが苦しくて、
    でもそれが愛おしい。


    そう、私は書くことが好き。
    それが私の素直な気持ち。


    さあ、
    人生の感想文を素直に書いてみようか。


    (1064字)


    ↓こちらの企画に参加させていただきました。






     
     
     

    みー

     
     
    書くこと。読むこと。暮らすこと。小説と短歌に川柳、エッセイと、そんな私が生きています。

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